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王太子は動き出す 4

「そういうわけで、申し訳ないのですがこの件ではお役に立てそうにありません。ただ、ひとつだけ進言を。ご存じのとおり、神殿には我々とは違う位階があります。神殿は高い魔力を持つハルトと二位は大事にしていますが、それよりも下の位階の人間はあまり大事にしていません。ですので、懐柔するなら、三位です。彼らは少しだけ魔力が足りないせいで評価されず、腐っています。還俗料とクライオスでの地位をちらつかせれば、引き込めるかもしれません。それに、彼らなら、ある程度の自由はきくはずです」


「そうか……。サリンジャの内部が詳しい人間はいるか?話が聞きたい」


「そうですね……、信用のできるものを見繕っておきましょう」


「ボス、ラウゼルがいるじゃありませんか。あいつはハルトに取り入って手広くやってますぜ」


 またもや、僕たちの話に割り込んできた側仕えに、ザインは鋭い目を向け、「うるせぇ」と言うなり、男の尻を蹴飛ばした。軽く蹴っただけのように見えたが、結構な力が入っていたらしい。男は大きな音を立てて、壁に顔から突っ込んだ。

 しかし、ラウゼルか。立て板に水とばかりに喋り捲る男の顔が思い浮かぶ。商人らしく笑みを浮かべているが、目は隙なくぎょろぎょろとさせているのが印象的だ。お喋りという仮面を被っているが、恐らくアレは自分の内面を隠す為だろう。中々有能な男で、イヴへのプレゼントで何度か頼ったことがある。ラウゼルが用意するものは一級品ばかりだった。中でも奴が用意した苺はいろんな意味で格別だった。

 確かにラウゼルは有能そうだが、ザインの態度を見るだに、何か問題があるのだろう。珍しく、僕の前でも激高するザインを観察する。


「黙っていろと言ったはずだ。それに、神殿に関してはあいつだけは頼らねぇと言っているだろうが。余計なことしか言わねぇ口なら塞いでやろうか」


 ザインの低い声に、男はヒッ、と小さく息を呑んだ。大きな音がしたせいだろう、見知ったザインの部下が部屋に雪崩れ込んできた。先日も同じようなことが起こった気がする……。

 部屋に突入してきた部下たちは警戒するように僕を見た。さてどうしてやろうか、と思ったが、すぐにザインが「失礼な真似するんじゃねぇ」と叱責した。ザインは部下たちに、のびた側仕えを押し付けると部屋から出て行くように命令したので、部屋には僕とザインの二人になった。


「すみませんが、今の話は聞かなかったことにしていただけますか?申し訳ないんですが、ラウゼルだけは勘弁してください。あいつは確かにサリンジャに出入りしていますが、とある神官の面倒を見ているだけなんですよ。大切な人間から頼まれたそうで……。だから、神殿のことに関してだけはあいつを頼れないんです」


「僕は誰からの情報でも構わないさ。ザインが良いと思う人間を見繕ってくれ」


 僕の言葉にホッとしたらしいザインは深々と頭を下げた。そう、別に役に立つ情報を提供さえしてくれれば、その情報源がどこであろうと、どうでもいい。ザインは役に立つ。ここで変に詮索したり、強要したりするよりも、寛容を見せた方がいいだろう。


「ありがとうございます。私の忠誠の証として、もし、リザム嬢が大神殿で放置されるようなことがあれば、保護するように、大神殿に逗留している者に命じておきます」


「放置?イヴが?」


 とんでもない言葉がザインの口から飛び出てきたので、つい復唱してしまう。イヴが何故、そんな状況に陥る可能性があるのか、全く理解ができない。


「セオドア・ハルトって男は中々に癖の強い男でしてね、あの綺麗な顔に女たちは騙されてしまうようで……。あの男が案内した人間を入殿後に放置するのはわりに有名な話ですよ。特に新婚の子爵夫人や結婚間近の男爵令嬢を誘惑したとか……ですね」


「その噂の二人はどうなった?」


「運良く……いや、運悪くと言うべきですかね?光属性の持ち主ではなく、魔力も低かったので、一番下位に振り分けられまして、身内が迎えに行くまで働いていたそうですよ……まあ、貴族の令嬢がそんなに簡単に働けるはずもないので、苦労したんでしょうね。ガリガリに痩せていたとか。

 本来は中々行き来できないんですが、誕生祭の前のこの時期はデカい商売ができるチャンスですからね。いろんな国から、商人がサリンジャに入国しているのですぐに対応ができますが、彼女たちはシーズンオフだったようでしてね。まあ、馬鹿な真似をしたのは自分たちだから誰も攻められなかったでしょうね」


「そうか、そんな事態が起こればすぐさま、彼女を保護してくれ。もし、そうなればほかの何を置いても迎えに行く。……ただ、その可能性は低いだろうが」


「セオドア・ハルトがリザム嬢に何か?」


「さあ?あの男が何を考えているかは分からないが、イヴは結構な魔力の持ち主だ。入殿したら、恐らく二位になるだろう」


「……二位は還俗ができないとの規則があるようですが……」


 僕の言葉になぜか、ザインは青くなった。どうしてここで彼が青くなるのかは分からないが、ザインは落ちつかないようで、足で床を小刻みに叩いている。ザインが僕の前でそんな態度を見せるのは実に珍しい。他の誰がやっても苛つく行為だが^――イヴとアスランは除く――ザインならまだ許せる。しばらく微笑んでいたら、ほどなくしてザインは「失礼しました」と言って足を止めた。


「問題ない。どうとでも対応できるから、その辺りは心配しなくて良い。二位になれば、神殿の扱いは(くだん)の二人とは違うとは思うが……まあ、どちらにせよ、こちらで護衛をつけるのは難しそうだね」


「殿下がご対応なさるのであれば問題ないでしょう。しかし、リザム嬢が二位になるのであれば、護衛はつくでしょうから……いや、それでも、神殿の意向よりも、殿下の意向で動く人間がそばにいた方がご安心でしょう。話を戻しますが、三位への接触方法です。現在、王宮神殿には大神殿から派遣された騎士や魔導師がいます。彼らに接触するのが良いと思います。中でもハルトから距離を置いている者や、王宮の人間に接触を図る者が望ましいです」


エンデにでも、王宮神殿を見張らせておこう――どこまで役に立つか分からないが、まあ、あいつの実力を計るためにもいいかもしれない。


「わかった、気を付けてみよう。無理を言って悪いが、後は頼む」


 ザインが頷いたのを確認して窓の外に身を投げた。そのまま風を操って、王城へ向かう。このまま、自室のバルコニーまで行くことにする。一昨日が朔の日だったから、三つある月の一つしか出ていない。唯一、空を飾る月も細いので、闇は深い。だからこそ、空を駆ける僕の姿は、そう見えないだろう。


 空を駆けながら思うのはイヴのことだ。暇さえあれば、彼女のことを考えている――いや、頭から離れないと言うべきだろう。正直、サリンジャがそこまで閉鎖的な国だとは思っていなかった。例え、一時期神殿に預けるとしても、護衛をつけていればいいと思っていただけに、頭が痛い。


 早いところ、イヴの守り手を見つけなければならない……なんというか……そう、イヴはチョロいのだ。ごり押ししていた僕がこういうのもなんだが、イヴはともかく押しに弱く、その上、免疫がない。簡単に人を信用するし、警戒心も薄い。その証拠に簡単に唇を許すし――これは僕のことを憎からず思っていたからだと思いたい。他の人間があの唇に触れているかもしれないなんて考えただけで気が狂いそうになる――自身の容量を越えたら、すぐに失神してしまう。

 アスランの監視があったからこそ、あの程度までしか進めなかったが、彼の介入がなかったら、とっくにイヴは僕のものになっていただろう。それほど彼女は無防備で、その気にさえなれば簡単に手に入れられると思う。


 そんなイヴが現在野放しになっているのだ。しかも、女たらしの気障な神官が虎視眈々と彼女を狙っているのだ!入殿するまでは無事でも、入殿した後はどうなるか分からない。イヴのことだ、強く出られれば受け入れてしまうに違いない。彼女の優しい性格は好ましいが、このような時は困りものだ。


 あぁ、もう今からでも追いかけようか。あの気障野郎を始めとした神殿の人間を全員殺した上で、イヴを取り戻して、誰にも見つからないところに閉じ込めてしまおうか……。荒れ果てているビスバーグ地方でならば、何があっても不思議じゃない。そうしたら、僕がイヴを手に入れたことを知る人間はいなくなる。彼女を僕だけのものにできる――なんて魅力的な案だろうか。


 それに凄腕のハルトがいない今は、チャンスだ。この隙に父を殺してしまえば、すぐさまイヴを鳥籠に入れられる。イヴの心も欲しかったが、他の男に奪われるくらいなら、彼女の心なんていらない。例え、イヴが僕のことを嫌おうが憎もうが、手に入れられるなら、他の不都合は全て目を瞑ろう。


 アリバイを作った上でイヴを迎えに行こう。休みなく、空を駆ければサリンジャまでは二日くらいで行けるはずだ。イヴを連れ帰るなら、往復で七日は欲しい。彼女を休ませる場所も確保しなければなるまい。

 馬車で神殿に向かったイヴがビスバーグに差し掛かるのは恐らく十日前後だろう。つまり、一週間くらいは事前準備ができるということだ。


 そこまで考えてふと、エンデのことを思い出した。あいつは邪魔だ。あいつはアスランの味方で、僕の手駒じゃない。だから、イヴのことをアスランに報告しかねない。イヴを攫うことまではうまくやれても、イヴを鳥籠に入れる時に奴に見つかりかねない。イヴが奪われる原因を放置することはできない。すぐにでも始末するか――いや、長を敵に回すのは、まだ早い。

 

 色々考えるうちに、王城についた。誰にも気づかれることなく、自室のバルコニーに降り立つ。しかし、考え事をしていたせいか、バルコニーに潜む影に気づくのが遅れてしまった。精神的に参っていたというのもあるし、自室のバルコニーだからと油断したのも悪かった。

 潜んでいた男はバルコニーに降り立った僕の喉元に、正面から静かにナイフを突きつけた。

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