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王太子は動き出す 2

「神殿内部に詳しくて、ある程度自由に動ける人間はいるか?できれば女性が好ましい」


 僕の言葉にザインは難しい顔をした。王都の裏を牛耳るボスとなっても、彼は僕への敬意を持ち続けてくれている。ザインは難しい顔をしたまま、顎に手をやるとこねくり回すように顎をもんだ。


「神殿ですか……。なかなか難しいですね。あそこは閉鎖的なところですし、我々の価値観が通じない場所でもありますからね。リザム嬢の護衛を探していらっしゃるんですよね?」


 当然の様にイヴの名前を出す髭面の男の顔を見つめると、ザインは困ったように笑うと、頭をガシガシと掻いた。


「いやあ、わかりますよ。あなたが我々に接触するときはいつもリザム嬢絡みが殆どです。それに婚約破棄の件もたいそう噂になっていますからね」


「噂になっている……?一昨日のことなのに、もう城下に広まっているのか?」


「そりゃあ、後釜に座りたい奴が吹聴しまくっていますから。ああ、もちろんそれ以外に思惑がある奴もいるでしょうがね。気を付けた方がいいですよ。噂を流していた貴族の名前です」


 ザインはびっちりと文字が書かれている紙片を寄越して来た。それには見覚えのある貴族の名前が羅列されていて、思わず眉を顰める。リストにはルーク家一門の貴族の名前が並んでいる。確かに現状、社交界ではルーク家が力をつけている。けれど噂を流しているのは、適齢期の娘がいないはずの貴族が殆どだ。要するに、母とキーランが噛んでいるのだろう。


「頭に入れたら燃やしてください」


 その紙片にある名前を全て頭に叩き込んだ後に紙片を燃やす。容易く燃え上がった紙片はすぐに灰になった。


「しかし、神殿ですか……。あなたのお役に立ちたいのはやまやまですがね、こればっかりは……。さっきも申し上げましたが、あの国はちょっと特殊でしてね。どこの国もある程度はそうなんですが、それでも群を抜いて下の人間は無知で無力です。なんといって良いか、どこか機械的で……そう、まるで歯車のようです」


 ザインの言葉の意味が分からず、続きを促すようにザインの顔を見つめる。ザインは少し目を瞠った後に、ハハッと笑った。やけに白い歯が印象に残る。


「社会を回す以上、どこでも人は歯車みたいなもんだ、と言われればそうなんですがね。それでもある程度は自由ってなもんがあるでしょう。例えば、酒を飲みに行ったり、煙草を吸ったり、博打を楽しむ奴だっている。だけど、あの国の一番下っ端は――五位とかいうそうですが――それが許されてない。決められた場所に住み、決められた服を着て、決められたものを食べる、それが奴らの日常です」


「戒律のせいか……?いや、それにしては王宮神殿にいる神官たちは自由だな、女遊びすらしている」


「ええ、位階が進むにつれ、自由度が高くなるそうですよ。だから、最高位であるハルトなんて、その辺の貴族よりもよっぽど贅沢な暮らしをしている、と」


 神殿に位階があるという話は聞いていたが、そこまで差があるのか。貴族社会に対して批判的な神官は多いが――特に、イヴの隣に当然のような顔で立つ、あの気障野郎だ――自分たちだって同じ穴の狢ってことか。


「ザイン、上位の人間は下位の人間に命令権を持つか?」


「申し訳ありませんが、そこまでは……。けれど、持っていても不思議ではないでしょうね。けれど、リザム嬢は恐らく入殿するまでは問題ないでしょう。奴らは、それこそ戒律でサリンジャの国民以外とは……えぇと、契れないそうなので」


 言葉を選びながら話すザインに「そうか」とだけ返す。戒律……、あんなに魅力的なイヴを前にそんなものがどこまで抑止力になるか……。それに、サラの言葉を信じるなら、あの気障野郎はこの国の貴族の女性を侍らせているし、何よりサラともキスをしている。つまり、純潔は守られても、ある程度の手出しは可能ということだ。

イヴのあの、柔らかな肢体も、甘い唇も、その気になれば奪える、という事実に苛立ちが募る。イヴに手を出してみろ、生きてきたことを後悔するような目にあわせてやる。


 ほかの男がイヴに触るのは……いや、イヴの隣に他の男がいるだけで正直腹に据えかねる。できれば、すぐにでも彼女を連れ戻して、誰の目にも触れないように閉じ込めたい。けれど、未だ僕は王ではない。今無理をしたらまたもやイヴを取り上げられるかもしれない。それに、今連れ戻したら、彼女は貴族たちの侮蔑の的にしかならない。


 神殿はある意味格好の避難先だ。イヴを馬鹿にする貴族も、イヴが神殿で高位につけるほどの魔導師だということが分かれば還俗した後のイヴの地位も安泰だろう。神殿の在り方を嫌う僕がこんな手を使うことになるとはお笑い草だが、それほど神殿の魔導師というのは価値がある。

 何よりも、神殿は一度懐に入れた力のある者は出そうとしないし、守ろうとする傾向がある。イヴの美しさに目がくらんだ有象無象は言うに及ばず、母やルーク家の人間がどれだけ、イヴを狙おうとも神殿にいる間は手出しができないはずだ。


 イヴを連れ戻すためには神殿に裏取引を持ち掛けねばならないだろうが、彼女を取り戻せるのならば、将来生まれるかもしれない光属性の持ち主など惜しくもない。

神殿側も、今、目の前にいる『王族の一員だが、よくいる高位魔導師』よりも将来の『王族に連なる光属性の持ち主』の方がほしいだろう。まあ、ここ何代も光属性持ちの王族は出ていないから、今後もどうなるかは知らないが。

 それに、イヴを取り戻した後は、神殿に思い切り鉈を振るうつもりでいる。神殿の権威を残すつもりはない。その約束もあってなきがごときのものになるだろう。


 それにイヴを取り戻す前にやっておくことがある。僕の即位だ。父はまだ退位する気はないようだが、いつまでも玉座にいられると邪魔だ。イヴをより良い方法で手に入れ、手放さないためには最高権力者の地位が必要だ。長から、イヴを手に入れる方法はいくつか聞いた。正直、イヴが手に入るなら、どんな方法をとっても良いとは思うが、イヴに幻滅される方法はできるだけ使いたくない。まずは身体から手に入れるが、イヴの心を手に入れることを諦めるつもりはこれっぽっちもないのだから。

 

 イヴを手に入れるためには慎重にことを進めねばなるまい。できれば彼女が自ら僕の下へ帰ってきてくれるのが、一番望ましいが、裁判の時の彼女の様子を見るだに難しいだろう。

彼女は外の世界に心惹かれているようだったが、籠の中で、大切に大切に慈しまれて育った小鳥が外の世界で生きていけるはずがない。


 あの忌まわしい夜に会った時も、裁判の時も、敵意のこもった目で僕を見ていた男。まるで、イヴを自分もののように扱うあの気障な神官はどうにも気に食わない。凄腕のハルトらしいが、だからと言ってイヴに手を伸ばそうとするのは、烏滸がましい。

 隠そうとしているようだが、あの男のイヴを見る目は肉食獣のそれだ。イヴはあの男を信頼しているようだが、あの男も一皮むけば僕と同じだ。隙さえあれば、イヴを取って食おうと思っている。今は無害な庇護者役をやろうとしているが、その庇護者も本当はただの雄なのだと、イヴはいつ気づくだろうか?

 まもなくか……それとも食い荒らされてボロボロになったらかもしれない。食い荒らされて、飛び立てなくなれば彼女は、僕の下へ帰って来るだろうか。

 いいや、結構強情なところがある彼女は決して自分から帰って来ないだろう。それに彼女が他の男に食い荒らされるのを指をくわえて見ている気にはなれない。早急に捕まえに行く必要がある。捕まえた後は……一番魅力的なのは、鳥籠に閉じ込めることだ。彼女の身体だけでなく、生活の全て――生命までも握りたいという欲求はある。けれど、それをしてしまうと、不都合な面もある。確かに鳥籠に入れてしまえば、彼女を独占できる。


 反面、不測の事態で僕が王城を離れれば、彼女が死んでしまうというデメリットもあるのだ。それに、僕が彼女に会える時間と場所も限られてしまう。なにより、イヴのあの美しい心根も歪んでしまうかもしれない。

 どんなイヴでも、イヴはイヴだし、彼女を愛しいと思う気持ちは変わらない。けれど、できれば僕の愛したままのイヴを手に入れたい。彼女を正妃にして日の下で愛したい。

 

 もしかしたら、イヴはまだ、外の世界で遊びたいのかもしれないが、諦めてもらおう。今度こそ逃がさない。僕はもう二度とイヴを諦めないことにしたのだから。

 彼女を捕まえた暁には、二度と他の木には止まれないように、身体を手に入れる。その後は毎日愛を囁いて、身体にも言い聞かせて、じっくりと僕の愛を分かってもらうのだ。それでもどうしても僕を拒むのなら鳥籠に入れてしまうまでだ。


 僕のお膳立てが整うまで、今だけ、ほんの少しの間だけ、神殿にイヴを預けてやろう。でも、だからと言ってイヴを見失うわけにも、イヴの中の何かを決定的に損なうことも、許してはならない。僕以外が彼女を傷つけることは許さない。彼女の身体と心を守る人間が必要だ。

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