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一難去ってまた一難 2

「ハルト様、どうか、祝福を」


 少女たちがセオを囲んで口々にそう言うとそれまできちんと距離を保っていたはずの人々も近寄ってきては少女たちと同じようにこちらに向かって手を伸ばした。まさにファンの群れに囲まれたアイドル状況だ。残念ながらここにはガードマンもいなければ統制してくれるファンクラブ会長もいない。熱狂と言っても差し支えないほどに興奮した彼らは無遠慮に私たちに手を伸ばしてくる。触れるというよりも掴むと言った方が正しい状況だ。しかも、掴んでくる力は本当にご令嬢か?と聞きたくなるほど強い。


「お望みの方には祝福をいたします。だからどうか落ち着いてください」


 セオが声を張り上げるが、集まって来た人たちは全く聞く耳を持ってくれない。


「まずいな、このままだと何人か怪我するぞ。下手したら圧死だ。シェリーちゃん、危ないから君はエレムと一緒に輪の外に出てくれ。防御魔法は張れるよね?輪の外に出たら、防御魔法を張って、宿に戻ってくれ。まだ君の顔は知られてないから大丈夫と思うけれど、彼から離れない様に。良いね?エレム、頼んだ」


 私が頷くとセオは護衛さん――エレムさんと言うらしい。先ほど、セオを庇おうとした方の人だ。黒髪黒目、浅黒い肌の彼は恐らく、ハルペー出身だろう――に私を預けると少しずつ私たちから離れた。

そうするとセオを取り囲んでいる人たちもセオについて一緒に動いていく。もう一人の護衛さんがなんとかセオを守ろうとしているようだが、相手が民衆のせいか、うまく力を発揮できないようだ。エレムさんが私を抱きかかえるようにして集団から守ってくれて、ようやく輪から外れることができた。

 私もエレムさんももみくちゃにされていたけれど、なんとか無傷で外に出られてほっとした瞬間、背後から声をかけられると同時に手頸を握られた。


「ねえ、エヴァちゃん?ワタシと一緒に来てくれない?」


 驚いて振り向くと、テレンスが薄く笑っている。振り払おうとしたけれど、テレンスの手には痛い程の力を込められていて私の力じゃ振りほどけそうにない。まだ、防御魔法を展開できていないので、テレンスの手の感触がダイレクトに伝わる。強く握られた手があの時のことを私に思い出させる。怖い、逃げたい、助けて。そんな言葉だけが頭の中をぐるぐる回る。そばに立つエレムさんに助けを求めようとしたが、エレムさんは焦点の合っていない目で呆然と立ち尽くしている。セオも周囲の人間に囲まれていて身動きがとれなさそうだ。つまり、私が一人でなんとかしなければいけないのに、身体がいうことを聞かない。

 どうして、こんな事態になったのだろうか?先ほどまでとは周囲の雰囲気も、護衛――エレムさんの様子もおかしい。そうは思うけれど、今はそのことを気にしている場合ではない。なんとかこの場を切り抜けなければなるまい。


「本当はね、あの方からは貴女の様子を見るだけでも良いって言われていたの。まあ、貴女の身が危ない様だったら連れ帰る様に、とも言われていたけれど」


「あ、あの……、あの、あの方って?」


 恐ろしいと思いつつも、このままいい様にされるわけにはいかない。最初は声が出なかったけれど、ひと言、声が出たらその後は流れるように言葉が紡げた。


「あの方は、あの方よ。心当たりはあるでしょう?あんな素晴らしい方を忘れるなんてできるはずがないもの。ねぇ、どうしてあの方のそばから離れようとするの?あの方に望まれるなんて、この上ない幸せでしょう?」


 ここではないどこかをうっとりと見つめながら、テレンスは一方的に語り続ける。私の言葉は届いていないかのようだ。


「ワタシね、あの方のためにならなんでもしたいの。あの方の望むモノは全て私がこの手で捧げたいと思っているの。だから、ねぇ、ワタシと一緒にいらっしゃいよ」


「……どなたの話をしているか、分かりかねますが、あなたと一緒に行く気はありません。手を放してください」


 ようやく紡いだ言葉が震えていないことに、少しだけホッとしつつ、テレンスの言葉を拒否するが、響いている様子はない。私を見つめるテレンスの瞳はだんだん狂気を帯びていく。内心恐怖を覚えながらも、それを悟られないようにテレンスを睨みつける。そんな私に怯むことなくテレンスは言葉を続ける。


「ねぇ、戻りたいと思わない?貴女のいるべき場所に。煌びやかな社交界と、愛してくれる方の元へ」


「いいえ、全く思いませんわ。ご存じでしょう?もう、あそこに私の居場所はありません。それに、あなたの仰るあの方も、愛してくれる方も、心当たりはありません。手を、放してください」


「居場所がないなんて、そんなことはないわ。貴女を必要としている人を、私は少なくとも二人以上は知っているわ。一人じゃ帰りづらいんでしょう?私が一緒に帰ってあげる。大丈夫、あの方は怒っていないわ。きっと喜んで貴女を迎えてくれるわ」


「いいえ、私が帰る場所は神殿です。だから、あなたと一緒には行きません。……手を、放してください」


「神殿は本当に、貴女の居場所なの?神殿を信用すると痛い目に遭うんじゃなくて?」


「少なくとも、私にはできることがある様です。なにより、私はハルトですから還俗も許されていません。だから、もう戻れませんし、戻るつもりもありません」


「あら、貴女が帰りたいって言うなら私が手を貸すわ。神殿と取引をして、貴女を元の居場所へ戻してあげる。籠の中の鳥は外の世界では生きていけないものよ。大事にしてくれる飼い主の元にいるのが幸せよ。

 さぁ、私の手を取りなさいな、あの美しくて、華やかで――醜悪な社交界こそが貴女のいるべき場所でしょう?あの方も待っているわ」


「いいえ、何度も申し上げますけれど、私の居場所はあそこにはありませんし、戻るつもりもありません。最後通告です、手を、放してください」


「ねぇ、あの方から逃げおおせられると本気で思っているの?」


 テレンスはぽつりと呟いた後、ようやく、私の手を離してくれた。手首は強く握られたせいで、痣になっている。また捕まってなるものか、と距離を取り、防御魔法を展開する。テレンスの様子を伺ったが、こちらを見ようともせず、何かをぶつぶつと何かを呟き続けている。

 

 しかし、テレンスの言う『あの方』とは一体誰なのだろう?そんなに私に執着している人間なんていなかった。思い当たるのはアスラン兄さまくらいだが、長年離れていた上、最近は兄妹として全く話していないアスラン兄さまがここまで私に執着するはずはないだろう。いったい誰なのだろうか、わからない。……わからないけれど、なぜだろうか、テレンスと話すのは気分が悪い。下を向いて何かを呟いていたテレンスは急に顔を上げると、狂気に染まった瞳を私に向ける。


「外の世界は貴女には冷たかったでしょう?いつまでも逃げ続けない方が貴女のためよ。ねぇ、知っている?籠の鳥は長く飛べないように風切り羽根を切られているものよ。そろそろ飛び続けるのは辛いでしょう?……貴女は自らの運命から逃げられると本気で思っているのかしら?」


 最近、ずっと悩んでいる言葉を言われて、一瞬驚く。けれど、他者の口から言われて初めて、自分がどうしたいか、思い出した。そう、私は、私と私の大切な人たちが物語に巻き込まれて不幸になるのが嫌だったのだ。そのためなら、今後もシナリオから逃げるだろう。

 私はテレンスを見つめると、決心を込めて答えた。


「私の運命は、私が決めます」


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