令嬢は新たなハルトに出会う 2
「ふぅん……、その反応を見るだに噂は噂でしかないみたいだね。なんだセオドア、君、意外と手が早かったんだね」
「先ほどからあまりにも礼を失していると思うんだが?私の人間関係のことなんか君には関係ないだろう?いつまで私たちに構っているつもりだ?そもそも、アンガス、私は君に入室を許可した覚えもないのに、ここまで譲歩してやったんだ。そろそろ遠慮してくれないか?」
「関係ない?君を心配している僕たちに本当に冷たいな」
「心配?笑わせてくれるね。君がしているのは下衆の勘ぐりというものだと思うが?そもそも、君に心配してもらわなくても、寝所周りについては大神官様の許可を得ていることを知らないわけでもないだろう?はっきり言ったらどうだい?私を心配しているんじゃなくて、美味しそうな油揚げを掠め取りたいんだって」
「それはね、もちろん。そういった欲望は否定しないよ。だって君も知っているだろう?女性のハルトは希少だ。しかも年若く、美しい。それに、欠けた星がようやく揃うと噂されるほど、強い力を持っているらしいじゃないか。力の強いハルトは大歓迎さ。それが麗しい女性ならなおのこと」
「彼女は俺の弟子で婚約者だ。変な手出しは控えてもらおうか」
「まさか独り占めするつもりかい?早死にでもしたいのか、セオドア。そりゃあ、師匠の特権として初めては君が貰えば良いけれど、その次は僕たちにも楽しませてもらってもいいだろう?」
「冗談。師匠としても、一人の男としても彼女への手出しを許すわけにはいかないね。彼女の子供は、第一子から末子まで全て私の子だ。他の男には指一本触れさせる気はないね」
とんでもない会話が目の前で繰り広げられているが、口を挟む隙がない。いや、あったとしても何を言えば良いか分からないから、口を挟めなかったと思うけれど……。これは、もしかして人生初のモテ期到来?なのか?いや、ハルトという能力と立場と身体に惹かれてきているのだから、そう呼ぶのはおかしいかもしれない。
これがセオの危惧していた事態なのだろうか?ちょっと異様だと思ってしまう。
『特定の相手がいないと誰か適当な異性が送られてきて、その異性と子づくりを強要されることがある』
大神殿に来た翌日にセオに告げられた言葉だ。あの時は実感なんてまるでなかったけれど、こうして男性の欲望を目の当たりにすると恐ろしいとしか言いようがない。守ろうとしてくれるセオに感謝だ。
……というか、どうしてここまでがっついているの?と聞きたくなる。アンガスのちょっと異様な様子を見るだにとてもではないが、冗談とは思えない。初対面の女性にここまで粉をかけるほど、神殿は女性の数が足りていないのだろうか?
確かに、光属性の持ち主は珍しいし、それが女性ならなおのことだろう。私もそうだったが、貴族のご令嬢は魔力の多寡は重要視されるが、基本で魔法を習うことは、ほぼない。貴族の女性が魔法を使う必要はないということもあるが、何よりも、属性鑑定の結果、光属性の持ち主と判断されるのを避ける為だろう。セオは以前こうも言っていた。
『強い魔力の持ち主は光属性を所持している可能性が実に高い。いや、むしろ魔力が高くないと光属性を持てないのかもしれない』
この世界では、魔力は遺伝するものだと考えられている。もちろん、一番魔力が高いのは王家で、公爵家、侯爵家と高位貴族が後に続く。とある問題があったせいで高魔力の持ち主は出生率が低かったせいもあり、高魔力持ちは希少だ。その問題が解消されつつある今、将来的にどうなるかは不明だが、現時点では高魔力持ちは王家や貴族達、そして神殿にも大きな価値がある。
魔法は便利な力だし、いざ戦闘になった時に、魔法が使えるか否かで生死を分けることも珍しいことではない。だから、王家や高位貴族達はこぞって高魔力持ちの女性を花嫁に迎えようとする風潮がある。実際に私も魔力の高さゆえ、幼少期はジェイドの婚約者筆頭候補だった。
男女の間の魔力に開きがあると、子を望めないこともあり、高魔力持ちの女性は高位貴族に嫁げる可能性が高い。だから、高い魔力の持ち主だと判明した時点で各貴族家は令嬢を邸の奥に隠してしまう。結果、女性のハルトは見つかりにくくなるのだろう。
しかし、だからといってこのがっつきぶりはどんなものなんだろうか?目の前の青年同様、こんな勢いで迫ってくる男性が今後も現れるのであれば、モテ期到来などと吞気なことを言っている場合ではない。貞操の危機を感じるレベルである。セオが偽装婚約を言い出すはずだ。
こう言っては何だが、女性が将来子供を埋める数は限られているので、性交の相手を限定するのは仕方が無いとは思うのだが、男性に限っては制約を設ける必要はないのではないだろうか?下手な鉄砲も数打てば当たるというし……。何より私の貞操の危機が少しは緩和されると思うのだ。いや、こんな考えをしたら望まぬ相手を押し付けられるのが嫌なセオにとって都合が悪いだろうから、申し訳ないとは思うけれど。
でも、目の前の男に関しては、神殿の制約は絶対に悪影響しか及ぼしていないと思うのだ。私以外の女性のハルトも恐怖を覚えているに違いない。
思わず現実逃避をする私の頬にアンガスの冷たい手が触れる。まるで氷の様な冷たい手が、それに反比例した欲望が灯る目が、怖くて思わず払いのけようとする手を必死で押しとどめる。私が抵抗という抵抗をしないせいか、気を良くしたアンガスが顔を近づける。頬にかかるアンガスの息が、気持ち悪い。
「ねぇ、エヴァンジェリン。ただのハルトでしかないセオドアよりも、執政官である僕の方が君に良い暮らしをさせてあげられるよ。何より、セオドアは冷たい男だからね。いつか、きっと君を傷つける。……傷つけられる前に僕のところへおいで。僕なら君を愛してあげるし、たっぷりと可愛がってあげるよ」
熱のこもった視線が、私の頬を触る手が、私の気持ちを意にも介そうとしないところが、気持ち悪くて仕方が無い。背中が粟立つ。気持ちが悪い。吐きそうだ。けれど、ここで甘えているわけにはいかない。相手が不快にならないように、けれどきちんと断らなくては……。そう思うのに、言葉が出てこない。ぶつけられる男の欲望に吞まれてしまっているのかもしれない。そんな情けない自分が嫌になる。このままで良いはずがない。声をあげようとしているのに、うまくできない。そんな情けない私に助け船を出してくれたのは、やっぱりセオだった。
「相手の居る女性に手を出すのはルール違反だ。余計な心配をしてくれているところに悪いが、彼女が望もうとも、私は君との交際を許可しない」
そう言うと、アンガスの手を払いのけてくれた。ほっとしてしまい、思わず息を吐く。そんな私を見て、何が可笑しいのか、アンガスの笑みが深くなる。人の温もりを感じないその笑顔は、どこか爬虫類めいていて、どこまでも歪で、気持ちが悪い。
「いやいや、過保護なことだ。けれど、君らしくないね、セオドア。いつもはもっと感情を表に出さないのに。それほど、彼女が大事?」
クスクスと笑うアンガスをセオはきつく睨みつける。まだ、神殿の力関係も、私の立ち位置も、把握していない今、口を出すのは悪手だと分かっているが、アンガスだけには今後のためにも、ひと言、言っておくべきなのかもしれない。アンガスに触れられていない今なら何かを言えるような気がするが……何を言うべきか……。
思案する私を尻目にアンガスは口を開く。最初に見せた人の良さそうな顔はすっかり鳴りを潜め、どこかあざける様な顔が覗いている。セオに対する嘲りなのか、私に対する侮りなのか分からないけれど、その顔はどこまでも醜悪だ。こんな人間が神殿を運営する執政官なのか……。神殿に対する不信感がますます募る。
「でも、それにしたって冷たいね、僕たちは今まで良い関係を築いていたと思っていたのは僕だけかい?今まで君に結構な便宜を図ってきたと思うけれど……?」
「その分はきちんと対価を支払っていると思うが?」
「へぇ?じゃあ次の対価は金銭でなく、彼女で支払ってもらえばいいということかな?」
とんでもないことを言い出すアンガスを睨みつけるセオの顔の険しさが増す。下手をしたら殴りかかりそうな勢いだ。けれど、人をもの扱いするアンガスに私も頭にくる。
やはり神殿は歪だ。三度も婚約者が変わった私は貴族社会で生きていけないと思っていたし、実力主義だという神殿に活路を見出したつもりだったが、神殿も貴族社会も、同じ――男尊女卑が甚だしいという共通点があるようだ。神殿の外に出ればハルトという地位が守ってくれるだろうが、神殿内では女性はあくまで男性の付属物でしかないようだ。馬鹿にしてくれる……!