令嬢は新たなハルトに出会う 1
この度、「傷物令嬢は婚約解消したい!」改め「婚約破棄した傷物令嬢は治癒術師に弟子入りします!」がTOブックス様より出版していただくこととなりました。
これもひとえに今まで拙作をお読みくださり、応援してくださっている皆さまのおかげかと存じます。本当にありがとうございます。皆様の誤字報告、ブックマーク、感想、いいね!にいつも励まされております。
遅筆な作者ですが、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
「さあ?どうだろうね?緊急事態に備えて王宮神殿にはバーバラが残っているから、緊急の用事はないはずだよ」
クライオスからの使者と聞いて、ジェイドの顔が脳裏によぎり、思わず身体を強張らせる。そんな私を安心させるかのように、セオはぐっと私の腰を引き寄せた。そうして、重いため息をつくと、つまらなさそうに続けた。
「そもそも、どうして私に報告にきたのかな?私は現在、生誕祭に参加するために帰国しているところだよ。帰国しているハルトの統括は大神殿だ。だから、王族からの要請があっても私個人が対応する必要はないはずだけれど?」
少し突き放した様なセオの言葉に転がり込んできた男性は困った様子で立ち尽くしている。確かに同僚に任せたはずの仕事を、出張中にいきなり手元に戻されたら、辟易するものだけれど、それでもセオの態度は少し冷たい様な気がする。
まあ、神殿のことについてはよく分からないので、セオの態度にも理由があるのだろう。下手に口を出さずに、黙っていることにする。
「どうしても、必要なら、大神殿に直接行くか、町長様に話を通すべきじゃないかな?」
「私が君に報せるように指示したんだよ」
いきなり響いた第三者の声に驚き、声のした方に目を向けると、開いたままの扉の影から、人が良さそうな雰囲気の青年が顔を覗かせた。茶色の髪に榛色の瞳の青年はセオと同じ年頃で、穏やかな雰囲気を身に纏っている。青年の登場にセオの表情がますます曇った。そんなセオを楽しそうに見ながら、青年は微笑んだ。……微笑んではいるが、どこか油断ならない様な雰囲気を青年は醸し出している。
「久しぶりだね、セオドア」
「こんなところにいる場合か?私に構っている暇があるなら、さっさと対応に行ったらどうだい?そもそも、私がこの町にいることをよく知っていたもんだね。見張りでもつけていたのか?」
「久々に会った同胞に冷たいなぁ。君がこの町にいることくらい、昨日から知っていたさ。自分がどのくらい目立つか知らないわけじゃないだろう?そもそも、セオドア。君、この町に来たのに、僕に挨拶をしないつもりだったのかい?」
「わざわざ、お忙しい執政官さまに、私のことで手を煩わせるのは申し訳ないと思ったまでさ。何よりも、特に用事もないのに、野郎の顔を見に行く趣味は私にはないんでね」
「つれないなぁ。たった七人だけの……いや、今は六人か。六人だけの同胞じゃないか。僕は機会があれば、いつでも会いたいと思っているんだけどね。そうそう、メイベルも同じ気持ちだよ。君に会いたいっていつも言っているからね」
「私と君たちじゃあ、仕事内容も、働く場所も違う。特に会う必要はないだろう?」
表面上、友好的に話しかける青年に、セオはどこまでもそっけない。それなのに、青年は構うことなく話を続ける。本当に善人なら、セオの様子を見て、退くはずなのにそうしない青年は、腹に一物も二物もありそうだ。
実際に、青年の様子はどことなく異様で――こちらの話を聞かない様は、どうにも、どこかの誰かを彷彿とさせる。つまり、目の前の青年も彼の様にこちらを利用するつもりなのだろう。付け入られないようにしなければならない。そう思って顔を上げようとしたが、そんな私を庇う様にセオは立ち上がり、背中で隠してくれる。過保護だと思うけれど、守られている感じが、少し嬉しい。
それにしても『六人しかいない』とは何の話だろうか。聞いてみたい気もするが、下手に口を挟まない方が良い様な気がするので、後から聞くことにしよう。
「それで?私に構う暇があるなら、お客様の対応をしたらどうだい?先ほども言ったが、私は対応するつもりはない」
「冷たいね、全く。けれども、君も知っての通り、この町はクライオスの人間が大神殿に向かう際に通らない道だ。それなのにわざわざ来たんだから、君に用事としか考えられないだろう?それとも……君が必死に隠している彼女に、かもしれないね。そうだとしたら、彼女に対応を頼んだ方がいいかな?」
青年はそう言うと、ひょいとセオの背に隠れている私の顔を覗き込み、驚いたように目を見張った。そのまま黙り込んでしまった青年に居心地の悪さを覚えたが、だからといってセオの背に隠れたり、顔を背けたりするわけにはいかないだろう。令嬢時代に培った作法を発揮するところだろう。こんなところで役に立つとは!人生何が役に立つか分からないものである。
小さく膝を折った後に、にっこりと微笑む。私が口を開く前に、我に返ったらしい青年が、ごくりとつばを飲み込んだ後に口を開いた。
「驚いた……。彼女が噂の新たなハルトか……。こんなに美しい女性だとは思わなかったよ。いや、それにしても……」
なにやらぶつぶつ言いながら、青年は私を頭の先からつま先まで舐めるように見る。その目はどこかギラギラしていて、人当たりが良さそうな青年の本性が決して外見通りではないことがわかる。
青年はなにやら一人ごちた後は、物も言わず、私を見つめ続けている。あまりにも不躾な態度がどうにも気に障る。けれども、目の前の青年の胸に光る黒とピンクゴールドの二つのバッジが、彼が大物であることを示している。今後のためにも、下手な態度をとるわけにはいかない。そうは思うのだが、青年の無遠慮な眼差しは、不愉快で仕方が無い。それに、なんだか得体のしれない圧を感じる。眉を顰めないように微笑み続けるだけでも精神がゴリゴリと削られていく気がするが、青年の前で隙を見せるのは悪手だと経験的にも、本能的にも感じる。
「いくら執政官と雖も、あまりに無礼が過ぎるんじゃないか?」
その言葉と共に、セオは私を引き寄せると、私の腰を抱いた。いきなりのことで少し驚いたが、私を守ろうとしてくれていることは分かるので、少しでも親密に見える様に、セオに身体を預ける。そうするとセオの手に少し力が籠ったので、どうやらこの方針で間違っていないようだ。
「ああ、そうだね。申し訳ないことをした。あまりの美しさに言葉を忘れてしまったようだ。お美しいお嬢さん、はじめまして。僕はアンガス・ハルト。七聖の一人にして、この町の町長を務めている」
ほう、この人が業突く張りな町長なのか。業突く張りでしかも礼儀知らずなんていいとこなしじゃないか。外見は、少しはいいかもしれないが、態度の悪さと眼差しの鋭さのせいで、純粋に評価できない。そもそも、攻略対象者を見慣れている私からしてみれば、十人並みとしか言いようがない。いや、上から目線で申し訳ないが、彼の視線はそれほど不愉快だったのだ。
自己紹介をしてもらったのだから、私も返さねばなるまい。少々億劫だと思いながらも、口を開こうとしたが、その前に私を遮るようにしてセオが私の紹介をしてくれた。
「君も知っての通り、先日ハルトと認められた、エヴァンジェリン・ハルトだ。私の弟子で、将来を誓い合った婚約者だ」
「へぇ……?婚約者、ね。君がそんな人を作るなんて、明日は赤い雪が降るかもしれないね。てっきり君は人を愛せない人間だと思っていたよ。どれだけ周りが薦めても一人も寝所に入れないし、あのメイベルの猛攻にも屈しないから、不能だって言われていたけれど……その辺はどうなんだい?エヴァンジェリン」
いきなりの爆弾発言に頭が真っ白になる。え?なに?今何を聞かれた?こんなこと聞かれたのは前世でも今世でも初めてだ。何と答えるのが正解か分からず、思わず口を噤んでしまう。顔に血が上るのが自分でもわかる。恐らく今の私の顔は林檎よりも赤いと思う。
初対面の、それも未婚の女性になんてことを言うんだ、アンガス!もう、本当に帰ってほしい。そしてできれば二度と私の前に姿を現さないでほしい。
拙作の挿絵は、林 マキ 先生が書いてくださることとなりました!私の作品にはもったいない程、美しいイラストを描いてくださっています!エヴァンジェリンも書籍版のヒーローも大変、綺麗で眼福です!TOブックス様の公式HPで表紙をご覧いただけますので、表紙だけでもご覧いただければ幸いです。もう、本当に美しいです!気が向かれた方は是非、ご覧くださいませ!