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ベネディ家の執着 5

「どうぞ、私と王太子殿下との婚約解消をお許しくださいませ」

 

 聡い彼女は殿下の薄汚い計画を知っていたのだろう――いや、知らなくてもここまで馬鹿にされたら愛想を尽かすのは当然かもしれない――彼女は殿下との婚約の解消を願った。

 陛下は渋ったが、彼女の覚悟のほどを知って受け入れた。計画通りだろうに、殿下は気乗りしない様で、サインを渋ったが最終的に彼女と殿下との婚約は解消された。

 彼女は殿下に向かって一礼すると、何も言わずに王宮を後にした。急いで追いかけたが、彼女に追いつくことはできなかった。


 しかし、殿下との婚約解消が成立した今、彼女はフリーだ。他の人間に搔っ攫われる前に私が手に入れたい。彼女だって私のことを嫌いではない、と言っていた。『よく知らないので好意もない』とも言っていたが……それは知っていってもらえば良いのだ。

 彼女に婚約を申し込む前に父に報告しようと探していたら、王宮の奥の方で何か騒ぎが起きている様だった。何かあったのかと足を向けたら、国王夫妻、殿下、リザム子爵夫妻、スライナト辺境伯、バーバラ・ハルトの姿があった。

 先ほどの裁判の関係者たちが揃っているのだ。物見高い貴族たちが見逃すはずがない。王妃は恥ずかしいことに「わがルーク家」とヒステリックに連呼している。確かに王妃とルーク家は蜜月の関係にあるが、王妃の生家はベネディ家だ。確かにベネディ家はルーク家の一門ではある。それは確かだが、いくら王妃とはいえ、主家であるルーク家の名前をこんな時にだすべきではない。

 というのも、叔母は王太后に見放されており、その王太后の生家がルーク家なのだ。そんなデリケートな話題を衆人環視の前で叫ぶなど正気の沙汰ではない。


 しかも、スライナト辺境伯どころか、ハルトまで敵に回そうとしている。思慮が足りない人だとは思っていたが、さすがにこれはない。青くなっていたら、隣に誰かが立った。顔を上げてみたら私と同じ顔色をした父が立っていた。

 

「ここまで愚かとは……」


 私も父の言葉に全面同意だ。


「さすがにこれは……。器ではないと思っていたけれども……」


「陛下はどう判断なされるのかしら?」


 周囲からも王妃を非難する声が漏れ聞こえてくる。ひそひそと囁いている貴族たちは私と父をちらちらと好奇の目で見ている。本当に何故、叔母が王妃になったのだろうか?さすがにここまで頭の悪い人間が女性として最高の地位に立つべきではないだろう。

 渋い顔をした父が「ついてこい」と言うなり、踵を返した。確かにこのまま、ここに居続けるのは悪手だろう。父は執務室に入るとため息をついた。そうして崩れる様にソファーに座った。ここまで疲弊した父を見るのは初めてだ。


「私は侯爵位を返上し、職を辞したうえでこの国を出るつもりだ」


 いきなりの言葉に驚いて言葉も出ない私に父はソファーに座る様に言った。


「そもそも王家には思うところがあったが……職を辞するほどではなかった。けれども今回のことで分かった。イザベラが王妃である以上、我が家は危機にさらされ続けるだろう。陛下が健在の時はまだ何とかなるかもしれん。だが、殿下の御代になった時、イザベラは処刑される可能性がある。それほど、殿下はイザベラを疎んでいる。

 ……下手をしたら生家である我が家にも何か咎めがあるかもしれん。今ならまだ逃げられるだろう。お前がどうするかは任せるが、一つだけ言っておく。残るのなら……長くないぞ」


 父の言葉に思わず生唾を飲み込む。確かに王妃の取り乱しようは異常だった。それでも迷ったのは彼女のことを思い出したからだ。そんな私に父は更に付け加えた。


「エヴァンジェリン嬢は神殿に行くらしい。彼女の魔力は高いらしいが、神殿でも通用するかどうかはわからん。何よりも連れて行ったのが()()セオドア・ハルトだ。大神殿で路頭に迷う可能性が高い。迎えに行ったとしよう。その場合、我が家の咎に彼女も巻き込まれるぞ」


「あんな醜悪な叔母のせいで彼女が損なわれるなんて、許せません」


「声をかけてくれている国がある。この国よりも小さい国で、伯爵として迎えられることになるが……それでもよければ連れて行ってやろう」


「お願いします」


 父が私に向かってこんな提案をしてくれるとは思わなかったが、有難いと思えた。私が頭を下げると父は嬉しそうに笑った。


「うむ、ならば引継ぎをさっさと済ませて出奔するぞ、手伝え」


 父の退職と爵位の返上はすぐに認められた。王妃は何も言わなかったし、父も何も言わなかった。私も殿下に挨拶をしたかったが、断られた。私に会う時間が惜しいそうだ。

 父と母は離婚し、母は生家に帰った。母はせいせいした、とばかりにさっさと家を出て行った。


 父とともに王都から出ようとしている時に懐かしい顔に会った。九歳の頃に袂を分かったその男はよほど鍛えたのか、しっかりと筋肉がついていた。


「グラム……。宰相様が国を出ると聞いたが……お前もいくのか?」


「ルアード、久しぶりですね。ええ、父について行こうと思っています。ルアード、あなたもどこかへ?」


「ああ、うちの親父も職を辞することにしたんだ。爵位も返上した」


 そう言ってルアードは憑き物が落ちた様な顔で笑った。


「それはまた、何故です?私たちと違って騎士団長殿には瑕疵はないでしょうに……」


「クラン家と変な契約を結んだことを親父はずっと後悔していたんだ。でも、契約があるから辞職するわけにはいかなかった……。それにそもそもそんな契約を結んだのは馬鹿息子のせいだったからな」


「契約に関しては王妃や貴族院が絡んでいました。騎士団長が悪いわけではないでしょう」


「それに今回の件も騎士をしっかり統率できていなかったから起こったしな」


 そうかもしれないが、利権が絡む騎士団を一個人が統率することは難しいだろう。どんな人間でも不可能だとは思うが、まっすぐな騎士団長はこのまま何事もなかった様には過ごせないのだろう。私の顔が曇ったのが分かったのか、ルアードは私の肩をぽん、と叩くと笑った。


「親父の決めたことだ」


「そうですか。それであなたはどこへ……?」


「スライナト辺境伯領に行こうと思う」


 思いもよらなかった言葉に目を丸くする私を尻目にルアードは続ける。


「リザム子爵夫妻が爵位を辞してスライナト辺境伯に赴かれるらしい。エヴァ……リザム嬢の大事な人である彼らを守りたいと思っている。彼女に救われたのに、俺は奪うばかりで何も返せなかった。俺の力なんて微々たるものだとは思うが、それでも彼女に恩返しをしたいんだ。

 親父には言ってある。もう継ぐ家も無いし、好きにさせてもらうさ」


「……そうですか。どうぞ、気を付けて」


「ああ。お前もな。あ、順番だ。じゃあな」


 そう言ってルアードは馬を連れて行ってしまった。昔、最後に会った時のひねくれた様子はもうどこにもなかった。私とルアードの仲は拗れてしまっていて、もう話すことはないだろうと思っていたが……昔のように話せるとは思わなかった。

 私と父がどうなるか、まだ分からないが、このまま終わるわけには行かないと思えた。ずっと、先行きが不安だった。けれども迷っている暇もぐずぐずしている暇もない。

 そう、彼女を迎えに行くためには、新しい土地で、早く地固めをしなければならないのだ。私は彼女を諦めるつもりなどこれっぽっちもない。殿下と婚約解消した今、誰かに奪われる前に私が彼女を手に入れるのだ。


 もうルアードの姿はどこにも無い。死ぬなよ、もう見えなくなった昔馴染に伝えそびれた言葉を口に乗せる。敵でないのなら、幸せになってほしいものだ。まぁ、邪魔をするなら私自らが何らかの措置を取らなければならなくなるのだが…。


 全ての未練を振り払う様に首を振ると、父の声に私も城門に向かって歩き出した。

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