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ベネディ家の執着 4

 私が追憶に耽っている間にも裁判は進んでいく。愚昧な男が卑賤な兄妹を庇うべく、理解の範疇を超えた話を始めた。どう考えても無理がある話に周囲の貴族は冷たい目を向けているが、ファウストはその視線に気づきもしない様だった。それなのに、殿下はその話に乗って話を進めていた。


「娘と認めるのであれば、公爵が八年前にした、リオネル家との約束も反故になるな。なぜなら、『娘が傷ついた賠償』でなく『娘が王太子に嫁げなくなった賠償』だからな」


 この言葉でようやく、全てが理解できた。このためだったのか!殿下はこの契約を反故にするために、エヴァンジェリンと婚約したのだ!しかも、この状況を作るために、デビュタントであんな悪目立ちをするドレスを着せた。エヴァンジェリンとは一曲しか踊らず、サラとは何度も踊っていたし、わざわざ休憩時間に彼女を侮辱しに行った。彼女が軽んじられている様を会場中に見せつけて、奴らが彼女を襲いやすくした。……つまり、彼女を囮にしたのだ。

 怒りのあまり目の前が真っ赤に染まった。


 目の前でクラン家とリオネル家の契約が解消された。殿下は安心している様子で書類を陛下に渡している。

 契約解消を終えた男は彼女を家に連れ戻そうとしているのに、殿下は制止しようともしない。彼女を襲った男(サトゥナー)と彼女を同じ家に住まわせる?そんなことをしたら、今度こそ彼女の純潔は奪われてしまうに違いない。

 ……そうか、それも策のうちか!サトゥナーと彼女の間に何かあったと匂わせておいて、一緒の家に住まわせる。しばらく時を置いた後に、エヴァンジェリンの不貞を言い立て、婚約破棄をするつもりなのだ!

 そして、自分はサラと婚約するつもりなのだろう。今の立ち位置を見たら誰でも察することができる。罪人と思わせるほどの低い位置に立つエヴァンジェリン(=不貞を働いた婚約者)と殿下の隣に立つサラ(=未来の王妃)。どこまで彼女を馬鹿にするつもりなのか……確かに今のクラン家は王家の不興を買っているが、それはファウストとサトゥナー、イリアだけのはずだ。王家の次に貴い血が流れているエヴァンジェリンがあそこまで馬鹿にされる謂れはない。


 殿下は目的のために手段を選ばない所があることは知っているつもりだが、これはあんまりだ。歪んでいるとしか言いようがない。私は今後も、こんな血も涙もない様な男に仕え続けることができるだろうか?恐らく無理だ。将来、暗君になるに違いない人間にはついていけない。今後の身の振り方を考えるべきだろう。

 それはそれとして、彼女をこのまま連れ戻させるわけにはいかない。守らなければならない。立ち上がろうとした時に、エヴァンジェリンが口を開いた。そうして、ファウストの意味不明な話の矛盾点をついて行った。そうして彼女は隣に立つ男に信頼の篭った目を向け、ファウストを告発した。


「ハーヴェー様の教義にも反した考えでございます」


 彼女を守る様に立つ男――セオドア・ハルトは彼女の告発を受けてファウストとサトゥナー、イリアを神殿に連れて行くように命じた。醜悪な人間が退場した後、彼女はクラン家の存続を願い出た。彼女が申し出なくてもクラン家が取り潰されることはないと思っていたが、彼女の言葉に応えたのは陛下でなく、セオドア・ハルトだった。

 更に驚いたことに殿下が重用している護衛は留学しているはずのアスラン・フォン・クランだった。何度か会ったが全く気付いていなかった。

 アスランは幼馴染で兄の様な存在だったが、正直見損なった。殿下の護衛騎士としてあれだけそばにいたのだ。殿下のこの下衆な策を彼も知っていて看過していたのだろう。幼いころはエヴァンジェリンを溺愛していたのに、何がどうしてこんな冷たい人間になったのだろうか。彼女はこんな時でも、アスランのことを心配していたというのに……。

 

 気丈に振舞ってはいたが、よくよく見ると彼女は震えていた。婚約者にも家族にも裏切られたのだ。どれだけ心細いだろう。

 こんな遠くではなく、彼女の隣で支えたい。そう思って彼女のところに向かおうとしたが、彼女の瞳には私は映っていなかった。彼女はずっと隣に立つ神官を信頼の篭った目で見つめていた。神官もその信頼に応える様に彼女を支えていて……まるで一幅の絵の様だと、そう思ってしまった。


 何故、彼女はあの神官を頼っているのだろうか?貴女が頼るべきなのはその男でなく私であるべきだ。そもそも、彼女はあの神官がどういう人間か知っているのだろうか。

 温室育ちの彼女は知らないだろうが、あの男の悪名は王宮では知らぬ人間はいない。いつも周りに未婚既婚問わず、女性を侍らせており、弄んでいるらしい。奴の手口は巧妙で、最初はどこまでも優しくし、相手が奴の優しさに溺れたら急に突き放すらしい。それでも、奴の優しさが忘れられない女性は離れられなくなるらしい。相手にされないとわかっているはずなのに女たちは『自分ならば彼の唯一になれる』と訳の分からない自信をもって奴に近づき……そしてどんどん被害者が増える。なんと馬鹿らしい。そう思うが、残念なことに私の母方の従姉のアリアナも奴に夢中だ。


「もう、キスが本当にうまくて溶けちゃいそうなの。声も本当に良くて……!遊びでも良いの、たまに相手してもらえるなら十分なのよ」


 ここまで赤裸々に語るなよ、とは思うけれど、神官の周りにいる女性は皆こんなものらしい。アリアナはそろそろ結婚適齢期だと思うが、相手はいるのだろうか?私ならこんな女性はごめんだが……。まぁ、私には関係ないし、好きにすればいい。自己責任というものだろう。

 しかし、女に気軽に手を出す様な軽薄な男が彼女の傍にいるなど、心配で仕方が無い。しかも、セオドア・ハルトは女を連れ去ることでも有名だ。『入殿を希望されたから案内しただけ』と奴は言っているが連れて行った人間の数は両手の指じゃ足りないらしい。最も有名なのは新婚のポートグラン子爵夫人と結婚間近のスゥエート男爵令嬢を連れ去り、神殿に放置したことだろう。二人は大神殿で放置され、どうして良いか分からず、家族に助けを乞うたらしい。もちろん、婚姻は破談になり、結局二人は神殿預かりとなった。

 犯罪ではないかと声が上がったこともあるが『助けを求めて入殿を希望したものを神殿に案内するのは聖職者の役割だ』そう言われてはそれ以上の糾弾はできなかったらしい。何より、ハルトは神殿の規則で、誰とでも関係を持つことができないので、王宮の女性と関係を持っていないことは明白らしい。

 

 そもそも、ハルトは本人も強い力を持っており、かつ、神殿という強い後ろ盾を持っている。そうして、とんでもなく裕福だ。だから、ハルトを敵に回す人間はいない。王家であろうとハルトを粗略に扱わない。ハルトの怒りを買った結果、神殿から見放され、亡びた国もあるからだ。下手な扱いはできない。


 けれど、彼女は奴がいつも相手している様な安い女ではない。いくらハルトと言えど元平民が容易く触れて良い女性ではない。何を驕っているのか!身の程知らずな!彼女は王家の血を引く尊い女性で……いや、違う。王家の血を引いていようがいまいが、どうでも良い。彼女はただ、そこにいるだけで奇跡の様な女性だ。

 これ以上彼女にかかわらないでほしい。助けが必要ならば、私が助けになる。殿下からも、アスランからも必ず守ってみせる。だから、どうか私の手を取ってほしい。

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