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令嬢は町に出かける 3

「この町にはよく来るの?」


「あぁ、まあね。孤児院から一番近いのはこの町だからね。特に町長は欲の皮が突っ張っているだけあって金さえ払えば色々と融通してくれるからね。なにかとやりやすいんだ」


「そうなんだ、道理で顔見知りが多いのね」


「そりゃあハルトの数は少ないからね、今は各国に派遣されている人間含めて五十人もいないんじゃないかな?だからサリンジャの民はハルトの顔を覚えているんだよ。特に俺は十年以上所属しているからね」


 現在のハルトの数は五十人もいないことに少し驚く。サリンジャがハルトを派遣している国はクライオスだけではない。近隣諸国にも派遣しているはずだし、サリンジャ内にも何人か常駐させなければならないのだ。それなのに総数が五十人もいないとなると、ハルトになれる人間の割合は何万人どころか、何十万人、もしくは何百万人に一人の割合なのかもしれない。道理で神殿がハルトを大事にするわけだ。

 

「ふーん、皆が顔を覚えているってすごいわね。似顔絵みたいなものがあちこちに貼ってあったりするの?」


 この世界にはネットやテレビどころか、カメラすらない。遠く離れた場所にいる人に、特定の人物の外見を知らせるには口頭で説明するか、それこそ似顔絵しかない。

 サリンジャの民は身分を証明するバッジを右胸につけているけれど、そんなに大きなものじゃない。近くで見ればわかるけれど遠目ではよくわからない。

 それにエルグランドからの参拝客だってここには大勢いると思う。つまりバッジのことをよく知らない人間も多々いると思うのだが、この場にいる人間のほとんどがセオに注目している。つまり、何らかの伝達手段があるのではないだろうか。いや、格好が良いから注目されていると言われたらそうなのかもしれないが……。


「似顔絵って……賞金首じゃないんだから。まぁ姿絵とかは売られるけどね」


「姿絵?」


「そう、神殿にはお抱えの絵師がいてね。ハルトや特定の二位の姿絵を描いてるんだ」


 ほうほう、それはポスターやブロマイドみたいなものだろうか。この世界にもオタ活があるということか。それはなんというか、血が騒ぐ。是非、その姿絵を見てみたい!ものによっては購入したい!

 

「まあ、神殿はできるだけハルトの顔を売りたいんだ。神殿の威光を知らしめるためと…」


「所属している人間以外が治癒魔法を使ったらすぐに神殿に連絡が行くように?」


「相変わらず鋭いね。まあ、そういうこと。

 とは言っても国民全員が姿絵を買えるわけじゃないから、ハルトは就任したら、お披露目をするんだ。神殿を皮切りにいくつかの主要都市を巡るんだ」


「お披露目…?私もするの?そんな話聞いてないけど」


「あぁ、生誕祭がもう間も無く開催されるからね。君のお披露目はその時、一緒に行う予定だよ。本当なら、お披露目の時のドレスは俺が贈りたいところだけど、残念ながら、その時は一位の正装を着ることになる。正装の用意は神殿がするから何も心配しなくていい」


 お披露目ねぇ……なんだか面倒臭そうだなぁとも思ったけれど、そんなことより気になって仕方がないことがある。


「ねぇ、姿絵って就任した時だけに売られるの?」


「いや、一年に一回、生誕祭の時に更新されて売られるよ。

 まあ、想像はつくと思うけど見栄えのいいハルトのものはたくさん売れるね。多分シェリーちゃんのものはすごく売れると思うよ。まぁどれだけ売れても、姿絵代は俺たちには支払われないけれど」


「どこで売っているの?クライオスにも売ってる?」

 

 どうして今まで姿絵のことを知らなかったのだろうか。もったいないことをした。子供のころのセオの姿絵とかレアすぎる!!毎年、更新するのならば、もう手に入らないだろう。前世を思い出していなかったのだから仕方が無いとはいえ、惜しいことをした。手に入れたかった……!!


「クライオスでは大きな神殿でしか売っていないね。しかも人気のあるものは品切れが多い。

 でも、サリンジャでは品切れを起こすことはほとんどないし、結構色々なとこで売られている。この町でも売っているよ。ほら、そこの店がそうだ」


 そう言って少し離れた場所にある、煉瓦造りの赤い屋根の店を指差した。その店は老若男女を問わず、多様な人が行列を作っている。その中にはキャッキャッと嬉しそうに笑う若い女性たちも多くいる。その女性たちはセオに気づいたのか、こちらを見て「キャーッ!セオドア様ーっ!」と黄色い悲鳴をあげる。

 案の定、セオは人気がある様だ。恐らくクライオスではセオの姿絵は売り切れているのではないだろうか。

 並んでいる女の子たちは服装から察するに、クライオスから来た子もいるようだ。もちろんエルグランドから来た子もいる様だが、どの子も頬を赤く染めてセオを見ている。

 もしかしたらセオの姿絵を買おうとしているのかもしれない。良いな、すごく羨ましい。元ファンとしてはセオの姿絵がものすごく欲しい。いや、入手せねばなるまい。『本人が目の前にいるじゃないか』などと言うなかれ。私がセオを見ている時はセオからも見られているということなのだ。落ち着かないことこの上ない。私が落ち着いて存分に愛でられる姿絵はどうしても入手したい。

 しかし、セオの前では購入しづらい…というか、絶対に無理だ。とっても購入したいけど、セオには知られたくない。一人でこっそり買いに行きたいけど、昨日一人で行動しない様に、約束させられたばかりだ。誰かに頼むのも恥ずかしくて無理だし――そもそも頼める人もいない。

 けれど、諦めたくない。一人で買いに行きたいって、ダメ元で頼んでみよう、と決心して口を開いた。


「セオ、後学のために、私も姿絵を見に行きたいんだけど…」


「結構嵩張(かさば)るから、大神殿で買った方が良いと思うけど、見に行ってみるかい?」


「行きたいけど、セオに付き合ってもらうのはちょっと申し訳ないから、すぐそこだし、私一人で…」


 そう言った瞬間「へぇ…?」とセオが振り向いた。いつもの声よりよりトーンが低い。恐る恐る見上げたセオの目は座っている。まずい、瞬間的にそう思った。


「いや、あの、なんでもないです」


 私がそう言うとセオは「よろしい」と大きく頷いた。

 ここ最近で分かったことがある。セオは大人で落ち着いた雰囲気を持っているし、微笑みを絶やさないから最初は気づかなかったけれど、実は何気に気分屋で短気な一面がある。時折、急に機嫌が悪くなることがあって――特にジェイドが絡んだ時に、顕著な気がする――そんな時のセオは少し…………いや、とっても怖い。優しい人を怒らせたら怖いというのは本当だとつくづく思う。


 セオはまだサラ(ヒロイン)が好きだから、ジェイドのことで沸点が低くなるのだろう。やっぱり、恋敵は憎いものなのだろうか。

 私は……どうだろう?確かに昨日、羨ましいと思ってしまったけれど、私は彼女を憎いと思っているのだろうか?自分のことなのに、よく分からない。でも、サラに対して何かをしようとは思っていない。

 人を愛するということは人を憎むことと同義だと私は思う。愛も憎しみもどちらも他者に強く心を傾けることだからだ。前世の私は誰かを愛することも、憎むことも無かった。誰かを憎まないで済むということは、幸せなことだとは思うけれど、誰かに対して強い感情を抱かなかったということだから……よくよく考えると、寂しいことだったのかもしれない。


 前世のもう一人の幼馴染は女子力が高く、彼氏が途切れなかった。彼女は『ただ惚れっぽいだけだよ』なんて笑っていたけれど、それは他者を愛する才能に溢れているということだ。前世の私はそんな彼女に少し憧れていたけれど、今はそんな才能は欲しくない。

 欲しくないとは思うのに、今の私はジェイドを好きになり……セオに惹かれ始めている。そんな私はもしかしたら、いずれ誰か(サラ)を憎んでしまうのだろうか。それは私にとって、とても恐ろしいことだ。

 ジェイドから離れようと決めたのは、自分を律することができない感情を持たない為だったのに……。どうして私はまた同じ失敗を繰り返そうとしているのだろうか?

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