令嬢と神官 5
今年初の投稿です。少しだけで申し訳ありません。
皆さま、今年もどうぞよろしくお願いいたします。今年が皆様にとって良い年であります様に…。
私を優しくベッドに降ろした後、セオは覆いかぶさってきた。その動作は緩慢なのにまるで大型の獣が獲物を追い詰める様だ。逃げられない。何故か、そう思った。
私がそう悟ったのが分かったのか、セオは私の頬を優しく撫でた後に、耳を甘噛みした。そのまま彼の舌が私の耳を舐める。思わず漏らしてしまった声はどこか甘えた様な響きを孕んでいて――そんな自分が恥ずかしくて仕方がない。
「シェリー」
セオはかすれた声で私の名を耳元で呼び、今度は指で私の首筋をそっと撫でた。指で少し撫でられただけだというのに、私はまたもや声を漏らしてしまう。
このままではいけないと思うのに、セオの手があまりにも優しくて、このままで良いのではないかとも思ってしまう。セオの手が気持ちよくて仕方なくて、熱に浮かされたようで考えがまとまらない。
ギシリ、ベッドのスプリングが思ったより大きな音を出して軋んだ。その音がなんだか生々しくてドキリとした。おかげでようやく少しだけ頭が動くようになった。やはり、このまま流されてはいけない。
「セオ、ちょっと、待って」
そう言いながら、セオの胸を手で押し、なんとか逃げようと肘を使って後ろに下がろうとするも、そんな私の手をセオは簡単に捕まえる。狼狽える私の様子を見て、セオはくっと笑った。その様はどこか危うげで、どこまでも色っぽくてクラクラする。そんな私をセオは簡単にベッドに沈めた。
セオの姿に目を奪われている私を他所に、セオは私の胸の釦を一つ外し――今着ている服は一人で着脱できる様に、釦が前についていた――鎖骨付近に顔を寄せた。
チリっとした、本日三回目の痛みが走る。この甘い痛みは回数を重ねれば重ねるほど、背筋の痺れが酷くなる気がする。なんとか堪えようとするが、どうしても声が漏れてしまう。声と同時に吐き出す息もなんだか熱が籠っている様な気がして、身の置き場がなくなるほど、恥ずかしい。心臓がドキドキとうるさく騒ぐ。息が詰まりそうだ。
もう、これ以上は無理。キャパオーバーだ。勘弁して欲しい。そう思うのに言葉にできない。
なんとか「待って」と口にしたけれど、セオの動きが止まることはなくて、先ほどよりも少し下に小さな痛みが走った。セオの目には仄暗い炎が灯っていて、私を見ている様で見ていない気がした。
どうにか、止まって欲しくて「お願いだから…待っ」、言いかけた時に、ガリっと音がしてジンジンとした痛みを感じると同時に背筋に電流が走った様な気がした。今なんとかしないと、もう後戻りができない事態に陥りそうだ。それなのに、もうどうすればよいか全く分からない。
「シェリー、シェリー」
どこか切羽詰まった様な声でセオは私の名前を呼ぶ。途方にくれながら、セオの顔を覗き込んで私は絶句した。先ほどからの話しぶりや行動から、怒っているに違いないと思っていたのに、セオは今にも泣き出しそうな顔をしていた。
なんだか、母親に置いて行かれた子供の様で、可哀そうに思えて、思わずセオの頭を抱きしめた。そしてそのまま、彼の髪を優しく撫でた。男性の髪は硬いというイメージがあったが、セオの髪は柔らかくて撫で心地が良かった。セオが抵抗しないのを良いことに私はずっと彼の頭を撫で続けた。セオは急に私に抱き込まれたというのに、大人しく私に抱きしめられていた。
しばらくそうしていたら腕の中で「ごめん」とセオが呟いた。セオが腕の中で身じろぎをしたので、彼から手を離す。セオは私の腕の中から起き上がると、私から目をそらしたまま、もう一度「ごめん」と言った。そして私から離れてベッドの端まで行き、身体を丸くする様にして座った。そのまま両手で、額を押さえると苦し気に言葉を紡いだ。
「シェリーちゃん、ごめん。ひどいことをした…。本当にごめん。もう少しで自分が決めたことなのに、守れないところだった。
……いや、ちっとも守れてないね…謝られても許せないと思うけれど、本当にごめん。今の君には絶対にしてはいけないことだったのに…」
「ううん」
そう返したけれどセオは俯いたままだ。聞こえたかな?と思ったけれど、何度も返すのもおかしいと思ったので、セオの次の言葉を待つことにした。
私はセオの丸くなった背中を見つめながら、身体を起こす。ものすごく困ったし、どうして良いかわからなかったけれど、嫌じゃなかった。このまま流されても良いんじゃないかとすら思ってしまった程だ。いや、今、思うと絶対に流されてたらダメだった。だって、もしあのままだったら、刻印がないことがバレてしまったに違いない。危ないところだった……。
確かにひと月前の、あの時は本当に恐ろしかったし、気持ちが悪かった。未だに思い出しただけで震えが止まらなくなるほどだ。
今回は、確かに驚いたし、色々と翻弄されて恥ずかしかった。でも、セオに対しては嫌悪感も無いし、怖いとすら思わなかった。今も、セオと一緒に居たくないなんて思えないし、セオのことは信頼している。
ただ、もうご免だけれど。
押しは一定の距離を保って愛でたいのだ。あんな間近にいられるのは心臓に悪すぎるし、色々と気になってしまう――今回も臭いとか、変な声出してて気持ち悪いとか思われていたら、死ねる。
どうやらセオは先ほどまでの自分の行動を恥じているようだけれど、私の方こそ、セオに醜態を晒してしまったと思う。本気で恥ずかしいから、今回のことはお互い忘れてなかったことにしないかと提案しようと思ってセオの顔色の悪さに気づいた。
「セオ、大丈夫?」
あまりの顔色の悪さに心配になって声をかけたら、セオはびくりと身体を震わせた。いつもなら、優しい笑顔で応えてくれるのに、今日は何も言わずに俯いたままだ。
私の方をちっとも見ないセオに危機感が募る。今すぐ、私が何を思っているか、きちんと話をしなければセオは私の前から姿を消してしまう、そんな気がした。保身に走ったり、ごまかしたりしてしまうと、きっと取り返しがつかない。端折らず、自分の思いを余さず、伝えなければ。
考えるまでもなく、今回のことは私が至らない引き金を引いたから起きたのだ。つまり、セオではなく、私が悪い。だから、セオがここまで気にする必要はない。
セオを失う恐ろしさに怯えながら、私は口を開いた。
「私もあなたにうまく話せなくて、ごめんなさい…。裏切るとか、そんなつもりじゃなかったの。自分のために、家族が誰かを傷つけるのを見るのは辛いだろうって思ったの…」
私の言葉にセオは、うん、うん、と相槌を打ってくれるが、先ほどと同じ体勢のまま、やはり私の方を見ようとしない。けれど、私の言葉は先ほどと違ってきちんと届いている、そう感じた。だからだろうか、私が言葉を重ねれば重ねるほど、セオの背中は丸くなっている様な気がした。
叱られた子供みたいで、慰めてあげたくなってしまう。でも、その前にきちんと会話をするべきだ。このまま有耶無耶にしてしまってはいけない、そんな気がひしひしとした。
「もし、セオが婚約者だって紹介したのが、私なんかじゃなくて、もっと相応しい人間だったら、こんなことにならなかったんじゃないかって、思ったの。私とセオは偽装なんだから、無理に私にこだわる必要なんかないんじゃないかって。そもそも私がついて行かなかったら、こんなことにならなかったし…セオがこんなに苦しむことも…」
「『私なんか』なんて言わないでくれ。俺は君が良いんだ」
ようやくセオは頭を上げ、正面から私を見てくれた。けれど、私を見つめる彼の目は寂し気に揺れていた。
「だから『婚約解消しないか?』なんて言って欲しくない…」
セオはすがる様な瞳で私の頬に手を伸ばす。いつもは面倒見が良くて、スマートで、まるで保護者の様なセオが私に甘えてくれている。なんだかすごく可愛くて、そんなセオの姿にときめいた。
「うん、ごめんなさい。セオを傷つけるつもりはなかったの」
私はそう言ってセオの頬に唇を落とした。セオは驚いたように目を見張った。
「だから、勝手とは思うけれど…先ほどの発言は取り消させてもらっても良い?」
私がそう伝えると、セオはようやく優しく微笑んでくれた。きちんと私の思っていたことを伝えられた。だからもう大丈夫だと確信できた。ほっと息をついた時にセオが頬を赤く染めたまま、口を開いた。
「もちろん。ありがとう。
けれど、もう二度と『ほかに婚約者を作れ』なんて言わないでくれるかい?……君は俺の気持ちを知っているだろう?」




