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令嬢と神官 2

 しまった、このことではなかったのか、と青くなったが、もう遅かった様でセオは鋭い目で私を見ている。なんだかものすごく呆れられている様な気がする。

ただ、言い訳をさせてもらえるのなら、あの時は『子爵家がとばっちりを受けない様にしなくてはいけない』としか頭になくて、気が付いたら言質を取られていただけなので…セオとは全く違うのだけど、うまく説明できる気がしない。だって当の私ですら『なんでそんな話になった?』って思ったぐらいだ。なにも言えずにいる私に向かって、セオが言葉を繰り返す。


「言ったことがあるんだね?」


 その声は低くて、思わずびくっとしてしまう。なんだか私の中の何かが『今、セオの顔を見てはいけない』と警鐘を鳴らしている気がするので、顔を上げられない。


「あるんだね?」


 俯いている私に、セオは静かに聞いてくる。私は彼の顔を見ないままで、小さく頷いた。セオは大きくため息をつくと絞り出す様に「わかった」と頷いた。


「昔のことを気にするなんて俺の信条に反するけど…こればっかりはね。

 全く、ますます君から目を離せなくなったよ。これからは仕事以外では一人で行動しないこと、良いね?」


 それでも答えるのを迷っていたら、「良いね?」と再度念押しをされたので、とうとうセオの圧力に負けて頷いてしまった。


「よろしい、じゃあこの話はここまでで。ちょうど宿に着いたみたいだからね」


 そう言ってため息をつくとセオは馬車を降りると私に手を差し出した。じゃあ前科ってなにを指したんだろうか、そう思ったけど下手に聞いて藪蛇になるのが怖くて口を噤んだ。


 私たちがグルカッタの町に着いた時にはもう日が傾いていた。朝から動いていたから気が付かなかったけれど、結構な時間が経っていた様だった。お昼ご飯を食べ損ねた、そう思うと急にお腹がすいてきた。けれどここでセオに「お腹が空いた!」なんて言い出す勇気は私にはない。早めに夕食を食べられるといいなぁ。

 セオにエスコートされて降りた場所は結構大きな町の様だった。馬車は表通りに停まっていて、目の前には王都のちょっとした貴族のタウンハウスくらいの豪奢な宿があった。

 護衛さんの一人が先に入り、もう一人は私達の後に続いた。中は外見から想像する様に豪奢だったが、よくよく見るとあちこちに銀色の猫のモチーフがあしらわれていた。宿のカウンターの端に彫られていたり、花瓶に描かれていたりと色々な場所に隠れていて、気づくとほっこりした。


「これはこれはハルト様、お久しぶりでございます。お戻りになられておいでだったんですね」


 カウンターの中から話しかけて来たのは貴族の家令と言っても通用しそうな、温厚そうな中年の男性だった。セオの顔見知りではある様だが、女将さんよりも親しくないのか、少し距離がある感じがした。


「ええ、つい先日戻って来たところですよ。連絡を入れてないのに申し訳ないのですが、部屋を四部屋用意してもらえますか?」


「もちろんでございます、すぐにご用意いたします。皆さまいつものお部屋並びでよろしいですか?」


「いや、彼女は私の隣の部屋をお願いしたい」


「畏まりました」


 そう言って男性は従業員に私たちを部屋に案内する様に、指示を出した。指示を出された青年は私達を見て少し戸惑った様だった。


「あぁ、ここで揃えるつもりだから、荷物はなにもないんだ。気にしないでくれ」


 セオがそう言うと青年は頭を下げ、私達を部屋まで案内してくれた。通された部屋は子爵家の私の部屋よりも豪奢だった。なんだか落ち着かないと思ったけれど、『セオの隣の部屋』ということは恐らく『一位が泊まるグレードの部屋』なのだろうから、我慢すべきだろう。つい先ほどまでのセオの剣幕を考えれば、ここで否を唱える度胸は私にはない。

 

「疲れているだろうから、ゆっくり休んで。俺はちょっと外に出るけど、俺がいない間は絶対に外に出ないこと。良いね?」


「町に出るの?よかったら私も行きたい!」


 先程、セオがここで揃えると言っていたから、買い出しに行くつもりなのだろう。いつまでもセオにお世話になってばかりでは申し訳ないし、何より外を歩いてみたかった。セオは少し考えた様だったが首を横に振った。


「もう間もなく日が落ちるからね、君を連れて行くわけにはいかないよ。大人しく宿で待っていてくれるかい?」


「でも、何もかもあなたに任せるのは申し訳ないわ。私もなにかしたいし、町にも出てみたいの」


「君の気持はよくわかった」


 私の言葉に頷いてくれたので、嬉しくなって顔を上げたが、セオは難しい顔をしたままだ。


「でも、やっぱりダメだ。これから暗くなるのに君を連れて行くわけにはいかないよ。町に出たいのなら、明日連れていってあげるから、今日は部屋でおとなしくしていて」


 今日あれだけ心配させたし、馬車の中で失言もしている。あまり粘ってはいけないだろう。渋々頷くと、セオは私の頭を撫でた。


「部屋に軽食を用意させるから、大人しく待っていてね。

 それから、俺が帰るまで決して部屋の外に出ないこと。あと、絶対に俺以外の人間が来ても扉を開けないこと。良いね?」


「ねえ、なんだか子供に言い聞かせているみたいなんだけど…」


「子供より、よっぽど君の方が性質が悪いよ。もう少し色々と警戒をして欲しいものだよ」


 結局セオは私の部屋に軽食が来るまで待ってから護衛さんの一人を連れて出かけて行った。もう一人は私の部屋の前で警戒するらしい。

 知ってはいたが、セオは本当に過保護だ。軽食を受け取るぐらい私一人でもできるし、あそこまで念押しされたら、部屋の扉を開けたりはしないのだが、そこまで私は信用できないのだろうか。

 そう思いながら、届けられたサンドイッチに手を伸ばす。届けられたのは、フルーツサンドで苺や桃が挟まれている。鮮やかな色の苺を見て、何故か胸が痛んだ。

 クライオスには生クリームはなく、バタークリームしかない。このサンドイッチもバタークリームなのだろうかと思いながら一口齧って目を見張った。


 美味しい!!久しぶりの味だ――いや、この世界では初めて食べる味なのだが――。

フルーツサンドは間違いなく生クリームで作られていた。涙がこぼれるような気がした――いや、本当に涙がこぼれた。だって誰も見ていないから、不審に思われることなんかない。

 ゆっくりと味わいながら食べようと思っていたのに、すぐに食べきってしまった。お代わりが欲しいと思ったけれど、さすがに生クリームをもっと食べたいからと言って、セオの言いつけを破る気にはなれない。だって部屋に軽食が届けられるまでこの部屋で待機するほど私を心配してくれたいたのだから。


 しかし、本当に美味しかった。そしてクライオスにない生クリームがこの国にあるのはやはり、転移者の存在があるのだろうか。バタークリームと生クリームはどちらもクリームと名前はついているが、作り方は全く違うし、保存方法も異なれば、日持ちも異なる。

 バタークリームは主にバター、砂糖、卵、シロップを使って作られている。ものによっては牛乳を使うものもあるらしい――その場合はあまり日持ちがしないらしい――。バタークリームは常温でも約三日は持つ。

 生クリームは確か『牛乳や生乳を分離させて乳脂肪だけを取り出したもの』だった気がする。小耳に挟んだだけなので、詳しい作り方はわからないけれど。しかし、その特性上、冷蔵が必要で、冷蔵しても二日ほどしか持たない。

 つまり、生クリームがあるということは冷蔵保存ができる器具が存在しているということだ。しかもこの宿屋で食べられるということはある程度、普及しているということだ。言うまでもないが、クライオスにはそんな技術はない。いくつか氷室があるだけだ。


 冷蔵ができるということは、食品を長期間保存できるということだ。そうしたら、買い物に毎日行く必要も無くなるし、食事のレパートリーも増える。冷蔵すれば食物が腐敗することも減る。そうしたら、食中毒の危険性だって減るだろう。

 少し考えただけでこれほどの利点がある。冷蔵ができるということは労働を減らすことができ、かつ、健康的な生活、引いては命を守ってくれるということだ。

 神殿がどれほどの冷蔵器具をいつから所有しているかわからないが、それがクライオスに伝わることなく、サリンジャにだけ、伝わっているということは恐ろしく思った。

 宗教と戦争は切っても切り離せない関係にある。実際ハルペー帝国は、女神を信仰しており、ハーヴェ―教を信仰している人々は悪魔だと思っている。そして、ハーヴェ―を信仰している人間は全て殺害すべきだと思っている。ハルペーとクライオスの諍いは何百年と続いているが、未だに終結する兆しは見えない。

 今現在、サリンジャはどことも争っていないが、万一どこかの国と争うことがあった場合、この国に勝てる国はあるのだろうか?

どこまでもきな臭い雰囲気が漂うサリンジャに私はますます不信感を覚えた。


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