令嬢は治癒する 2
私は決してお人好しではない。どちらかと言うと淡白だし、他人と関わり合うのは得意ではない。敵と見做した人間には手加減はしないし、邪魔な人間は排除した。これからも、その姿勢を変えるつもりはない。
けれど、私にとっては敵でも、セオにとっては大事な家族なのだ。それでも、私とラリーサを天秤にかけて、セオは私を選ぼうとしてくれたのではないだろうか。
一位の私が孤児院の子供に害されようとしたことが公になれば孤児院の継続が難しくなるのかもしれない。だから私に配慮しようとしたのではないだろうか。一瞬そう思ったけれど、きっとそうではないと思えた。
セオは弟子である私にものすごく心を砕いてくれている。だから、ラリーサを治すことで私の信頼を失くすことを避けようとしてくれるのではないだろうか?
自惚れ過ぎかもしれないけれど、孤児院の継続という打算的な考えがあったというよりも、ただただ、私を思っての行動だと思えた。だって、セオはいつだって私を大切にしてくれるから。
セオの心遣いは、嬉しい。彼の優しさはいつも私の心に温かいものを注いでくれる。だから、彼の側は安心できて、ずっと一緒に居たい気持ちになる――もちろんそれは願ってはいけないことなのだけど。
でも、そう思うほど彼はいつも私に優しい。まるでお義父様やお義母の様だ。今回のことだってセオは自らの危険も顧みず私を助けてくれた。だからこそ、今回一番危険だったのは間違いなくセオだ。ラリーサを治すのはセオに対する裏切りかもしれない。
でも、それでも、セオはラリーサを家族だとも思っていて、助けたいという気持ちだって確かにあったと思う。それを私への配慮のために治せないというなら、私が癒せば良いのだ。敵を助ける行為は愚かだと分かっている。その行為がいつか自分の首を絞めることになるかもしれないことも、知っている。いつか、ラリーサを助けたことで、私が危機に陥ることがあるかもしれない。でも、そんなことよりもセオが辛い方が、私は嫌だ。
ここでラリーサを見殺しにしたら、きっとセオの心に傷を作ることになる。ここひと月ほどしか親しく付き合っていないけれど、それでもセオが愛情深くて、面倒見が良い人だということは知っている。私がここで少しばかり彼に恩返しをしても罰は当たらないだろう。もし、それで不利益を被ることになったとしても構わない。セオに少しでも返せることがあるのなら。
ラリーサの治療を終えた私は立ち上がった。また何をされるかわからないから、ラリーサが目を覚ますまでは側に居るつもりはない。周りの作業員たちは私の顔を見ると少し後退りをした。セオを慮って癒したが、ラリーサには少しだけ、わだかまりが残っている。だから、もしかしたら今の私はとんでもなく醜い顔をしているのかもしれない。
「シェリーちゃん、ごめん。ありがとう」
立ち上がった私の側にやってきて礼を言ったセオの目には、やはり安堵の色が見えた。私の行動は間違ってなかったのだと思うと自然に微笑みが溢れた。
そうしたら急にセオは私を抱き上げた。いきなりの行動に目を丸くしていたら、セオが大きな声を出した。
「オコナー、エレム、至急ここを立つ。馬車の用意をしてくれ」
私は自分とラリーサのことで手一杯で気づいてなかったが、青年達の後ろにはラウゼルとオーリャに、子供達、そして孤児院に一緒に来た護衛さん達がいた。護衛さん達は「畏まりました、直ちに用意します」と言って一人は馬車の準備をするために駆けて行き、もう一人は私達の側へやってきて頭を下げた。護衛から一瞬遅れてラウゼルも血相を変えてこちらへ走って来た。そんなラウゼルを一瞥するとセオは口を開いた。
「昨晩のあなたの話では『事故は絶対に起きない』のではなかったんですか、ラウゼル殿」
そんな声も出せるのかと思うほど冷たい声だった。セオの顔には何の感情も浮かんでおらず、ただ、視線は声と同じく凍てつくほど冷たく、けれど確かに怒りを宿していた。
「事故が起きるはずはない。それは今でも胸を張って言えますよ、セオドア様」
「そうですか、わかりました。しかし、この木材はあなたの管轄だったはず。原因究明をしていただけますね?もちろん、犯人がいた場合、その者に対する配慮等は一切不要で構いません。分かり次第、私へ報告を」
「わかりました。セオドア様にご報告するまでは倉庫の建設は休止してよろしいでしょうか?」
「いいでしょう。けれど、管理はしっかり行ってください」
「お任せください」
ラウゼルに続いて、オーリャもこちらへ向かって来ようとしていたけれど、危ないからと青年達に止められていた。そんなオーリャに目もくれずセオとラウゼルはどんどん話を進めている。青年に足止めされているオーリャは憎らしげに私を睨んでいる。そんな顔をしていたら『自分は関係者です』と名乗る様なものなのでやめた方が良いのではないだろうか。多分セオもオーリャに気づいていると思うのだけど。
「時間はいかほどいただけますか?」
「こちらもあまり時間がない身ですから……そうですね、二日待ちましょう。グルカッタの『銀の猫亭』に滞在するので二日以内に犯人がいるのであれば、その人間も同伴で来ていただけますか?」
「確かに承りました。責任者はどなたが?」
「そうですね、今回のことがはっきりするまで、オーリャの権限を取り上げるので…」
「待ってください、セオドア様!私は何も!」
セオの言葉にオーリャが反応するが、セオは構うつもりはない様で、オーリャの顔を見もしなかった。オーリャの大きな目から涙が溢れる。
「違う、違う、違う!私は何も、なにも!」
オーリャのあまりの取り乱し様に周りの子供達が背中を撫でようと手を伸ばしたり、小さな子は手を繋いであげたりしようとしているのに、オーリャはその手を全て拒んだ。その拒みかたも激しかったので、驚いた子供達の中には泣き出す子もいて、もう収拾がつかなくなっている。
オーリャはどうでも良いが、泣いている子供の中にはイネッサちゃんがいた。先程まで可愛らしく笑いかけてくれていたイネッサちゃんが泣いているのは可哀想で、慰めてあげたくなった。
「ねぇ、セオ」
「うん?ダメだよ。君から目を離したら碌なことにならないと。つくづく思い知らされたからね」
私が恐る恐る声をかけるとセオはきちんと返事をしてくれた。その声音も優しいものだったので、ホッとしたけれどセオの顔にはやはり一切の表情がなかった。難しいかなと思いながらも、私は言葉を重ねた。
「目の前よ。あの子たちのところに行くだけだから…」
「うん、ダメだよ。危ないから。ちょっと待っていて。もうすぐに話は終わらせるから。
じゃあ、ラウゼル。とりあえずここの取りまとめはデニスで」
セオは私の言葉を却下すると、ラウゼルに目を向けて話を続ける。セオの言葉にラウゼルが頷く。次にセオは青年の一人に声をかけた。
「デニス、任せる」
「はい、期待に応えられる様、頑張る…頑張ります!」
どうやら、先程私達に声をかけてくれた人がデニスさんだったらしい。日に焼けた、がっしりした男性で、澄んだ目が特徴的だった。
セオがひと言二言、デニスさんに声をかけていると、先程馬車の用意をしに行った護衛が帰って来た。
「馬車の準備ができました。いつでも出発できます」
「じゃあ、行こうか。シェリーちゃん」
「あ、待って。私、相談したい子がいるの。その子のことを…」
「ダメだよ。今ここの子供たちに君を関わらせたくない。全部終わってからなら話は聞くから」
セオは私を抱きかかえたまま、一度も降ろすことなく馬車に乗り込んだ。後ろではずっとオーリャが泣き叫んでいたが、セオは怖い顔をしたまま、一度もオーリャを見なかった。




