傷物令嬢は図書室に行く
さて、熱が下がって1週間後、王妃教育を再開することになった。熱を出すたびに寝込む私は王宮で、身体が弱いのではないかと噂されている。それと、自分の身体を使って次々と高位貴族をたぶらかしている悪女だとも。
私が元は公爵令嬢だったことは、限られた人しか知らない。王家と公爵家、それに騎士団長でもある伯爵家のスキャンダルなので、公にはできなかったのだ。だから、私は『身の程知らずの愚かな娘』と悪し様に言われる。ゲームの中でもヒロインであるサラが言われる言葉であるが、当て馬の私が言われるのは正直面白くない。
そして今世においては、サラは「結ばれない王太子との悲恋物語」の悲劇的なヒロインとして王宮の侍女達や女官達にすこぶる評判がいい。私は子爵家の出のくせに王太子の婚約者におさまった、2人のお邪魔虫ーーそれこそ悪役令嬢役だーーとして認識されており、侍女や女官から毛嫌いされている。
そのため、王太子の婚約者でありながら、侍女がついてくれず、1人で王宮をうろうろしている。子爵家が雇ってくれた私付きの侍女のエリスは騎士爵の娘なので、王宮に上がる身分がないので仕方がない。
また、そのことについてもひそひそと言われているが、馬鹿の相手を正面からしても仕方がないので、放置している。
そんなことより今日私は楽しみにしていることがあるのだ。ジェイドに図書室への出入りを許可され、寝込んでいる間に入室許可証が届いたので、王妃教育の後、早速行ってみることにしようと思っているのだ。
登城して馬車の扉が開いた時に珍しくジェイドがおらず、少しがっかりした自分に驚く。忙しい身の彼がいつも迎えにきてくれていたことが異常なのにそれを寂しく思うなどとますます危険な兆候である。
気をしっかり持て、自分と思いながら、王妃教育後に、図書室へ向かう。今日はジェイドとのお茶会の日だが、今日の王妃教育は早めに終わったため、お茶会までしばらく時間があったので少しゆっくりできそうである。
今の自分がどの様な状況で何のためにここにいるのかわからないが、与えられたチャンスは活かすべきであろう。
今後自分がどうなるかわからない以上自分で自分の身を守るしかないのだ。知恵と知識はいくらあっても邪魔にならないものである。今後は暇を見つけては図書室に通おうと思っている。
図書室はかび臭い、けれども懐かしい書籍の匂いがした。この世界では活版印刷はまだない。つまりこの世界では、オリジナルを写本することでしか本は手に入らないので、本は希少品である。
ジェイドと話を合わせるために、彼の勧めてくれた詩集や小説などに手を伸ばしつつ、並行して読んで見たい本があった。
それは、魔道書である。そう、本来公爵令嬢であった頃のわたしは魔力の高さから、ジェイドの筆頭婚約者候補だったのだ。ならば、私は魔法を学べばかなりいいところまでいけるのではないかと思うのだ。もちろん前世で憧れた魔法が使えるかもしれないと言う好奇心も多大にある。
魔道書は割と量が多く、棚二つ分ぎっしりとあった。どれがいいかわからなくて、背表紙を見ていると、『初歩の魔道書』と書いてある本を見つけたので、手にして、閲覧席へ移動する。
それを開くと、まずは自分の属性を測ることから始めよう、と書いてあった。自分の属性を知るためには、神殿に行く必要がある。
以前、どの属性を持っているかわからないので片っ端から初級魔法を使っていってヒットしたものが属性だろうと言う雑なーー共感できないでもないーー理論で魔法を使って建物を半壊させた貴族がいたとかいなかったとか。それ以降、魔法を習うには神殿から教師を呼ぶか、神殿に通う様、法律ができた。
神殿には治癒魔法や防御魔法を持っている光属性の持ち主が所属している。というより、原則神殿以外に光属性の持ち主はいない。
だから、新しい魔法を研究し実践する場合、他に被害を及ぼしたりしない様に、また、万一暴走して怪我をした時にすぐ助けてもらえる様に、光属性の魔導師が臨席する必要がある。そのため、新魔法の実験の際は神殿に高い金を払って依頼しなくてはいけない。それはコストも時間もかかりすぎる。ではどうすれば良いかというと、神殿に所属すれば良いのだ。そうしたら、光属性持ちは身近にいるし、お金も不要である。代わりに神殿へ忠誠を誓い、依頼された任務をこなす必要があるのだが。
その結果、神殿は魔法学校の様な一面も持ち合わせている。ちなみに神殿に在籍できるのは一流の魔術師のみであることは言うまでもないと思う。
つまり、神殿は治癒と攻撃力を併せ持つ、ある意味武闘集団でもあるのだ。もちろん彼らの講義は有料であることを付け加えておく。
正直に言うと、子爵家の状況では、教師を招くなどとても無理。お母様の形見のピアスを売ればーージェイドから贈られた宝石類は絶対に売り払うつもりはない。王家から贈られたものを売るのは大変に失礼なことだからであるーー通うことくらいなら出来るかもしれないが、王妃教育で毎日登城している今、神殿に行く暇などないのだ。
「どうかしたかな、お嬢さん。何かお困りごとかな?」
急に声を掛けられ、振り向いた私は再度驚かされることになる。
そこにいたのは、4人目の攻略対象者ーー光属性の持ち主、セオドア・ハルトがいたのだから。




