令嬢は治癒する 1
今年最後の投稿です。たくさんある小説の中でも、拙作をお読みくださり、本当にありがとうございます。
気が付きましたら、ブックマークは5,000件を超えており、たくさんの感想メールをいただいておりました。感想は皆さまにお返しできておらず、心苦しく思っておりますが、すべてを拝見しております。本当に嬉しくおもっております。
感想をくださった方々、いいね!をくださった方々、ブックマークをしてくださった方々、本当にありがとうございました。
2023年が皆様にとって良い年になりますように祈っております
「怪我は?!」
大きな音が静まった後、茫然としていた私の顔をセオが覗き込んだ。セオが焦る顔を見て、ようやく意識がはっきりしてきた。状況を把握すべく、周りを見回すと木材が散乱していた。放心している場合ではない。セオの怪我の状態や他に巻き込まれた人がいないか、確認するべきだろう。だって私にはできることがあるのだから。私は頷きつつ、セオの様子を見ながら口を開いた。
「私はセオが庇ってくれたから大丈夫。セオは?私よりもあなたの方が…」
「俺は問題ない。不思議なことにどこも痛くないからね」
セオはそう言ってほっとした様に笑った。けれど、あの状況で私を庇ってくれたのだ。何事もないはずがない。しかも、セオの腕の中にいた時、何かがあたった様な鈍い音が聞こえた。セオが怪我をしていないことなんてないと思うのだ。周りに散乱した木材は細いものから太いものまで様々だったが、太めで重そうなものが近くに倒れていることに肝が冷える。これに潰されなくて本当によかった。上手いこと弾かれたのだろうか?そう思ったが、動きを見ていないからよくわからなかった。しかし、今更考えても仕方がない。運が良かったのだろうと思うことにした。
セオが手を貸してくれたので、立ちあがろうとしたが、うまく立てなかった。首を傾げた時、セオが急に立ち上がって私の足元へ向かった。どうしたのかと思っていたら、セオが私の足の上から木材を退けてくれた。その時、初めて私の足が木材に挟まれていたことに気づいた。
セオは私の足を見ると眉を顰め、すぐに私の足に手を当てて治癒魔法を使ってくれた。
「他に痛いところはないかい?」
「ありがとう、大丈夫。でも庇ってもらった私ですら怪我しているのに、セオは本当に大丈夫なの?」
「ああ、本当に問題ないから大丈夫。それよりきちんと守ってあげられなくてごめん」
「きちんと守ってもらったわ。おかげでこうしてあなたと話ができているもの。セオ、本当にありがとう」
そう言いながら私はセオの様子を見た。どこか怪我をしているのではないかと思ったのだ。だって庇ってもらった時にすごい音がしたし、現場の様子から見て、怪我がないなんて考えられない。しかし、どれだけ聞いても彼は大丈夫としか言わないので、そっと治癒魔法をかけた。セオはそれに気づいたのか、ようやく笑顔を向けてくれた。
「ありがとう、シェリーちゃん。でも俺は本当に大丈夫なんだ。どうしてかわからないけど…。ねぇ、もしかしてあの時、防御魔法を使ってくれたりした?」
セオにそう言われて初めて防御魔法のことを思い出した。どうやら私は随分テンパっていた様だ。危機的状況で魔法の展開ができないなんて、と自己嫌悪に陥りかけるが、今落ち込んでも仕方がない。ただ、教訓にはすべきだ。今度からは危ないところへ向かうときは防御魔法を発動させてから行くことにしよう。
「私は驚いてしまって何もできなかったの。セオは?咄嗟に防御魔法を使ったんじゃないの?」
私が首を振りながら答えたらセオも難しい顔をしたまま、首を振った。防御魔法がなかったとは考えられないが、どうやらセオも私も何もしていない様だ。どうして二人とも無事なのかはわからないけれど、これ以上考えても答えは出ないだろう。何より、お互い怪我がなかったのだ、何が起きたかわからなくてもいいのではないだろうか。
私がほっとして大きく息を吐きだしたら、セオが私の身体をぎゅっと抱きしめた。
「とりあえず、君が無事で良かった」
抱きしめられて驚いたけれど、セオの腕の中はいつもと変わらず温かい。セオの腕の中があまりにも心地良くて抱きしめられた状態のままでいたら、あまりにも大きな音がしたせいか、程なくして何人かの青年たちが駆けつけてくれた。
「大丈夫っすか?」
私達に話しかけてくれた人もいたけれど、セオは私を抱く手を緩めることなく「問題ない」とひと言だけ返した。
「あー、はい、そっすか」と返すとその人は仲間達の元へと帰り、木材を片付け始めた。恥ずかしいと思う反面、彼の腕の中はとても安心できて、他の人達からどんな目で見られているか、想像はついたけど、それでもセオから離れたくなかった。
青年達はセオと私には目を向けず、手早く片付けをしてくれていたが、一瞬彼らの手が止まった。
それに気づいたのか、セオがそちらに目をやって、固まった。私もその場所に目を向けて、驚いた。そこには巻き込まれ、木材の下敷きになったラリーサが頭から血を流して倒れていた。
作業員達から「担架を持って来い」「いや、これは…」などと騒ぐ声が聞こえる。何人かの青年がこちらを伺うように見た。セオは一瞬迷った目をしたが、すぐに彼らから目を逸らした。セオの手が少し震えた後に、私を抱きしめる手が強くなる。少し痛いくらいだ。
恐らくセオはイネッサちゃんから私がラリーサに呼ばれたことを聞いてここに駆けつけてくれたのだろう。そして、状況からラリーサに悪意があったと判断したのではないだろうか。だから、セオはラリーサの治癒をしないと決めたのだろう、そう思った。
けれどもそれでも情が残っているのか、セオはラリーサを直視したくない様だった。
今回のことが事故とは到底思えない。
ここに連れて来られる前の会話から察するに、ラリーサはオーリャ側の人間だろう。私を嫌う派閥へ属するラリーサが偶然私をこの場所へ誘い、偶然私がここにいる時に、急に木材が偶然私に向かって倒れてくるなんてそうそうあり得ることではない。
彼女が私を害そうとしたと想像することは難くない。恐らく木材を倒した共犯がいるのだろう。思ったより被害が大きくなったのか、最初からラリーサの口を塞ぐ気だったのかはわからないが、今のラリーサの状況は自分が招いた結果だ。
自業自得だ、そう思う。請われてホイホイついて行った私も馬鹿だけど、人を傷つける様なことをするラリーサもその共犯も馬鹿で、それに巻き込まれて死にかけているラリーサは大馬鹿だ。まさに『狩人罠にかかる』としか言いようがない。
セオの腕をぽんぽんと叩くとセオが私を抱く手の力を緩めてくれた。彼の腕から離れた私は作業員の隙間を縫って、ラリーサの元へ行った。そして隣に座ると、ラリーサへ手を伸ばした。
ラリーサを大馬鹿だと思うのに、ラリーサを治癒しようとする私はもっと馬鹿だ。けれど、彼女を見捨てるという選択肢は私にはなかった。私の心の中は複雑なのに、こんな時でもラリーサに治癒魔法をかけたら、温かかくて、複雑な気分になった。青白かったラリーサの顔に徐々に血の気が戻ってきて、ほっとした。恐らく、もう大丈夫だろう。




