ヒロインの憂鬱 5
ただ、ひとつだけ決意をした。あの日の裏切りは、墓場まで持って行く。誰にも話さない。ジェイドはエヴァちゃんを失うきっかけになった私達を絶対に許さないだろうから。
だからこそ、私はエヴァちゃんを絶対にジェイドの元へ連れ戻そう。彼女が何を思って婚約解消したのかわからないし、彼女の心がどこにあるかもわからない。
もしかしたら、ジェイドから逃げられて喜んでいるかもしれない。その上で、他の男性と将来を誓い合っているかもしれない。
例えばーー、あのチャラ神官とか。あの後、エヴァちゃんはセオドアに連れられて神殿に行ったことは聞いた。エヴァちゃんの魔力は高い。だから、彼女が入殿したら、セオドアと結婚できるだろう。裁判の時の様子を見るだに、もう既にセオドアとなんらかの関係を築いている可能性もある。
それでも、彼女は連れ戻す。
だって、あの事件がなかったらジェイドは絶対にエヴァちゃんを手放さなかったはずだ。もし、万一彼女が逃げ出そうとしても、彼女自身が望んだとしても、絶対に許さなかったはずなのだ。本人が何度も言っていたから間違いない。
そう、いるべき場所に戻ってきてもらうだけだ。
ジェイドが伴侶として一番だとは言わない。正直に言ってジェイドは異常と思うし。魔王だし。私なら絶対に嫌だ。
でも、エヴァちゃんに対するジェイドの気持ちは本物だ。絶対に浮気はしないし、恐らく死ぬまで愛してくれるだろう。下手をしたら死んでも逃げられないかもしれないけれど。少なくとも、あのチャラ神官よりも信頼できると思う。
あのチャラ神官はどこか胡散臭い。元々色々な令嬢と浮名を流していたし、私にも粉をかけていた。
エヴァちゃんに関しても最初は睨んでいたのだ。それなのに、いつの間にか彼女に取り入っていて、気づけば彼女の隣に居た。何をどうしたらそんなことができるのか…。はっきり言って不気味だった。
色々な人間に守られて生きてきたエヴァちゃんはきっと男性に免疫がないだろう。あの軟派な男に騙されているんじゃないだろうか?そう思っていたのに、あの事件以降、何度か会った彼はどこまでもエヴァちゃんの味方だった。私じゃなくてエヴァちゃんこそ魅了の力を持っているのではないかと疑いたくなる程だった。
でも、どう見てもエヴァちゃんは人族の女の子だ。それならセオドアは彼女の味方をしているフリをしているだけなのかもしれない。
セオドアがエヴァちゃんをまんまと神殿へ連れ去ってから、そう思う様になった。だって、あの強かそうな男がそう簡単に自分を曲げるはずがない。ジェイドほどではないが、セオドアも面倒そうな男だと思う。
そして可能性を考えると言うならば、エヴァちゃんは全く違う男性の手を取っているかもしれない。そう思えるほど、男性は彼女を放っておかない。確かに綺麗だと思うけれど、それだけではきっとない。そして、彼女を好く男は大体において厄介な男ばかりだ。
エヴァちゃんはまるで傾国だ。この国のためにならないかもしれない。けれど、ジェイドは魔王だ。エヴァちゃんは国を傾けるかもしれないけれど、ジェイドは国を滅ぼすかもしれない。
そもそも魔王の妻が普通の女に務まるはずがない。ある意味、お似合いの夫婦になりそうだ。エヴァちゃんにしても、どうせ厄介な男に捕まるなら、ジェイドで良いだろう。
エヴァちゃんがジェイドの元へ帰ってくるならば、私もきちんとサポートするつもりだってある。それに、彼女がジェイドの元へ戻ってくるだけで救われる人間は少なくないはずだ。少なくともジェイドがあんな顔をすることはなくなるはず。それに王宮に帰って来れば、アスランだって、きっと喜ぶだろう。
だから、ジェイドの元へ戻るのはきっとエヴァちゃんのためにもなるはずだ。……多分、恐らく。
いや、ならないかもしれないけれど。
でも、この状況に陥ったのは私のせいだから、元の状態に戻す。その後はジェイドが頑張れば良い。
エヴァちゃんを連れ戻したら、一族がまたうるさくなるだろうけれど…。まぁ、一族の対処に関しては…ジェイドを戻してから、ゆっくりと考えよう。
それならすぐにすべきことがある。ブレイデンだ。奴が変なことを口走る前に闇に葬っておく必要がある。名前を知れたのは僥倖だった。探しやすくなる。
もしかしたら、彼に手を出すことで、母には勘付かれるかもしれない。けれど、ジェイドに知られるよりずっとましだ。早速明日から、動くことにしよう…。




