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ヒロインの憂鬱 4

 急に押し黙った私を母は興味深げに見ていたが、私が何も言わないので、ふぅん、と溢すとつまらなさそうに続けた。


「今更?そうね、今更かもね?でも、私はあなたと違って魅了の力を持っていないの。角持ちの魔族すら魅了するほど強い力を持っている魔族ならできると言われたら否定する言葉なんて持っていないもの」


 母の顔には相変わらず、ぞっとするほど美しいけれど、得体の知れない微笑みが浮かんでいる。

 どこまでも他人事の様な言葉と態度に、今日何度目かわからない怒りが湧いた。怒りのあまり眩暈がした。気持ちが悪くて吐きそうだ。もう疲れた、何も考えずに眠りたい…。そう思うけれど、母の真意を確認しないと取り返しのつかない事態になる気がした。それに、ずっと疑問に思っていたことがある。それを母に問うてみたかった。


「お母様は、私の力が本当に、あのジェイドに効くと思っているのですか?」


「さあ?やってみないと分からないのじゃなくて?」


「やってみて失敗したらどうなると思いますか?……それに、もしジェイドを魅了できたとして、あのジェイドが伴侶に他の男を触らせると思ってます?」


 私がそう言うと、母は口元に手を当てると、ホホホホホッと大きく笑った。そんな一見傲慢と見える様な態度ですら、美しかった。


「あの娘への執着を見るだに、無理でしょうね。通う男はまず間違いなく殺されるわ。ますます一族が減るわね、しかも働き盛りの」


「それなら、子供なんて生まれるわけありませんよね?」


 私がそう言うと母は微笑みながら「そうねぇ」と頷いた。まるで気のない様子の母を睨みつけながら、質問を重ねる。


「もし、ジェイドの目を盗めて、子供ができたとして、その子供が王位につけると本気で思っておいでですか?よしんば王位につけたとして、いつまでそれを維持できるおつもりですか?次代は?いつまで人族の目を盗めると思っておいでです?」


 一族の計画について考えれば考えるほど、上手くいく未来が見えない。計画を成功させるにはほんの僅かな可能性を全てクリアしなければならない。

 しかも、私の子孫を玉座に据え続けるためには、伴侶に魔族を迎え続けなければならない。そんなことが本当に可能なのか?しかも、私よりも年下の魔族は四人しかいない。本当に、これから先子供が生まれるのか?生まれたしとても育つのか?少し考えただけでも、これだけの問題点が上がる。どうして誰もそれを口にしないのだろう。リスクが高すぎる…いや、リスクしかない。


「さあ?そんなことは上が考えればいいんじゃないのかしら?私は下っ端魔族だもの。難しいことはわからないわ。

 それに、未来のことまで責任は持てないわ。未来のことは、その時を生きる者が考えるべきよ」


「それは、問題を先送りにしてるだけではないですか。あまりにも無責任です。そもそも、子孫が苦しむ様なことを、すべきではないのではありませんか?自らの首を絞める様な真似をするのは愚か者のすることです。

 そうまでして、何を得ると言うんですか?」


「人の上に我らが立つ。それは一族の悲願よ。胸がすく、そう思う者は少なくないと思わない?」


「そんな一時の優越感のために、滅びの道を進んでも良いと?」


 私がそう言うとまたもや母は高笑いをした。先ほどと違ってその笑いは長く続いた。良い加減我慢ができなくなった頃に、笑いながら母は言葉を紡いだ。


「私たちは、もう既に滅びに向かっているわ。あなただって気づいているでしょう?」


「もう先がないから、華々しく散りたい…そう仰るんですか?そんなの、私はごめんです」


 私がそう告げるも、母はしばらく笑い続けていた。それ以上何も言うべきことはない私は苛々しながらも、母を待った。母が笑い終えたのは暫く経ってからだった。

 母は笑い終わるとソファーの背もたれに身体を預け、「はぁ、笑ったわ」とぽつりと呟いた。そして、猫の様に目を細めると楽しそうに笑った。


「そうね、私も嫌だわ。惨めな生活なんて真っ平だもの」


 この女性(ひと)の真意はなんだろうか。妖しく微笑む母の顔を見つめるけれど、その顔からは真意を読み取れない。

 私達は今までも、あまり話をしない親子だった。母は王妃にベッタリだったし、私は自分のことで手一杯だった。こんな得体の知れない女性だとは思ってもみなかった。

 

「あなたが今から何をしようとしてるかは知らないけれど、好きにしたら良いわ。けれど、忠告しておいてあげる。今からでも人の名前を覚えなさい。絶対にそれは無駄にならないわ。

 そうそう、ブレイデンはあの時、間違った判断をした愚か者の名前よ」


 そう言うと母はひらひらと手を振った。そして「あー、疲れた」そう言うと立ち上がって出口へ向かいかけ、足を止めた。そしてくるりと振り返ると柔らかく微笑んだ。


「あなたが信用できるかどうかは知らないけれど…もし、私に依頼したいことがあるならおっしゃいな。気が向いたら協力してあげるわ」


 そう言うと今度こそ部屋を出て行った。母が何を言いたかったのか、最後までわからなかった。協力を申し出る?あの母に向かって?信用できるはずなんかない。けれど、最後に見せたあの笑顔がどうにも忘れられない。


 色々と考えたが、今のところ、母を信用することはできない。そう考えて、ふと思った。

 今、私が信用できる人なんているのだろうか?事件後、アスランの心はとても遠い。今のジェイドは恐ろしくて何も話せない。一族の人間とは目指すところが違う。母はよくわからない。一族と同じところを目指しているのではないのだろうか?

 ある程度親しい人間の気持ちならわかるつもりだったのに、今の私には何も見えない。何もわからない。

 なんだか心細くなってーー思い切り、首を振った。今日の私はどこかおかしい。誰かを信用したいなんてなんて馬鹿なことを考えているのか。そもそも私はずっと一人だった。一人でも生きていける様にずっと鍛えていたはずなのに…。


 小さく息をつく。こんなことを考えても仕方がない。とりあえず、今、ジェイドの側を離れるわけにはいかない。色々な意味でジェイドの隣に居続けた方が良いだろう。ジェイドに私たちの裏切りを悟らせないためにも、一族が彼の不興を買わないためにも。

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