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ヒロインの憂鬱 2

私には同年代の魔族が五人いた。そのうち一人はうまく育たず、死んでしまったので、同年代の魔族は四人と言うべきかもしれない。

 一族の総数が約百人程度なので、それでも私たちの世代はきちんと育ったと言って良いだろう。けれど、私たちの後に生まれて、無事育っている魔族は三人しかいない。恐らく私達にはそんなに時間が残っていないのだろう。


 幼馴染の五人の中には、強い力を有している男の子がいた。私はその子が好きだったけれど、彼は別の子が好きだった。よくある話だ。

 けれど、よくある話は私のせいで、あまりない話になってしまった。私は意図せずして、魅了の力を発揮してしまったのだ。使おうと思ったわけではない。自分にそんな力があることも知らなかった。ただ、私は少しだけでもこちらを見て欲しい、そう願ってしまった。

 効果は絶大だった。私がそう願ったその時から、彼は私以外の人は目に入らなくなってしまった。彼の好きだった女の子がどれだけ泣こうと、母親が止めようと彼は私の側にい続けた。私のことをうっとりとした目で見つめ続け、『好きだ』と言い続けた。


 すぐにこの事態は異常だと皆が気づいた。彼ーーアルロは次代の長になる魔族だ。そんな彼に魅了魔法をかけてしまった私がただで済むはずがない。激昂した一族の男に殺されそうになった。当時五歳だった私が対抗できるはずもなく、何度も殴られて死にそうになった時、私は「殺さないで、助けて」そう願った。

 そうしたら、たちまちのうちに男は私に愛を囁きだしたのだ。五歳の娘に三十を超えた男が、だ。その光景は異様なものだったに違いない。

 すぐに私は暗い部屋に隔離され、誰にも会うことなく過ごした。食べ物だけは運ばれた。死ぬまでここで暮らすしかないのか、そう思ったことだけはよく覚えている。

 何日も何日も助けを求めて、泣いて喚いたが、助けは来なかった。何をしても無駄だと悟った私は何もかも諦めて、ぼんやりと部屋で座り込んだ。そんな日が何日続いたかはわからない。とんでもなく長い様にも、短い様にも感じた。計画の駒として外に出ることが許された後で、ひと月経っていたことを知った。

 私の前に母がやって来たのは何もかもを諦めてぼんやりして程なく経った頃だった。母はもう二度と帰れないだろうと思っていた家に私を連れ帰ってくれた。そして、私を風呂に入れると可愛い服を着せた。『家で暮らせる』そう思うと私は嬉しくて仕方がなかった。母にありがとうと言って笑いかけたが、母の顔は能面の様でどんな表情も読み取れなかった。母はにこにこ笑う私の手を引いて、屋敷の一番奥まった部屋に入った。

 部屋には身なりの良い、けれど、どこか恐ろしい雰囲気を身に纏う三人の人族の男がいた。年齢層はバラバラだった。上は四十代で、真ん中は二十代、下は十代くらいだったと思う。真ん中くらいの男は手に鞭を握っていた。嫌な予感がして母のドレスをギュッと握った。母は男達から何かを受け取ると私の手を振り払って、男達の方へ突き飛ばした。そして、自分はさっさと部屋から出て行ってしまった。


 男達は歪んだ笑みを顔に貼り付けて私に近寄って来た。真ん中くらいの男が何の前ぶりもなく私に向かって鞭を振り上げた。

『もう、痛いのは嫌だ』私が思ったのはそれだけだった。その頃の私は何の力も持っていなかった。だから、私にできることは頭を抱えて蹲ることだけだった。痛みに備えて目を瞑った時、目の前が真っ白になった。そのまま、どのくらいの時が過ぎたのかわからない。痛みがやって来ないことを不思議に思って顔を上げると、三人の雰囲気が変わっていた。三人は私の前に跪いていて、私の顔を見ると笑顔になり、口々に愛を囁いてきた。どこかで、見た様な風景だった。どうして良いか分からずに、戸惑っていたら、母が魔族の大人達を連れて戻ってきた。部屋の中の状況を見た彼らは大喜びをした。そして、私をジェイドと結婚させる計画を始動させることにしたらしい。

 五人の魅了は解けることがなかった。彼らは今も私を愛しているらしい。三人の男は人族なのに、私のために今でも働いている。

 

 長を始めとした一族は私の力をいたく気に入った様だったが、私は自らの力が厭わしくて仕方がなかった。自分の心が知らぬ間に他人の良い様にされるなんて、自分だったら絶対に嫌だ。それなのに、私は他の人間にーーしかも五人にーー絶対に嫌だと思うことをしてしまったのだ。

 彼らにはどう謝っても謝りきれない。許して欲しいと口にすることすら烏滸がましいと思う。私はこの力をもう二度と使いたくない。

 実際、彼ら以降にはどれだけ死にそうな目に遭っても、魅了の力を使っていない。

 

 しかし、私の力がどの様なものなのか、よく分かっているだろうに一族は浅はかだ。

 もし、どうしても一族の総意に抗えず、私が力を使ってジェイドの心を奪ったとしても、使用人たちや、アスランに、まず間違いなく気づかれる。そうしたら、気づいた人間に魅了をかけるしかなくなるだろう。そうしたら、その近親者にまた気づかれて、仕方なくまた魅了をかけてーーきっと収集がつかなくなる。

 私の力は何人に効くのか、連続使用が可能なのか、あれ以来この力を使っていない私にはわからない。最終的に待っているのは、きっと身の破滅だ。

 こんな力が正しいはずがない。何より、私がどれだけ頑張っても、人族全員を魅了できるはずがないことくらい、誰にでもわかることだと思うのだ。けれど、ジェイドを恐れるあまり、一族は迷走している。

 ジェイドには私達を滅ぼす気などないと言っても、きっと誰も信用しないだろう。それに、あの事件のこともある。あの件がバレてしまったら、ジェイドは決して私達を許さない。もしかしたら、そのせいで私達は滅ぼされてしまうかもしれない。


 恐らく、ジェイドの手を取ること以外、私達に未来はないと思う。ジェイドと敵対することは私達の滅びに繋がる。これは直感に過ぎないが、きっと間違っていない。

 だから、一族の計画を実行させるわけにはいかない。一族の計画ではなく、ジェイドとアスランと約束した特区こそ、私は進めたかった。あの計画を実行すれば、私達が生き残る道があるかもしれない。

 何よりも、私は人並みに生きていけるかもしれない、そう思ってしまった。一族の柵から逃げられるかもしれないーー子孫を残すために望まない相手と悍ましい行為をしなくてもよくなるかもしれない。そう思うと、ジェイドが示してくれた約束を諦めたくなかった。


 だからこそ、今は絶対に動いてはいけない。今、計画を進めようとしたら、エヴァちゃんの救出が遅れた理由が一族にあったことが露見してしまうだろう。下手なことをしたら、今のジェイドなら絶対に気づくに違いない。


 あの事件の後、ジェイドはひどく変わってしまった。あの裁判の翌日、出会ったジェイドの目は凍えていた。

 それからずっとジェイドは私も、アスランも見ていない。まるで別人の様だ。冷たい目をしたまま、余計な口を一切利かず、淡々と物事をこなす。顔にはうっすらと微笑みを浮かべたままだが、まるで作り物の様だ。


 あの事件以前も、微笑んでいたけれど、それとは全く違う。そう、以前はまだ貼り付けていたのだ。けれど、今はその顔で作られたとしか思えないほど表情が動かない。私やアスランに見せていた喜怒哀楽の表情も、明け透けな笑顔もなくなった。全てを見通す様な目で、人を静かに観察し、冷徹な判断を下している。はっきり言って今のジェイドの前にいるのは恐ろしい。けれども、側にいないのも怖い。


 以前のジェイドは強い力を持っているけれども、お馬鹿な愛すべき弟の様に思っていたから、どれだけ強い力を持っていたとしても少しも怖くなかった。しかし、今のジェイドは得体の知れない化け物の様だ。以前は愛しく思っていたから、おかしなことをしなかったけれど今は違う。下手に手を出すことが恐ろしくて仕方がない。今のジェイドに私達が敵だと思わせてはならない。

 そのことに、なぜ誰も気づかないのだろう?王宮に潜んでいるのは母と私だけではない。他にも何人もの魔族が王家の動きを見張っている。その人たちは何も気づかないのだろうか?

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