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神官を慕う娘 3

 夕食の準備ができて、皆で食事を取ることになったが、まるでお通夜の様だった。わたしが席を外した後に、やはりわたしの擁護派であるイシドルが女を揶揄し、それに対してセオドア様が子供達を叱り飛ばしたらしい。始めてのことに驚いた子供達は萎縮してしまっていた。女は文句も言わずにそれどころか美味しそうに食事を取っていた。セオドア様はそんな女を愛おしそうに見ている。胸がどうしようもなく痛んだ。


「やぁ、セオドア様。お邪魔しております」


 そんな居た堪れない雰囲気を破ったのは一人の男だった。ラウゼル・ダトスというその男はクライオスの王都で店を構える男だが、セオドア様に商いをしているらしい。何が悲しいのか店主自らがわざわざ孤児院に物資を運んで来ている。なんの店をしているかわからないが、食料から日用品、果ては人材の派遣まで手広く扱っている。今も倉庫を建てる為の木材と人を用意してくれていた。三十代くらいの男で身綺麗にしていて感じの良い商人という雰囲気を醸し出している。けれどもラウゼルは抜け目がなく、いつも何かを探る様な目をしていたから、全てが台無しになっている。どう繕おうと信用ができない。

 しかも空気を読まないので、相対するだけで疲れる。わたし達のことを馬鹿にしているのだろう。正直に言って好きな男ではない。けれど今回だけはこの男の存在に感謝した。


 ラウゼルは食事前の騒ぎを聞きつけたのだろう、セオドア様が女を連れ帰って来たことを口にした。子供達の話によると、ラウゼルはあの場にいなかったはずなのに、詳細を知っている様だ。相変わらず抜け目がない男だ。

 ラウゼルはぎょろりと食堂を見渡すとあの女に目を止めた。そして驚いた顔をした後に、頬を赤く染め、目をキラキラさせながら女に話しかけ始めた。


「これはこれは、リザム嬢ではありませんか。何故この様なところにおいでなんです?」


 その言葉から始まり、ぺらぺらと喋り出した。女はあの人形の様な笑みを顔に貼り付けていた。セオドア様の顔を見ると珍しく顰めっ面をしている。そんな顔、初めて見た。わたし達の前ではいつも模範的な大人で、理想の保護者だった。そんな顔を引き出す女が憎くて憎くて仕方がない。どうして、わたしじゃないんだろう?


 ラウゼルはなんだか色々と話をしていたが、女はほかの男と婚約をしていて、溺愛されているらしい。セオドア様と二股をかけているのかと思うと頭に血が上った。しかし、『デンカ』とは変な名前だ。ラウゼルの話ぶりでは貴族の様だが、あまり聞きなれない名前である。

 ラウゼルの言葉が一息ついたら文句を言ってやろうと息巻いていたが、その前に女が口を開いた。


「ありがとうございます。けれど過去のことでございますわ。私、入殿いたしましたの。殿下との婚約は解消いたしました。もうひと月以上前のことです」


 ラウゼルの顔が一気に青くなった。この男がここまで顔色を変えるのを見たのも初めてで、正直言って胸がすいた。そして、セオドア様が女を婚約者だと紹介した瞬間、彼の顔から血の気がひいた。死人と比べて遜色がないくらいの白さだった。面白がっていられたのは、最初だけで、その後の言葉はとうてい認められないものだった。

 女と結婚すると、セオドア様の命に関わるなどと言い出したのだ。黙ってなどいられなかった。


「その方は何か問題がある方なんですか?セオドア様を困らせないでください」


 わたしが敵意を込めて女を睨むとセオドア様はわたしに不愉快そうな目を向け、ラウゼルは嗜めてきた。


「オーリャ、失礼なことを口にしてはいけない。本来ならお前が軽々しく口をきける方ではない」


 それはそうだろう。相手は神殿の一位だ。けれどセオドア様のことならば引くわけにはいかない。更に口を開こうとしたけれど、セオドア様が刺すような視線をわたしに向けていた。セオドア様がわたしにこんな目を向けるなんて、と思うと涙がこぼれそうになった。セオドア様と女はラウゼルに何かを言っていたが、わたしにはよくわからないことばかりだった。

 ただラウゼルがセオドア様に「御身を大事に…」と言っていることだけが耳に残った。きっとあの女はセオドア様にとって害にしかならない。これは女の勘だ。


 その後はとんでもない事態になった。


  セオドア様は女を休ませようとしてわたしに女の部屋について確認して来た。わたしはこの女をここに泊まらせたくなかった。ここは私の城だ。こんな女に足を踏み入れて欲しくない。


「客室は先日からラウゼル様がお使いです。子供部屋はいっぱいです。空いているのは私の相部屋のベッドと馬小屋くらいしか有りません」


 だから、そう言った。この孤児院には客室が四部屋ある。確かにラウゼルがひと部屋、子供達がふた部屋使っている。だから後ひと部屋空いていたが、この女に使わせたくなかった。だから、わたしの隣のベッドか、馬小屋しか提示しなかった。わたしがあの女を嫌いな様に、あの女もわたしのことを嫌いだろう。だから多分どちらも断るはずだ。

 歩いて1時間ほど行ったところに参拝客用の町があるから、そこで宿を取れば良い。わたしの嘘に気づいたのか、セオドア様は不愉快と言った顔をしていた。この顔をわたしに向けるのは今日が初めてだった。それなのに、今日何度もこの顔を向けられている。これもきっとあの女が悪いに違いない。心が痛んだが、素知らぬ顔を続けた。あの女をこれ以上視界に入れたくなくて、どうしても耐えられなかった。セオドア様に嗜められたが、それでも言葉を翻さなかった。


「わかった。じゃあ、シェリーちゃんは俺の部屋で眠るといい。俺が応接室で寝よう」


 しかし、わたしの言葉は裏目に出てしまった。セオドア様は女に部屋を譲り、自分は応接室で寝ると言い出したのだ。セオドア様がそんなところで寝るのをわたし達が黙っていられるはずがない。皆でベッドを譲り合うことになったが、セオドア様も誰も退かない。そうしたら女がひとつ頷くと口を開いた。


「セオ、私とあなたが一緒の部屋を使えば良いのじゃないかしら?」


 その発言に皆、絶句した。この女は何を言っているのだろうか?

 すぐにセオドア様もわたしもラウゼルも反対した。何を言っているのか意味がわからない。セオドア様は顔を真っ赤にして怒っていた。それなのに…。


「セオは嫌?」


 女はそう言って上目遣いでセオドア様を見詰めた。セオドア様は先程にも増して真っ赤になった。お可哀想に、慰めようと思ってセオドア様を見て、わたしは再び絶句した。よくよく見ると口が笑っている。

 ……怒っていたのかと思ったけど違ったみたいだ。鼻の下を伸ばしたセオドア様なんて見たくなかった。清廉なセオドア様を惑わすなんて、とんでもない女だ。


 結局わたしとラウゼルの反対を押し切って二人は同室で眠ることになった。あり得ない!


「子供たちがいるところでご想像なさっている様なことはいたしませんから」


 そんなことを言っていたが、信用できるはずがない。あんなに堂々と色仕掛けをする女が言うことを守るはずがない。どうしても気になって仕方なくって、急いで仕事を片付けた後、申し訳ないと思いつつもコップを片手に院長室へ行くことにした。


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