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令嬢は孤児院で過ごす 12

 その後、セオはお茶を淹れてきてくれた。お茶菓子は王都で流行しているクッキーで、ドライフルーツや胡桃が入っていて、バターの良い匂いがする。


「これって子供たちのためのお菓子じゃないの?」


「たくさん買ってきたし、ラウゼルも買って来てたからね、大丈夫だよ。魔力を使った後はきちんと食べたり寝たりするのが大切だからね」


「うん、ありがとう。いただきます」


 ゆっくりと30分ほど休憩した後にセオに何か身体に違和感がないか聞かれたので首を振る。


「それじゃあ、外に行こうか」


 そう言ってセオは立ち上がると私をエスコートしようと手を差し伸べてくれる。


「ねぇ、セオ。いつも気遣ってくれてありがたいけれど、エスコートしてくれなくても大丈夫よ。私はもう貴族じゃないわけだし」


 私がそう言うとセオは一瞬驚いた様な顔をした後に破顔した。


「あぁ、そうか。そうだね、君はもうハルトだったね。うん、でも一緒にいる時はエスコートしたいな。俺の我儘だけど。ダメかな?」


「いいえ、そんなことはないわ。でもいつもたいへんじゃない?」


「まさか。言っただろう?俺はエスコートしたいんだ。じゃ、お姫様、お手をどうぞ」


 そう言ってセオはウィンクした。他の人間がしたら胡散臭いことこの上ないのに、セオがするとものすごく魅力的に見えて仕方ない。彼の差し出す手に手を重ねた私の顔は少し赤くなっているかもしれない。


「それで、セオ。どうして外に行くの?」


「たくさん魔法を使うのは主に戦場だから、外で練習する方が良いと思ってね。

 ヴァルに関しては失敗することが前提だから、他の人間の目に触れない様にしたかったから室内にしたんだ」



 そうして案内されたのは校庭の様な広い庭だった。そこには何人かの子供たちが待っていた。

 

 子供たちは一人ずつ側に来てくれたので「治癒しても良い?」と聞いた。年少の子供たちは嬉しそうに頷いてくれ、治癒後にお礼まで言ってくれた。ヴァル君ほど目立つ傷ではなかったが、それでも「傷が治って嬉しい」と子供たちは屈託なく笑ってくれた。役に立つことができて、嬉しくて嬉しくて仕方がなくて、思わず目が潤んだ。

 入殿したことを後悔することもあったけれど、それでもこうして誰かを癒すことができた。ようやく、入殿できて――ジェイドの元から離れた意味があったと思えた。間違ってなかった、良かったと思うと、とても嬉しかった。


 ただ困ったことに年嵩の子供たちは首を振って私の治癒を拒んだ。どうすべきか迷って、セオの顔を見た。子供たちの態度にセオは眉を顰めたが、無理にとは言わなかった。


 私が一人癒すたびにセオは私に不調はないかと聞き、目を覗き込む。セオを知れば知るほど思うことだが、彼は本当に面倒見が良い。過保護と言って良い程だ。誰かに騙されたり利用されたりしないか心配になる。


 結局私は頷いてくれた子供たち、十人ほどの大小様々な傷を癒すことができた。年嵩の子供たちは五人ほどいたけれど、私の治癒を拒んだ後、私をひと睨みするとこの場を離れていった。


「お疲れ様。疲れただろう?お茶を持ってこよう。少しここで待っていてくれるかな?ちび達、シェリーちゃんを頼むよ」


「うん、わかったー!」

「まかせて!」


 セオに仕事を任されたことに子供たちは嬉しそうだった。楽しそうに返事をすると私の周りに座って、嬉しそうに話しかけてきてくれた。


「エヴァちゃんすごいね!ありがとう」


「すごいね、怪我の痕が治ったよ、ありがとう」


「エヴァちゃん、セオドア様と仲良しだよね、すっごく似合ってた!」


「ねぇねぇ、セオドアさまといつけっこんするの?けっこんしきはいつ?」


「わたしたちもよんでくれる?ドレスを着るんだよね?」


 最初はお礼だったのに気がつくとセオとの関係についての話に移っていた。そうしたら女の子たちはハッスルしだしたけれど、男の子たちは困った様に笑うだけで黙ってしまった。女の子たちはだんだん声が大きくなってきている。どこの世界でも女の子は恋バナが好きな様である。おませさんたちめ…喪女はその手の話が苦手です、なんて返して良いかわからないので勘弁してください…。


 恋バナに思いきり花を咲かす子供たちを見ていてパティちゃんのことを思い出した。そう言えばまだセオに相談してなかったな。後できちんと相談しないといけないなと思った時に先程私の治癒を断った女の子が一人で近づいてきた。


「ハルト様。今少し良いですか?」


「ラリーサ、どうしたの?さっきエヴァちゃんの魔法を断ってどっか行っちゃったのに」


 私のすぐ右に座ってる女の子が首を傾げた。ラリーサと呼ばれた女の子は困った様に笑った。


「そう言わないでよ、イネッサ。実は私も治して欲しかったんだけど…シエナが良い顔しなくって、断るしかなかったんだもん」


「あぁ、シエナはオーリャにべったりだもんね」


 そうそう、とラリーサちゃんは頷くと、私のそばに近づいてきて、縋る様な瞳で見つめてきた。


「だからね、ハルト様。こっそり治して欲しいの。ここじゃ目立つから向こうの物影で。ね、良いでしょう?」


 正直に言って迷った。なんとなく嫌な予感がしたし、何よりセオが側にいない時に魔法を使っても良いものかもわからない。躊躇している私に焦れたのか、ラリーサちゃんは私の手を握ってきた。


「お願いします、ハルト様。私は背中に切りつけられた痕が大きく残ってて……辛いんです」


 そう言われてしまうと嫌とは言えなかった。身体に傷跡があるのは、辛い。寒い季節は古傷が痛む日もある。年頃の女の子に傷があったら誰かとのお付き合いを躊躇することだってあるだろう。きっと結婚だって考えられない。

 私はわかった、と言って立ち上がった。


「じゃあ、わたしたちもいくー!」


「え?ハルト様だけにきて欲しいの。見つかったら後からシエナに叱られるもん」


「でも、わたしたちはセオドア様にエヴァちゃんのことを頼まれてるんだもん…」


「すぐそこだよ?大丈夫、塀の外には出ないから、すぐに帰ってくるし。何より、セオドア様が帰ってきた時に私がハルト様を借りていったことを伝えてよ。

 ね、ハルト様、早く早く。あんまり目立ちたくないんです」


 私が「ちょっとみたいだから行ってくるね」と言うとイネッサちゃんたちは渋々頷いた。けれど困惑している様で皆一様に顔を曇らせていて、その顔が印象に残った。


 ラリーサちゃんに連れられて行ったところは庭の隅で、木材が塀に立てかけられているところだった。


「ねぇ、ここは危ないんじゃないかしら?物影が良いなら建物の影の方がいいと思うのだけど…」


「ううん、建物の近くにはオーリャたちが働いているから見つかっちゃう。ここならみんな危ないと思っているから誰も来ないし。あともう少し奥で治して欲しいの。大丈夫、そんなに近づかないから」


 それからもう少し進んだところで「ここでお願い」と言うとラリーサちゃんは座って、手を差し出した。なんだかものすごく急いでいる気もしたが、見つかると困るのだろう。ここで迷っていても仕方がないし、さっと治してイネッサちゃんたちの元に戻ろう。そう思いながら私はラリーサちゃんの隣に座った。


 私はラリーサちゃんの手を握って、傷が治る様に願った。いつもと同じ様に温かいものがラリーサちゃんに移動したので、きっと成功したはずだ。


「ありがとう、ハルト様。それじゃ戻りましょうか!」


 そう言うとラリーサちゃんはさっと立ち上がって私に背を向けた。私も彼女の後を追おうとして立ち上がった時、先ほどまで晴れていた空が少し曇ったのか影が差した気がして、振り向くと材木が倒れて来ていた。びっくりしすぎて動けなくて、倒れてくる木材を見つめることしかできない。


「シェリー!」


 大きな声で呼ばれて、力一杯手を引かれて、思い切り抱きしめられた。材木が倒れる大きな音や、がんと()()に当たる音がした。

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