令嬢は孤児院で過ごす 8
そうしてセオに抱きしめてもらっている時に、ドアが控えめにノックされた。驚いて彼から離れようとしたが、焦ったせいかベッドに膝の裏をぶつけた。そのせいで膝カックンの様になってしまって、転びそうになった私をセオは支えてくれようとした。けれど彼も不自然な体勢だったので、私と同じ様に体勢を崩した。
そしてそのまま、二人でベッドに倒れ込んでしまい、セオが私に覆いかぶさった状態になってしまった。倒れ込んだことに驚いたのか、セオが息を呑んだのがわかった。ごめんなさい、と起きあがろうとした時だった。
「「セオドア様?!」」
結構大きな音がしたので、驚いたのだろう、セオの名を呼びながらオーリャとラウゼルが飛び込んできて、絶句した。私も、急なことにびっくりしてすぐに言葉が出なかった。沈黙を破ったのはオーリャだった。彼女は信じられないものを見るような目をした後に叫んだ。
「いや、不潔です!子供たちがいるところで、こんな!こんな…」
ラウゼルは血相を変えて、私達のところにやって来て、セオの肩に手をかける。
「いやいやいや!駄目でしょう。魔王を目覚めさせる気ですか、あんたらは!」
「あ、いえ、これは…」
違うと言っても良いのだろうか?オーリャがここにいる以上、下手なことは言わない方がいいかもしれないと思った私は口をつぐんだ。
「不躾なことをしないでくれるかな、二人とも。返事がないのに入ってくるなんてマナー違反だよ」
「だってあんな大きな音がしたら…、何かあったのかと思って…」
「こんな据え膳を食わない男なんているはずないとは思ってましたけど…。
入殿してしまったものはどうしようもないですが、これ以上事態が悪化したら…もう、どうなるか…。頼みますから勘弁してください」
私が答えに窮している間に、セオはそう口にすると、ラウゼルの手を軽く払った。そして私を隠す様に彼らの前に立った。私は急いで起き上がると、手早く身だしなみを整える。
「それで?いったい何の用かな?」
「いえ、あの…ラウゼル様がお話をされたいと…」
「いや、先ほど夕食の席で商談の話をしたいと…」
「へーえ?」
そんな二人に返したセオの声は珍しく地を這うような、冷たいものだった。それに気がついたのか、気まずげに二人は目を逸らした。
「まぁ、この話はここまでにしておこう。けれど二度目はないからね。
二人とも、少しは分を弁えたほうが良い。あまり度が過ぎるのであれば、わかってるね?」
今日何回目か、分からないため息をついたセオは二人を軽く睨んだ。なんだか肌寒くなるほどの冷たい空気も醸し出している。
「話は応接室で聞くよ。二度とこの部屋に承諾も得ずに足を踏み入れないでくれるかな?分かったら二人とも出て行ってくれ」
二人はまるで赤べこの様に首を上下に振ると我先にと部屋を出て行った。セオは二人が出て行った扉に向かうと、もう一度扉を開けると、二人がいないことを確認した。戻ってくると苦笑いを浮かべた。
「さて。面倒ごとを片付けてくるか…。シェリーちゃんは寝てても良いよ」
「私も一緒に話を聞いても良いかしら?万が一の事態が起こった時に、話を聞いていたほうが良いんじゃないかと思うんだけど…」
「いや、今日は長距離移動して疲れただろうし、何より治癒魔法を使ったからね。あまり無理をして欲しくないし、明日は特訓する予定だし、疲れをとって欲しいかな」
「特訓?」
「あぁ、ここの子供たちに治癒魔法を使って貰おうかと思ってるんだ。戦場から逃げて来た子供たちが結構いるからね。その子たちの治療をして欲しいんだ」
「ええ、わかったわ、頑張るね。けれど神殿に届出は必要ないの?」
「これを口にするのは抵抗があるんだけどね、孤児院は俺の我儘で成り立っている。
だから、神殿には孤児院の子供たちは俺の所有物とみなされているんだ。だから子供たちはサリンジャの民ではないけれど、治療しても問題ないことになるんだ」
やはり神殿は異常である。辛そうにするセオを慰めたかったが、何を言えば良いのかわからない。今日初めて実情を知った私が言えることはない。
そんな私に気づいたのか、セオは私に気遣うように笑った後、口を開いた。
「気にすることはないよ、それを逆手に取ってるところもあるからね」
自分のことより私のことを気遣うセオに申し訳なくなってしまう。
「ふふふ、君は他所行きの時はしっかり取り繕えるけど、地が出ると全て顔に出るんだね。今、俺に申し訳ないとか思ってるだろう?」
セオの言葉に驚いて急いで手で顔を隠そうとしたけれど、その手をセオに握られた。どうかしたかと思って彼を見ると、優しく微笑まれた。
「もし、君が俺を慰めたいって思ってくれてるなら、さっきみたいに抱きしめても良いかな?」
「そんなことで良いの?」
「それが俺にとっては一番の慰めになるんだ」
そんなものだろうか、と首を傾げたが、言われてみると私もセオに抱きしめてもらってほっとしたことは度々ある。人肌ってそれだけで落ち着くしなぁ。いや、今の私は異性に触れられないし、親しい同性もそういないので義両親とセオ限定だけれど。誰かの体温が安心するというのであれば、私に否やはない。
「どうぞ?」
そう言ってセオに向かって手を広げたら、彼は驚いた顔をした。あれ?反応間違えたのかなと思ったら、今まで見たこともないほど嬉しそうな顔をしたセオに優しく抱きしめられた。
「あー、このまま時が止まったら良いのに…。正直に言っていいなら、この手を離したくない。あんなむさ苦しい奴と話すよりもこのまま君を抱きしめていたい」
「こんなことでセオが慰められるのなら、いつでも言ってくれて良いから」
そう言って笑ったら更にセオの手に力が入った。しばらくそのままでいたが、「よし、行ってくる」と言ってセオは私から手を離した。なんとなく寂しくて、まだ秋だと言うのに寒い気がした。
「じゃあ行ってくるから、部屋には鍵をかけておいてね。誰が来ても扉は開けない様に。あと、寝巻きはベッドの上に置いてあるから使って。疲れているだろうから先に寝てくれてていいよ」
セオはひらひらと手を振ると部屋から出て行ったので、すぐに彼の言う通り鍵をかけた。そして用意してもらった寝巻きに着替える。寝巻きはセオのものなのだろうか、ダブダブだった。これって前世で言う彼シャツってやつなんだろうかと思って首を振った。いやいや違う、付き合ってないから彼ではない。喪女をやっていた頃から憧れていたものだからつい妄想してしまった。なんだか馬鹿なことを考えてしまったなぁと思いながら、ベッドに横になった。そうするとたちまちの内に眠くなってしまった。




