表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

133/204

令嬢は孤児院で過ごす 7

 セオが案内してくれた部屋には『院長室』と書かれてあった。エスコートをしてくれたセオがなんとなくぎこちない気がした。やはり嫌だったのだろうか?


「どうぞ」


 そう言ってドアを開けてくれた。部屋は前世で言うところの六畳くらいの広さだった。机と小さな金庫、ベッドでいっぱいだった。


「この通り、ベッドはひとつしかなくて、ソファーもないんだ。だから、その、俺は応接室のソファーで寝るから安心して」


「また皆で揉めることになると大変じゃない?それに、セオはオーリャさんに自分のことを諦めて欲しくて私のこと、紹介したんでしょう? それなら私もセオの防波堤として頑張るわ。

 同室で一晩過ごすのはオーリャさんに諦めてもらうためには良い方法じゃないかしら?私は床で大丈夫だから気にしないで」


「同室で一晩って……本当に意味わかってる?本当に良いんだね?」


「だって、約束したでしょう?私たちはお互いの隠れ蓑になるって。オーリャさんのことをなんとかしたいから、私をここに連れて来たのかと思ったんだけど、違うの?」


「オーリャのことをなんとかしたいとは確かに思ってたけど…だからってここまでしてもらうつもりはなかったんだけど、なんだか情けない…。」


 私から顔を隠す様にして、斜め下を向いて、セオはなんだかもごもご言っているが、よく聞こえない。首を傾げると、彼は顔を上げた。なんだか色々と吹っ切った様子だった。


「わかった、同室でいこう。けれども君を床で寝させて俺がベッドなんてあり得ないからね、俺が床で寝るよ」


「え、それは駄目よ。それなら応接室のソファーの方が寝心地が良いじゃないの。私は床で寝ることに慣れてるから大丈夫よ、毛布を借りてもいい?」


 なんせ、前世は日本人である。私は布団で寝ていたのだ。毛布にくるまって眠ることに抵抗感はない。

 はー、と大きくため息をつくセオに私はピンときた。もしかしてセオは私に襲われるとでも思ったのかもしれない。


「あっ、もしかして心配させちゃった?大丈夫よ、セオを襲ったりする気はないから安心してね。セオには色々とお世話になってるもの。セオの嫌がることはしないし、出来るだけあなたの意に沿う様に動くから」


「あのね、君が俺を襲うなんて疑ってないよ。そうじゃなくて、気にするのは反対だろう?俺が君に何かするとは思ってないの?」


「思ってないわ。だってセオだもの。こんな話、前にもした気がするわね…」


 いつもと同じ会話がなんだかおかしくって笑うとセオは手で顔を覆った後にまたもやため息をついた。


「頼むから、もう少し色々と考えてくれ」


 あまりにも深いため息だったので、なんとなく申し訳なく思う。面倒見の良い彼はもしかして私の今後が気になるのかもしれない。


「あの、セオ以外の男性にはこんなことはしないわよ?」


「それは光栄だね。是非とも徹底してくれ」


 そう言ってセオは私から離れると、ベッドを整え始めた。

 

「シェリーちゃん、ベッドは君が使ってね。俺はもうこれ以上はなく譲歩しているんだから、君も譲歩して」


「それはちょっと、申し訳ないわ」


「言っておくけど、君を床で寝かせるつもりは俺には一切ないからね。どうしても君が床で寝るって言うなら、君が寝入った後にベッドまで運ぶからね。

 一応言っておくけど『じゃあ一緒に寝ましょう』とか言わないでね。流石にいくら俺でも我慢ができなくなるから」

 

「流石に一緒に寝ましょうとは言えないわ。だってあなたを蹴飛ばしそうだもの。

 でも、わかったわ。じゃあお言葉に甘えてベッドを使わせて貰うね。ありがとう」


「ほんっとうに君は俺に感謝すべきだよ」


「ええ、もちろん。貴方には感謝してるわ。いつもありがとう」


 セオはベッドを整え終えた後に「いつでも使ってくれていいから」と疲れた様子で私に声をかけてくれた。


 お礼を言って私はベッドに腰掛けた。この部屋にはベッドと机と椅子が一脚、金庫しかないのだ。二人で座るためには私がベッドに座って、セオが椅子に座るべきだろう。そう思ったが、彼は椅子に座ることなく、ベッドに腰掛ける私の前に立った。

 

「ところで、セオ。この部屋『院長室』って書かれてあるけれど…」


「あぁ、俺がこの孤児院の出資者だからね。

…そんなことよりシェリーちゃん、他の男の前でベッドに腰掛けない様にね…以前も言ったと思ったけど。君って本当に危機感がないよね」


「孤児院の出資者って、どういうこと?さっきも思ったんだけど、神殿には子供を保護する制度があるんじゃないの?」


「確かにあるね。サリンジャの民の子供たちを保護する制度が」


 それは、今朝も聞いた『負傷を負った状態で入殿し、治癒してもらった場合は還俗料が跳ね上がる』と同じ理屈と同じなのだろうか。聖職者は慈善事業家ではない。特に神殿は五位を奴隷と同じ様な扱いをしている。そんな神殿が労働力にならない子供たちを未来の労働力としてでも保護するだろうか?もちろん答えは否だろう。だって他所から補充しなくても、今現在サリンジャの民として働く人々から、放っておいても新しい労働力は生まれる。食うに困らないのだから。

 けれど例外もある。それも、今私の目の前に。


「つまり、サリンジャの民ではない子供たち…特に魔力が低い子供は保護してもらえないのね?」


「君の頭の回転の速さには舌を巻くものがあるね。どうしてそれが自衛面に発揮されないのか疑問に思うところだけど。

 そう、君のお察しの通りさ。サリンジャの民に関しては彼らの心を繋ぎ止めるためだったり、未来の魔導師の育成のために保護している。けれど金にならない十四歳以下の子供を保護することはしない。特に魔法が一切使えないハルペーの民はね」


 そう言ってセオは苦く笑って、自分の手を握った。


「俺は俺の事情もあって、この孤児院を創ったんだ。けれど俺があまり大きくここを運営すると、神殿の面目を潰すことになるから、小規模の経営しかできないけどね。まぁ、諸々の事情があってね。条件付きだけどここを運営することを許しててもらえたんだ」


「条件…?」


「ああ、保護する子供は五十人まで。もし、魔力を持つ子供がいたら魔力量を測った上で属性を確認すること。それで一定量の魔力を持つ人間は神殿に入殿させること」


 セオの顔は怒りか、諦観かわからないが、表情が削ぎ落とされた様にない。


「サリンジャまで逃げて来たけれど弾かれた子供を優先的に保護している。出来るだけ神殿に関わらせたくないと思っているけど、それでも神殿に入ってしまった子もいる。

 情けないことだけど、俺の手が届く範囲はここまでだ」


 そう話すセオの手から血が滴った。強く手を握り締めすぎたのだ。私はベッドから立ち上がると両手で彼の手を包み込んだ。


「何も情けないことなんてないわ、私財を投げ打ってそんなことをできる人なんてそういないもの」

 

 セオの手を包み込む。この孤児院の子供たちがセオに感謝してることも、信頼していることも、子供たちの様子からよくわかる。それでもセオは助けられなかった子供たちに申し訳なく思ってしまうのだろう。


「一人でできることなんて限界があるわ。全てを自分で背負おうとしないで」


 セオが傷つくのは辛い。いつも優しい彼に傷ついて欲しくない。彼の傷が治る様に、心優しい彼がこれ以上痛い思いをしない様にと願った。

 ふわりと温かいものが私の手からセオの手に移った様な気がした。


「ありがとう、シェリーちゃん。相変わらず、温かくて綺麗な魔法だね」


 セオが握りしめていた手を開いたが、そこにはなんの傷もなかった。回復魔法がうまく使えたことより彼の傷がなくなったことが嬉しかった。


「みっともないとこ見せたね」


「ううん、全然みっともないことなんてないわ。むしろ素敵なところじゃないかしら?」


 そう言ったら彼は困った様に笑った。


「ありがとう。君にそう言ってもらえると嬉しいよ。

 今回君をここに連れてきた理由は、オーリャのことじゃない。もし、万が一俺に何かあった時、孤児院のことを君に頼みたいんだ」


 万一のことがあったら…?そう言われて足元が崩れ落ちる様な感覚を覚えた。セオを失うなんて考えたくない。けれど、私たちはハルトだ。万一のことが起こり得る。でもやはり、考えたくない。


「私が?できるかしら…」


「俺がいなくなったらここは閉鎖される。ほんのわずかしか救えないけれど、それでも救える人間はいる。俺はここを無くしたくないんだ。俺の死後、財産は君に遺そうと思ってる。それにはこの孤児院も含まれる。君には申し訳ないけどお願いできないだろうか?」


「私がどこまでできるかわからないけど、わかったわ。私でよければお受けするわ」


「ありがとう、良かった。ずっとそれが気がかりだったんだ」


 そう言ってほっとした様に笑ったセオがなんだか消えてしまう様な気がして、私はセオに抱きしめた。そうしないとすぐにでもいなくなってしまう様な気がしたのだ。


「私でよければ、どんなことでも力になるわ、だから一人で苦しまないで。私にもあなたの重荷を背負わせて欲しいの」


 セオが消えてしまわない様に私はぎゅうとセオを抱きしめた。いつか彼から離れなければならないのに…。けれども彼にどこへも行って欲しくないと思っている自分もいた。


「ありがたいんだけどね、シェリーちゃん」


「私じゃ力になれない?あなたに寄り添いたいと思うには力不足?」


「いや、そうじゃなくて…。あのね、ここは密室で、俺は健全な男なわけで…」


「何を言いたいのかよくわからないけど…。一人でどこにも行かないで。お願いだから、自分の身を大事にして」


「いやね、その言葉は君にそっくりそのまま返したいところなんだけどね?」


 セオは優しく私を抱きしめ返してくれた。とても温かくてほっとした。『いつか』はきっと来るだろうけれど、それまではやはりセオに側にいて欲しいと心の底から思った。


「わかった?」


「うん、一人でどこにも行かないでくれるのね、ありがとう」


「いや、もう…、君は…」


 そうぽつりと呟いたが、セオは手を離さず、抱きしめていてくれた。こうして彼が私を慰めてくれるのは何回目だろう。彼の温かさはいつも私の心を慰めてくれる。「ありがとう」と言ったけれどセオは何も言わず、私を抱きしめる腕に少し力を入れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ