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令嬢は孤児院で過ごす 6

「セオドア様、先ほどからお話を伺っておりましたけれど、その方は何か問題がある方なんですか?」


 オーリャさんが私をちらりと見る。その目は敵意に満ちている。


「エヴァンジェリン様、セオドア様を困らせないでいただけますか?」


「オーリャ、失礼なことを口にしてはいけない。本来ならお前が軽々しく口をきける方ではない。何よりこの方が悪いわけじゃない。問題なのは、とんでもない化け物に魅入られていることだ」


 オーリャさんはラウゼルの言葉にぐっと押し黙る。しかし、ラウゼルの言葉はおかしなことばかりだった。私が化け物に魅入られているとはいったいなんのことだろうか?話の流れから察するとジェイドの事かもしれないが、腑に落ちない。ラウゼルの言葉にセオは眉を顰めながら、ため息をついた。


「ラウゼル殿、あまり滅多なことを口に出さないでいただきたい。

 あなたが何をご存知かはわかりませんが、彼女はもうハルトです。国を継ぐべき殿下と彼女の道は交わらない。そうでしょう?」


「常識では、確かにそうでしょう。けれどもあの方に常識が通用するとは思われない方が良いでしょう」


 沈痛な面持ちでラウゼルは告げると頭を抱えた。


「あぁ、これって誰の責任だよ、俺は知らねぇぞ…いや、まじでもう…どうするんだよ」


 ラウゼルは何かをぼそぼそと口にしている。なんだか口調が変わっている様な気もするが、多分これが彼の地なんだろう。


「ラウゼル様、どうかご安心くださいませ。殿下の側には、きちんとあの方が愛する方がおりますわ」


 そう、ジェイドの側にはサラがいる。裁判の時だって、彼女はジェイドに寄り添っていた。思い出すとまた少しだけ胸が痛んだが、以前ほどではなくなっていた。過去のことだとすら思えた。日にち薬とはよく言ったものである。

 ラウゼルがどんな勘違いをしているかわからないが、恐らく彼は私とサラとを取り違えているのではないだろうか。


 クラン家とリオネル家の約束が破棄された今、私はもうジェイドにとって利用価値がない。だから、もう私の人生に彼は関わってこないだろう。いや、王宮神殿で過ごすことになるから仕事で接することはあるかもしれない。つまり、お得意様だ。

 元交際相手がお得意様ということはよくあることだと前世の友達は言っていた。私は喪女だったので、彼氏いない歴=年齢だったので、どんな風に感じるものなのかわからない。けれど、そんなに辛いことではないだろう。今の私ならきっと笑って接することができると思えた。

 私の言葉にラウゼルは深々とため息をついた。


「不調法な真似をいたしました。お忘れください。セオドア様も…。けれどもくれぐれも御身をお大事になさってください」


 そう言うとラウゼルは私の前の席に座り、なんだかもそもそと食事を摂り始めた。意外なことにその食べ方は美しかった。


 なんだかますます空気が重くなった気がする。オーリャさんは何も言わないけれども私をきつく睨んでいる。なんだか居た堪れない。

 セオは私の手を優しく包み込むと笑いかけた。


「シェリーちゃん、疲れただろう?今日はゆっくりと休むといいよ。部屋まで案内しよう。

 オーリャ、今日のシェリーちゃんの寝床だけど…」


「客室は先日からラウゼル様がお使いです。子供部屋はいっぱいです。空いているのは私の相部屋のベッドと馬小屋くらいしか有りません」


 オーリャさんの言葉にセオドアは不快と言わんばかりの表情を作って軽く彼女を睨みつけた。


「客室は何部屋かあるだろう?」


「相部屋では無理な子供が何人かおりましたのでその子たちが使ってます」


「わかった。じゃあ、シェリーちゃんは俺の部屋で眠るといい。俺が応接室で寝よう」


「応接室には布団がありません、セオドア様をその様なところで寝かせるわけには…!」


「だからと言って彼女を君と相部屋にするわけにも、ましてや馬小屋なんかで寝かせられるわけないだろう」


「それでは、私が子供たちと眠りますので、私の部屋をお使いください」


「いや、女性を追い出すわけにはいかないよ。こう見えて野外で眠ることにも慣れているから、私のことは気にしなくていい」


「いいえ、ここはセオドア様のご厚意で成り立っている施設です。それなのにセオドア様を蔑ろになどできません」


 セオの厚意で成り立っている、と言うオーリャさんの言葉が気になったが口を挟める様な雰囲気ではない。先ほどパティちゃんも「セオに助けてもらった」と言っていたことを思い出した。後からセオに聞いてみよう。

 二人で譲り合っていると先ほど私の顔を覗き込んで暴言を吐いた青年(イシドル)が立ち上がる。


「俺が馬小屋で寝るよ。俺は二人部屋で割と広い部屋を使わせてもらっているから、セオドア兄ちゃんは俺の部屋で寝たらいいよ」

 

 その言葉を皮切りに我も我もと子供たちは部屋を譲ろうとする。


「皆の気持ちはありがたいけど、この施設で一番頑丈なのは私だからね」


 セオはそう言うが、子供たちは退かない。皆、セオのことが大好きなんだろうなぁと思うと微笑ましい。確かにセオは本当に面倒見がよくて優しい人だ。セオは困った様にしているが誰も退かない。私のことでもあるのだから、なんとかこの場を収めなければなるまい。どうするかはもう決めている。


 先ほどからずっと睨んでくるオーリャさんや年長の子供たちと一緒に眠るのは何か起こりそうで怖い。セオの客分だから何かされる可能性は低いかもしれないが、だからと言って一晩一緒に過ごすのは抵抗があった。小さな子供たちと一緒であれば問題ないかもしれないが、夜中に何か世話をする必要があれば、私には無理だ。そしてセオや子供たちを変なところで寝かせるのも申し訳ない。

 だからといって馬小屋で眠るのも私にはできないし、応接室に私が行くと言っても反対されるだろう。

 何より、この場所で誰が一番信頼できるかと問われれば、間違いなくセオと答える。だから、私がセオの部屋に泊めて貰えばいいだけの話だ。


 実際に大神殿に行くまでの道のりで野宿をしたことが何度かあって、一緒に馬車の中で眠ったことがあった。言うまでもないが、何もなかった。彼にとって私は弟子で、それ以上の存在ではないだろう。私がまだ少しジェイドを忘れられてない様に、恐らくセオもサラのことを忘れられてないのだろう。つまり私たちは失恋仲間の様なものでもある。


「うん、わかった。セオ、私とあなたが一緒の部屋を使えば良いのじゃないかしら?」


 私の言葉にセオとラウゼルが驚いた様に私を振り返る。ラウゼルに関しては食べていた食事を吹き出していた。セオは口を開けてこちらを見ているだけだったが、ラウゼルは咳き込みながらも私を止めようとしてくる。


「リザム嬢、本気でいらっしゃいますか?あり得ません、それだけは…」


 ラウゼルはまだ何かを言っていたが、それを尻目にセオが私に詰め寄ってきた。セオの表情はまだ固まったままだが、顔がほのかに赤くなっている気がする。…気のせいかもしれないけれど。私が彼の顔を見つめていると我に返った様子で、口を開いた。


「シェリーちゃん、ちょっと本気で言ってる?」


「ええ、何も問題ないでしょう?私たちは婚約者なんだもの」


 あまりにも焦るセオに、独りよがりだったかもしれないと不安になる。私はセオを信頼しているから、相部屋になるならセオが良い。けれどセオは一人になる時間が欲しかったり、私との相部屋は嫌かもしれない。とりあえず聞いてみるべきかもしれないと恐る恐る口にする。


「それともセオは嫌?」


「嫌なわけないだろう。だけど、君は本当に良いのかい?……というか自分が何を言ってるか理解しているの?」


「もちろんよ。だって他の人に譲ってもらうのも、申し訳ないし、相部屋をお願いするなら、オーリャさんよりもセオが良いもの」


 セオが右手を目元に当てて「あー」とか「うー」とか唸り出した。そんなセオを押し退ける様に近づいて来たラウゼルが真っ赤な顔で騒ぎ出した。


「リザム嬢、なりません!お願いします、やめて下さい。まだ世界を終わらせないでください」


「ラウゼル様が何を仰りたいか分かりかねますけど、特に何も問題がないと思いますわ。実際に大神殿に行くまでに、一緒に馬車で野宿したこともありましたもの」


「そりゃあ、そういうこともあったけど今回は密室だし、無防備過ぎると言うか…。色々考えて発言して欲しいんだけど…」


「大丈夫よ、他の誰でもないセオだもの。駄目なの?」


「だっ、駄目な訳ないけど、本当に良いんだね?」


「駄目です!そんなの子供たちの情操教育によくありません」


「オーリャさん、大丈夫です。子供たちがいるところでご想像なさっている様なことはいたしませんから」


 そう言って私はオーリャさんににっこり笑ってみせた。彼女は真っ青になって口をぱくぱくしていたが、言葉が出ない様だった。ラウゼルはなんだか慌てた様子で「やめてください、魔王が目覚める」とか訳の分からないことを言い続けるだけになっていた。これ以上荒れるのも面倒なのでさっさと退席することにした。


「セオ、案内してくれる?」

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