令嬢は孤児院で過ごす 3
セオはいつでも私に優しくしてくれて、温かい気持ちをくれる。なんだか気恥ずかしくて、けれど嬉しくて私もセオに微笑み返した後にオーリャさんに向き直った。
「はじめまして、エヴァンジェリン・ハルトと申します」
ついついカーテシーをしかけた私にセオは微笑んで、「ハルトにはカーテシーはいらないよ」と言ってくれた。どうやら癖になってしまっている。
「あ、の…、ハルト様、でいらっしゃるんですか?いえ、あの、本当に、セオドア様の婚約者様なんですか?」
なんだか「婚約者です」と名乗るのがものすごく気恥ずかしい。けれどもセオが私を婚約者と紹介したのであれば、セオはオーリャさんを牽制ーーもしくは解放したいのだろう。
まず間違いなく、彼女はセオのことが好きだ。そんな子に仮初の婚約のことを言うのは申し訳ない気もした。けれどもセオが望まない相手から迫られるのを阻止するための約束なのだ。それならば、しっかりと役割を果たすべきだろう。私がそう思って意を決して言葉を口に乗せた。
「はい、指輪もいただきました」
余裕を持って笑えれば良いのだろうが、少しの後ろめたさと、なによりも気恥ずかしさでついつい俯いてしまう。
きゃーっと子供達が大きな声を上げる。そしてパティちゃんが満足げに笑って皆に向かって口を開く。
「ほら、やっぱりセオドア様のお嫁さんだったんだ。だってすごく綺麗だし、なによりセオドア様にすごく似合ってるもん!」
パティちゃんがどうしてここまで私の肩を持ってくれるのかちょっと謎だけれども、それでも彼女の厚意は有難い。
パティちゃんの言葉に他の女の子たちは拗ねた様に唇を尖らせた。
「じゃあ、オーリャお姉ちゃんは?」
「おひめさまなのに、セオドアさまと結婚するの?おうじさまは?」
子供たちの無垢な質問に少し胸が痛んだが、何か返事をしなければなるまい。なんと言うべきか…。とりあえず私はまたもや子供たちと視線を合わせるためにしゃがむ。
「期待させてごめんなさい。けれど私はお姫様じゃないの。だから王子様とは結婚できなかったの。王子様にはね、他に相応しいお姫様がいたのよ」
子供相手にこんなことを言っても仕方がないのに咄嗟だったので、つい本音が出てしまった。私の言葉に子供達は「えぇーっ」と騒いだ。なんだか変なことを言ってしまったことが、申し訳なくて私は言葉を続けた。
「それにね、私は王子様よりセオドア様の方が好きなの。皆の大事なセオドア様と結婚しても良いかな?」
そう聞いたら、何人かの女の子たちは笑顔になって「いいよ〜」と笑った。けれど遠巻きに見ている年嵩の子供たちのうち何人かは私を冷たい瞳で睨みつけていた。彼女たちはオーリャさん擁護派なのだろう。
年少の女の子たちは大きな声で騒いだ。
「きゃあ〜!セオドア様顔が真っ赤だー!」
「らぶらぶだね!」
セオの顔が赤いとの言葉に驚いてセオの顔を見ようとしたが、セオは手早く私を抱き起こすと抱きしめた。私の顔はセオの肩口にあるため、彼の顔が見えない。
なんだろうか、何か下手を打ったかな?私が大根役者だったからこれ以上何も言うなということだろうか?彼の腕の中で困ったように立ち尽くしていたら彼の手に力が入った。こそばゆくて、けれども少し恥ずかしくて彼の背中をぽんぽんと二度叩くと、しばらく経ってセオは私を解放してくれた。
「まぁ、そういうことだから。みんなシェリーちゃんと仲良くしてね。オーリャも」
「あ、わた、わたし、夕食の準備してる途中でした。準備しなくちゃ…」
そう言うとオーリャさんは私たちから顔を背けると、ぱたぱたと奥の部屋へ向かって行った。その後を十代前半くらいの少女たちが急いで追いかけて行った。そのうちの一人が振り返るとわたしをきつく睨んで行った。
「セオドア兄ちゃん、これはあんまりだろ。オーリャがセオドア兄ちゃんのことが好きだってことくらいわかってんだろ?」
ため息混じりにセオに話しかけたのは、成人近そうな年頃の少年だった。
「だからこそさ。イシドル、君だってわかっているだろう?いくら彼女が私を想ってくれていたとしても、私とオーリャに未来はない。いつまでも私を想って一人でいるよりもきちんと自分に見合った男性を探すべきだよ」
セオの言葉は神殿に所属する人間にとっては正論だ。けれどこの正論が全ての人間に通じるはずなどない。立場が違えば正義は変わるのだ。年嵩の子供たちは不満そうに私を見ていたが、年少の子供たちは状況を理解していないのか、それともする気がないのか、きゃあきゃあ楽しそうに笑っている。
セオに話しかけてきた青年は近くに寄ってくると私の顔を覗き込んだ。
「ふーん、ずいぶん綺麗なお人形さんだな。はんっ、こんなのが好みなんだ、セオドア兄ちゃん。オーリャよりもこんなのが良いのか?そもそも役に立つのかよ」
セオが口を開くよりも先に口を開いたのは、パティちゃんだった。
「ちょっとあんたたち、あまりにも失礼じゃない!
そもそも南蛮人がセオドア様の隣に立とうだなんて烏滸がましいのよ!」
少年の言い草に気を悪くしたのか、眉を顰めて口を開こうとしたセオよりも先に大きな声が響いた。
「誰がなんだって、パティ!」
「あんたたちが野蛮な南の民だって言ったのよ!」
「あぁ?俺たちが南蛮人だって言うのかよ?ならお前だってそうじゃねぇか!」
「一緒にしないでよ!そりゃあわたしの半分はそうかもしれないけど…でもわたしはクライオスの血だって流れてるんだから!あんたたちなんかと違って魔力だってあるもの!」
「なんだと?この半端者が!」
「何が半端よ!あんたのその言葉はセオドア様だってばかにしてるんだから!何よ、野蛮人の癖に!あんたたちなんかに半端者とか言われる筋合いなんてないわよ!」
そう叫ぶとパティちゃんは玄関の扉を開けて飛び出し行った。このまま彼女を一人で外に出すのは忍びなくて、私は飛び出して行ったパティちゃんの後を追った。




