令嬢は戸惑う 2
そして何より気にかかったことはお米が『神殿の商品』かどうかということである。
セオは言っていた。神殿の商品は他の国が無断で同じものを作ったり、売ったりすることはできない、と。お米も神殿が独占しているのであれば、どうなるか…。
身近にありすぎて、あまり認識されていないが、お米はたいへん優秀な作物なのである。
私は専門ではないのだが、『古代において、米の栽培は国力の強化に繋がった』と生前耳にしたことがある気がするのだ。だから、米と麦の違いについて一度調べたことがある。
1haあたりの一定面積で麦の収穫量が約3.5tであるのに対して、米は約5tと多いらしい。農作物なので、もちろん気候や育て方で左右されるが、それでも大きな差がある。
ちなみに炊飯前のお米の一合は約150gで、食パンを一斤作るための強力粉は約250gだそうだ。食パン一斤に関しては国によってサイズが違ったりするので、大まかな数値である。
また、小学校の頃に習ったかもしれないが、米は2期作ができるが、麦はできないと聞いたことがあるけれど、残念ながら詳しくは覚えていない。
そして何よりも麦に比べ、お米は簡単に食せる。こう聞いてもピンとこないかもしれないが、小麦はとにかく手間がかかるのだ。クライオスでは、小麦は粉食で食べることがほとんどだ。粉食と言うことは、収穫をした後に麦を挽かなければならない。この粉挽きは重労働であり、クライオスでは貧民層が担っている。また、前世でも一説に寄ると、粉食が始まってから暫くは奴隷の主な仕事は粉引きだったと言う説もあるらしい。
そしてようやく小麦粉にした後も、調理が必要である。粉食により美味さが増した。そしてパンを始め麺類やケーキなど様々な食べ方ができるようになった。しかし、小麦粉の他にバターや卵、砂糖などが必要だ。もちろん作成にもひと手間がいる。とかく食するためには手間がかかるのだ。
引き換えお米は収穫後、そこまで手を入れる必要がない。しっかりと水につけて炊いて蒸らすだけである。火加減こそ気にする必要があるが、鍋でも簡単に炊けるのだ。炊く時間もそこまで長くない。生前鍋で炊いた時はニ合程度なら十分程度で炊けた覚えがある。
麦も粥のようにして食べることは出来るが、穀粒が硬く軟らかくするのに長時間加熱しなければならず、あまり美味しくないらしい。麦を炊いて食べたことがないかららしいとしか言いようがないけれど。
古代中国の発展は米食が支えたと言っても過言ではないと聞いたことがある。お米を栽培することにより、養える人間が多くなり、人口が増えたからだという。人口=国力である。古代から中世にかけては戦争においても、人の数こそが全てである。
つまり、神殿には兵力、経済力、そして魔導師達をはじめとした、兵器に勝る力があるということである。なんだろう、なんだか足元からじわじわと冷たいものが這い上がってくるような気がした。そしてそこで先程思いつきかけて、途中で思考が中断した事柄について思い出した。
五位についてセオはなんと言っていたか…
『給料は貰えないが税金は払わなくてもいいし、衣食住の世話を神殿がしている』つまり、衣食住を世話する代わりに無償で働き続ける…それは奴隷に等しいのではないだろうか?
無給だから、お金が貯まることがなく、還俗料は払えない。けれど子供は生まれる。それは半永久的に無料で使える労働力が手に入るということではないだろうか?
金銭で売り買いされたり、権利・自由が認められなかったり、道具同様に扱われたりしないのであれば、厳密には奴隷ではないのかもしれない。けれどそれでも何かが確実におかしい。彼らがどのような待遇を受けているかわからないからなんとも言えないが、きな臭い何かを感じる。
私は前世は庶民で基本的な学校教育しか受けていないけれど、それでもなんだか違和感を覚えてしまうのだ。
「シェリーちゃん、大丈夫?本当に無理しなくて良いよ。貸してごらん、続きは俺が食べるから」
「えっ?あ、いいえ、大丈夫よ、美味しいもの。それに私の食べかけなんてセオに食べさせられないわ」
ついつい自らの世界に没頭してしまった私にセオが手を伸ばす。少し困った様に笑っているのを見て申し訳なく感じる。
「そう?シェリーちゃんの食べかけなら、俺は何にも気にならないけどね」
「ごめんなさい、ちょっと考え事をしてて…。きちんと美味しくいただいてます」
「いきなりペナルティを課して欲しいって?シェリーちゃんいつも思うけどちょいちょい迂闊だよね…。君じゃなきゃ誘ってるのかと思うところだよ」
「私が、セオを?まさか、しないわよ。そんなこと」
「はっきり言ってくれるね…。俺はシェリーちゃんにとってそんなに対象外かな?」
セオはそう言って私を覗き込んでくる。食事中に顔を覗き込むのはやめて欲しい…。
私は前世は喪女だし、今世は婚約者が三人いたにも関わらず、三人全てに軽視され、放置されてきた様な非モテ女である。セオみたいに優しくてキラキラしている人ーー特に前世の推しで、好みの顔立ちでもある人ーーを自分が誘うなんてできるわけない。
「えぇと…、そうじゃなくて私は恋愛に向いてないし、私なんかじゃセオに相応しくないと思うのよ」
「指輪を贈った相手にかける言葉じゃないよ、シェリーちゃん。俺は君に側にいて欲しいんだけど?」
「いつも色々とフォローありがとね。でもそういった気遣いはしなくて大丈夫だから」
今までもセオは時折軽口を叩いてきてたけど、スルーできてた。けれど今はそれ以上は言えなくて、なんだか自分が情けない様な気がして顔が上げられなくなった。
なんだかくすりと笑われた気配がしてセオを盗み見たら、すごく良い笑顔で笑ってた。なんだか溶けそうと思いつつ、ご飯を放置するのは勿体ない気がして、セオと目を合わせない様にご飯を食べ続けた。もちろん完食した。美味しかったです、ご馳走様。




