令嬢は戸惑う 1
アップが遅くなってしまい申し訳ありません。まだ章の途中ですが、ひと段落つくまで待っていたら、投稿できそうにないので、少しだけですがアップします。
続きはできるだけ早く上げていきたいと思いますので、気長にお待ちいただけるとありがたいです
朝食を前に私は固まっていた。なぜなら目の前には、ほかほかのご飯、豆腐の味噌汁、卵焼き、腸詰、漬物が並んでいたからだ。セオの前にも同じメニューが並んでいる。
もちろん、今世では和食なんてお目にかかったことはない。食べ方はわかる、美味しいことも知っている。けれど、これを躊躇なく食べていいものだろうか?というより、なぜ私の目の前にこの朝食が並べられているのだろうか?やはり何か疑われているのだろうか…。
私の目の前に朝食を運んできてくれた女将さんはなぜか楽しそうにこちらを見ている。これはどう動くのが正解なのだろう?
「女将さん、これはどういうことかな?この娘には、クライオス風の朝食を頼んだはずだけど…?」
「何言ってんだい、サリンジャの民になるなら、この食事に慣れる必要があるでだろう?そもそもいつも言ってるけど、うちは庶民用の宿屋で、お貴族さまには対応してないってね」
セオはひとつため息をつくと、私に向き直った。
「無理して食べなくていいよ。最初は抵抗あるだろうし。出先で朝食を食べようか?」
「ううん、食べ物を無駄にするのは申し訳ないもの。いただくわ、マナーって何かある?」
よくわからないけど、二人の会話から察するに、これはサリンジャの通常の食事ということだろうか?
それならば食べたい。はっきり言って前世の私の大好物は和食であった。特に実家の近所のお豆腐屋さんの豆腐はものすごく美味しくて、私の好物のひとつであった。実家から出て一番辛かったのはそのお豆腐が食べられなくなったことと言っても差し支えがないくらい好きだった。
「庶民が食べるものだからね、そんなに気にすることはないよ。
けれど、女将さん。特別メニューって言うならまだしも、この宿の朝食はクライオス風とサリンジャ風と選べるはずじゃなかったかい?いくらシェリーちゃんが貴族だったとしてもさ、客の要望に応えないなんて、プロの名前が泣くね」
セオの言葉に女将さんは少し顔を歪めると何も言わずに踵を返した。女将さんにはどうやら嫌われてしまった様である。
それにしてもセオは私に対してものすごく気を遣ってくれていて申し訳なく感じる。女将さんとセオは長いつきあいの様なのに私を庇ってくれたせいで二人が仲違いをするのは辛い。
「セオ、気を遣ってくれてありがとう。けど、そんなに気にしなくて大丈夫よ。私のせいで、セオと女将さんの間に溝が生まれるのは申し訳ないわ」
「何を大事に思って、何を不快に思うかは俺が決めるさ。俺は今、誰よりもシェリーちゃんの味方でいたいんだ。これは俺のわがままだよ」
「過保護って言われたことない?」
「一度も?」
そう言って笑ったセオの顔が眩しくて、なんだか照れ臭くなって、ついつい私は下を向いてしまった。セオの私への厚意は一体なんなんだろう?と思うが、思い当たる節はない。けれど決して不快ではなく、むしろ有難いというか、嬉しいと思ってしまう。
こんなに優しくしてくれるセオには絶対に迷惑をかけない様にしようと私は心に決める。そしていつの日か、きちんと恩を返そう。
セオはくすくす笑いながら「食事にしようか」と声をかけてくれた。
軽い祈りを捧げてから、食事に手を伸ばす。食べ方はわかるが、前世通りに食べて問題ないかどうかわからないので、セオの食べ方を真似ようと思い、セオを凝視する。
ご飯はライスボールの様な深みのある食器に入っているが、これを持ち上げて食べて良いものかどうかすらわからない。食べ方がわからない時は周りの人を真似る、これぞ最も簡単なテーブルマナーの習得方である。
食べ方は前世とほぼ同じで、セオはご飯を持ち上げて、味噌汁をスプーンを使わずに啜っていた。もちろん、豆腐はスプーンで掬っていたが。
スプーンでは最後の方はお米が潰れてしまうので、箸が欲しいなと思いながらも、私も口をつける。ジャポニカ米である。美味しい、すごく懐かしい味がする。そしてお味噌汁に口をつける。きちんとした味噌汁である。前世で、家庭や外食で食べていたものと比べても遜色ないくらいの、しっかりとした味付け。懐かしさのあまり涙がこぼれそうになるのをぐっと我慢する。前世と比べても遜色ないほどの和食、美味しい。中世ヨーロッパに似た国の隣国が和風の食事を摂っているというのは違和感がある。もしかしたらそんなこともあるかもしれないが、それにしては今まで貴族として生きてきた私のテーブルにこの食事が乗ったことはない。何かが琴線に引っかかる。
そう、昨日から思っていたが、神殿はなんだか、胡散臭い気がするのだ。なんだか薄い膜が張られていて、見え辛いが、宗教団体以上の闇が隠れている気がする。
「シェリーちゃん、無理して食べなくてもいいよ。続きは俺が食べようか。そうしたら、食物も無駄にならないだろう?」
またもやセオが私に助け舟を出してくれようとする。本当に面倒見のいい人である。
「あ、いいえ、大丈夫よ。なんだか不思議な味と思っただけなの。とても美味しいわ。全部きちんといただきます」
「そうかい?無理だって思ったら無理しないでね。二人分くらいなら俺が食べられるから」
「うん、ありがとう。ねぇ、セオ。この食事はどんな名前なの?」
セオはお米を指差すと「これはご飯」味噌汁を指差して「味噌汁、中に入ってるのはネギと豆腐」と答える。そして漬物を「漬物」、卵焼きを「卵焼き」と告げた。私の知っている前世の知識と全て一致している。そんな偶然はあり得ない。恐らくこれは神殿が悪魔と呼ぶ異世界民が伝えたに違いない。
「食べたことないものばかりなんだけど、まさかこれがさっきあなたが言っていた『神殿が開発した商品』なのかしら?」
「よくわかったね、サリンジャ以外ではまだ常食として普及してないけど、美味しいと言って求める国もあるよ」
もしかして、と口にした言葉にセオが頷いた。そうして思い出した。大神官様が言っていた言葉を…。
『悪魔を見つけ次第、捕らえ、神殿に連れてこよ。決して自らで悪魔を殺すことは罷りならん』
この言葉から察するに、神殿は日本人を生捕りにして、彼らから知識を得ているのではないだろうか?もしかしたら今も神殿には、日本人がいるのかもしれない…。




