幼馴染の日記から 2
ここからは、あの男が来てからの日記だ。
5月20日
王都で有名な家庭教師の先生がいらした。なんだか嫌な匂いを纏う人だ。ご当主様もデュラン様も大喜びしているが、なんだか胡散臭い。だって顔は笑ってるのに目は笑ってないんだもの。グレースも変な顔をしている。なんだかあの男性から目を離せない。
6月1日
あの男性はラディーを認めてくれているらしい。「父が苛々しながら、あんな愚図に才能があるもんか!って言ってたわ。でもあの男の前では何も言えないのよ、あの人は。かっこ悪いったらないわ」ってグレースが笑っていた。
ラディーを認めてくれるなんて本当は良い人なのかしら?わからない。
6月5日
最近ご当主様も奥様もデュラン様もなんだか様子がおかしい気がする。目がなんだかギラギラしている気がするわ。なぜかしら、とても嫌なことが起こりそうな気がする。
7月28日
最近ラディーがあまり構ってくれない。約束の場所に行ってもいつもいない。つまらない…。
ラディーはマメが潰れるまで剣を振るい、血を吐くまで魔法を練習している。夜も眠らず勉強しているみたい。活きいきしているのはいいことなんだけど、なんだか身体を壊しそうで心配…。私に何かできることはないかしら?
9月6日
あの男性から目を離せなくて、いつもそばに居たら、あの男性が変なことを呟いていたことを聞いてしまったわ。
『思ったより弟の出来が良いな…。一方的な殺戮を見たいわけじゃない、対等に殺し合わせたいから弟の方を削る必要があるな』
なんのことだろう?殺し合わせるって何かしら?デュラン様とラディーを?なんだかおかしい。
どうしよう、ご当主様ですら下に置かない扱いをしているあの男性をどうやったら排除できるのかしら?
でもなんとかしなきゃいけないわ、私はラディーを守らなくちゃいけないんだもの。
9月7日
思い切ってラディーに話したのに信じてくれないどころか「先生に失礼なことを言うな」って叱られてしまった。ラディーが私のいうことを信じてくれないなんて……。グレースは私の言うことを信じてくれたのに。
9月13日
あの日以来、ラディーは私と目すら合わせてくれない。話しかけようとしても素知らぬ顔で去って行ってしまう。辛い。
デュラン様は私がラディーに無視されるのを楽しそうに見ている、なんて嫌な人!
今思えば、あの隙のない男性が私がいたことに気づかないはずはない。きっと私をラディーの側から離すためにわざと聞かせたんじゃないかしら?あの男の術中に嵌まってしまったみたい。
どうしよう、今後どうやってラディーを守ればいいのかしら…。ラディーともう何日も話していない。お願いラディー、私を嫌いにならないで。
9月20日
ラディーが5メートルもあるバジリスクに遭遇して、一人で討伐したらしい。その大きさなら、本来は屈強な辺境の騎士でも三十人以上、神殿の二位や王宮魔法使いが十人以上必要なのに。ラディーは満身創痍で帰って来て、熱を出して倒れた。
看病させて欲しいとお願いしたけど、ご当主様から禁止された。グレースが看病してくれているけど、心配で仕方ない。どうか、ラディーが早く元気になります様に。
9月23日
グレースが自分の嫁入り費用を使って神殿のハルト様を呼んでくれた。グレースは「この子の命が助かるなら、私は嫁に行かなくてもいい」って。なんて感謝したらいいだろう、何度もありがとうって言ったら「私の弟のことよ」って笑った。
私がデュラン様に嫁いだら、なんとしてもグレースの嫁入り費用を捻出するわ!
9月30日
ハルト様のおかげでラディーは五体満足の状態で元気になった。ラディーはよっぽどうまく闘ったらしい。もし体のどこか一部でも石化していたら、そこからひび割れて身体を損なうことになっていただろう。
いくらハルト様と言えど、欠損した身体の部位は再生できないと聞いている。さすがはラディーだ。良かった、本当に良かった。ハーヴェーに感謝を。
10月7日
ラディーがバジリスクを倒したことで、彼の実力が私たち臣下の間にも評判になった。怪我の功名、というものかしら。いろんな人がラディーを誉めている。なんだかくずぐたくって笑い出しそう。嬉しい。
でもデュラン様の目にだんだん暗い光が灯っていく様に見える。なんだか薄気味悪い。
10月21日
今日、急にご当主様がご家族と私、そしてあの男性を招集して、後継者をラディーにすると告げた。つまり、私はデュラン様でなくラディーの妻になれるのだ。嬉しくなってラディーに抱きつきたい衝動に駆られたけど、異様な雰囲気に思わず身体が止まった。
デュラン様や奥様がラディーを睨むのはまだ理解できるけれど、どうして決断したはずの御当主まで蔑む様な目でラディーを見ていたのかしら…
11月15日
家族内での発表をして、そろそろひと月経つのに、まだ家臣たちに後継者についての発表がない。どうしてかしら?早く主君が誰になるのかを伝えなきゃいけないと思うんだけど…。
なんだかご当主様は最近小さくなった様な気がする。デュラン様も、自信に満ち満ちていたのに、いまやめっきり影が薄い。それなのに目だけはギラギラしていてて怖い。
ラディーとはうまく話せないままだ。辛い。
11月20日
ラディーが陛下から叙爵してもらうために王都へ、よりにもよってあの男性と共に行くことになったらしい。
叙爵まで決まったことなのにまだ臣下達には発表していない。なぜかしら?
けれどそんなことよりもラディーが心配で仕方がない。ここから王都まで馬を急がせても1週間以上かかるのだ。馬車だとひと月はかかる。その間、あの男性とずっと一緒なんて!
私も連れてって、ってお願いしたのに却下されてしまった。お願いラディー、絶対に足手纏いにはならないから。
11月23日
ラディーはとうとうあの男と共に王都へ行ってしまった。
「エティーは心配性だな。大丈夫、すぐにエティーの元へ帰ってくるさ」
ラディーはそう言って旅立ったけど、なぜかしら?もう二度と会えない気がする。なんだか心が遠い気がする…。いいえ、きっと私が心配しすぎているだけよ。ラディーと一緒に王都へ行く兄に、ラディーのことをくれぐれも目を離してくれるなと頼んでおいたもの。だから、ラディーは大丈夫!
だけどなんだか不安で不安で仕方がない。もしかしたら、私に何かあるのかもしれない。それならばあの男の危険性を誰かに伝えておかなきゃいけないわ。
この日記を従妹のアズリアに任せよう。もし何かあったらこの日記をラディーに渡して貰おう。
ここで、エティーの日記は終わっていた。安心した様な、残念な様な気持ちに襲われた。いや、これで良かったのだ。この後彼女が実際に何をされ、どう思ったのかなど正気で読める気がしない。
この後すぐに父は倒れ、エティーは兄に力尽くで……。兄もエティーを愛していたのか、それともエティーを娶った人間が当主になると思って動いたのかは今となってはもうわからない。ただひとつわかるのは、エティーはもう二度と帰ってこないということだ。
エティーは儂を守るために――スライナト辺境伯を二つに割らない様に、事後で油断している兄を殺して、自分も塔から身を投げた。儂はエティーの死に顔すら拝めなかった。王都から帰ってきた儂を待っていたのは冷たい墓石だけだった。




