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辺境伯は頭を抱える 1

メモ帳で書いてからアップしているんですが、操作ミスで全て消してしまったので、書き直ししてました。

 近日中にアップすると言いながら時間がかかってすみませんでした。


本来はこの下りは要らないかなと思ってましたが、リクエストをいただきましたので、入れさせていただきました

『やばい、手遅れだ』

 

 昨日と打って変わって冷たく儂を見下ろす王太子を見て背中に冷や汗が伝う。昨日まで雨に打たれ、行く宛のない子犬の様な顔をしていたのに、今はその片鱗もない。

 

『今回のことは私の不徳の致すところです。お二人の仰ることはその通りですが、どうかもう一度私にチャンスをいただけないでしょうか?私にはどうしても彼女が必要なんです』


 この台詞を言われた時は、まだ間に合うはずだったのだ。王太子はこちらを見下ろすだけで何も言わない。冷ややかな目でこちらを威圧してくる姿は、昨日会った殿下とは別人でないかと思うほどだった。


「僕に会いたいとアスランから聞きました。何か用事があるのでしょう?どうぞ、遠慮なくお話しください」


 そう言った後は黙ったまま、儂の出かたを見ている。今日の謁見は失敗だった、下手に手を出してはいけなかったと後悔するが、後の祭りだ。

 若きクラン家の当主の家に泊めてもらい、王太子に会えたのは、あの頭の痛い謁見の翌日のことだった。一日置いただけにも拘らず、この変わり様に驚く。


 本日お目にかかった時から今に至るまで、その瞳の奥は凍えきったままである。その瞳の冷たさに見覚えがあった。兄と、そして当時の儂と同じ瞳だ。まさか、あの男が殿下の側にいるのだろうか、と思うと背筋が凍った。まさか、生きていたのか!


 あの男は若い頃の儂と兄の家庭教師としてやってきた。男はヨハネス・ルーク・ヴァイス・サウスウェル・フィールドと名乗った。当時は名教師としてあちらこちらから引っ張りだこな人物だった。儂と兄は運良くーーいや、運悪くかもしれないーーその男の講義を受けることができた。

 あの男は当初は他の貴族たちからの兼ね合いもあり、王都から離れられないと言っていた。けれど、父はどうしても兄の指南をして欲しかったらしい。何度も何度も頼み込み、ようやく一年だけと言う約束で辺境にきてくれたのだ。そして、あの男は儂の面倒も併せて見てくれた。

 儂の授業の時間ににふらりとやってきた父は、儂を蔑みながら言った。


「兄だけで良いのです、ヨハネス殿。それはただの出来損ないなので、構わなくて結構ですよ」


「おや、閣下は見る目がない様ですな。弟君は素晴らしい素質をお持ちでいらっしゃいます。この素質を放置するのは勿体無いことですな。……ふむ、わかりました。弟君に関しては授業料はいただきません」


 あの男は儂の肩を優しく抱いて、父にやんわりと告げた。そうして、恥ずかしくて俯いている儂に「背筋を正しなさい、自ら俯いてはなりません」と笑った。


 今でこそ『南の雄』と讃えられる儂だが、当時は出来の良い兄と比べられ、出来損ないと後ろ指を指され続け、捻くれていた。他の人間は父母を始め、使用人すら儂を軽視していた。教師たちも俺にはおざなりな対応しかしなかった。そんな儂を受け入れてくれていたのは二番目の姉のグレースと幼馴染のエティエンヌだけだった。儂の世界にはこの二人しかいなかった。

 二人のことはこの上なく大事で、感謝もしていた。けれど同時に同情されている、女性に守られていると思うと、なんと言って良いかわからない感情が渦巻いた。凄まじい劣等感の様なものも感じていた。また、父も兄も教師たちも辺境の屈強な男性陣の一人も自分を評価してくれないことが、更にそれを後押ししていた。


 エティエンヌーーエティーは儂の淡い初恋の相手だった。年は儂のひとつ上で、兄の二つ下の少女だった。目が覚めるような美人ではなかったが、おっとりとしている様に見えて、芯のある女性で、本当に愛らしい人だった。

 エティーは辺境では強い権力を持つ土着の子爵家の娘で、我が家へ八歳の頃から行儀見習いに来ていた。建前は行儀見習いだったが、実際は次期当主の婚約者であった。つまり、兄の婚約者ということであった。

 けれどエティーは兄よりも儂との方が仲が良かったと思う。彼女の口癖は『大丈夫、ラディーのことは私が守ってあげるわ』だった。ひとつ上なだけなのに、お姉さんぶってそう言う彼女を愛しくも、憎らしくも思っていた。正直に言うと、悔しいと思うことがほとんどだった気がする。


 当時からスライナト辺境伯はハルペー帝国から国を守る盾であった。だから一般の貴族たちと違い、長子相続ではない。力が強い人間が継いでいた。だから、次期当主は兄で、エティーは兄嫁になるのだと思っていたのだ。叶わない想いを胸に抱いて生きる儂はどんどん捻くれていっていた。


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