表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

115/204

【間章】神殿騎士は不満に思う 1

 はぁ、とオレはため息をついた。目の前には女が一人、ロッキングチェアーに座り、さして大きくなってもいないお腹を大事そうに撫でて子守唄の様なものを歌っている。

 正直に言ってオレは不満だった。神殿から王宮神殿に行くように言われた時は、飛び上がるほどに嬉しかった。セオドア様のお側に行ける、きっとお役に立てみせると喜んでやって来たのだ。けれども蓋を開けてみると、セオドア様はオレと入れ違いにサリンジャへ行くと言う。それなら護衛をしたいと申し出たのだが、断られてしまった。


「長旅で疲れているだろうイアンを連れて行くのは忍びないよ。ここの騎士たちを連れて行くから、君にはバーバラの身辺警護を頼みたいな」


 長旅の疲れなど貴方のお役に立てるならなんでもないと、ごねたが聞き入れてもらえなかった。王宮神殿に在籍している神殿騎士なんかよりもオレの方が絶対にお役に立つと思うのだ。


「おい、まだ拗ねてんのか、イアン」


 隣から同僚のグエンが声をかけてくる。「うるせぇ、拗ねてねぇよ」と返したが、自分でも声が苛立ってることがわかった。


「良いじゃないか、野郎のそばに居るより美女を守る方が燃えるじゃないか」


「何が美女だよ、腹の子だって誰の子だかわからないじゃねぇか」


 吐き捨てる様に言ったオレに「バカ、声デケェよ」とグエンは慌ててオレの口を塞ぐ。グエンの手を振り解いてオレは睨みながら、けれど確かに声がデカかったかなと思って少しだけ声を顰めて言い返す。


「事実だろ、バーバラさまは独身じゃねぇか。なのに腹に子供がいるんだぜ、しかも思い当たる人間は何人かいるんだって話だろうが」


「ばっか!お前、ハルト様は子供を作ることも職務のうちだろうが。何より子供は二位様以上の人間なんだから何も問題ないだろう」


「ハッ、本当に二位さまの子供かどうかなんて分からねぇだろう。それにそもそも結婚していねぇのに子供ができるなんておかしいじゃねぇか」


「あのな、お前さ。なんで神殿に入ったんだ?

 いいか、一位の女性なんて神殿の人間に毎日見張られている様なもんなんだぞ。決められた人間以外と寝るなんてできるわけないだろうが。

 そもそもな、妊娠のことだってお前の認識と違うんだからな。お前の国元だったらおかしいと思うかもしれないけどな、サリンジャの一位様なら珍しいことでも、ふしだらなことでもないぞ。立派に職務を果たしたってことになるんだ」


 グエンの言葉にオレは押し黙るしかなかった。オレの故郷では結婚をしてねぇ女が子供を産むなんて醜聞でしかなかった。狭い村社会のことだから、子供の父親が誰かなんて周りも知っていたし、子供ができたら結婚していた。だから、誰の子かわからねぇ子供を身籠ったら、村の人間以外との子供とされ、下手をしたら村八分にされたものだ。だから、いくらお勤めとは言われても、正直バーバラさまには抵抗がある。「それなら神殿に入るなよ」ってグエンは言うが、オレにはオレの都合があるのだ。


「何が不満なんだか。大神殿から遠路はるばるここまで来たのにとんぼ返りの方が疲れるだろうに。何よりバーバラ様のガードなんて光栄でしかないだろうが。

 元々お綺麗な方だったけど、なんだかお優しい雰囲気になられたよなぁ。あぁ、俺がもっともっと力があったらもしかしたらワンチャンあったかもしれないのにな」


「お前、あんなのが好みなのか」


「イアン、さっきから口が過ぎるぞ。バーバラ様にも信奉者がいるんだから下手したら殺されるぞ。そもそも大輪の薔薇みたいに華やかで綺麗な方じゃないか。

 相手になれる方が羨ましい。まぁ、一位様の相手は二位様以上とは言っても神殿が厳選するからな。俺がもうちょっと力があったとしても相手には選ばれなかっただろうけどさ」


「よかったじゃねぇか、変な命令出されなくて済んでよ」


「もう、本当にさ……お前、なんでサリンジャの民になったんだ?お前たちなら、大好きなセオドア様のおかげで違う道も選べただろうが」


 グエンは大きくため息をついて続けた。その態度に少しイラつく。こいつは良いやつだが、説教くさいところがある。けれどオレみたいな人間でも他の人間とも分け隔てなく付き合ってくれる希少な奴なので、有難いと思っている。思ってはいるが、それでも面倒くさいと思わずにはいられない。


 オレは元々ハルペー帝国に住んでたが、戦争のせいで村から焼け出されて妹と二人で彷徨ううちにようやくサリンジャの国境付近にたどり着いた。神殿はハルペーの民で、かつ子供なオレたちの入殿を許可してくれなかった。もう死ぬしかなかったオレたちを助けてくれたのはセオドア様だけだった。基本で神殿は民族差別をしないはずなのに、ハルペーの国民だけは冷遇している。恐らくハルペーの国民はここらの人間の中でも珍しく魔法が全く使えねぇ民だからだろう。だからろくに働けもしない、魔法の能力のない子供を神殿に迎えるメリットはないのだ。


「オレはセオドア様に命を貰った。貰ったものは返すのが筋だ。オレと妹の二人分、オレはセオドア様に生命を返すんだ。だからこそ、神殿騎士になったんだ」


「へぇー、泣ける話だな。俺は神殿から逃げる為に神殿騎士やってるけど。

 兄貴が家継いだから、オレへの仕送りが無くなって五位に落ちたからな。兄貴は還俗料すら出してくれないから自分で金貯めるしかない。神殿騎士は危険な任務もあるけど、税金払わなくて良いし、危険手当が貰えるからな」


 神殿騎士は三位以下の人間の中から希望者を募って結成されるが、戦闘能力が高い人間が多い。正直言って化け物揃いである。特に最も優れた素質を持つ人間が集められる第一騎士団なんて本当に人間か?と聞きたくなるほど優れた身体能力を持っている。


 オレとグエンは第二騎士団に所属している。第二騎士団は魔法が使えたり、剣技が人より優れていたりと第一騎士団ほどではないが、人より優れた力を持っている人間が集められている。グエンは子爵家の子息で、元は割と力の強い三位だったし、オレはセオドア様が剣技を習わせてくれたので、なんとか第二騎士団に所属できている。


 ちなみに神殿騎士は第三騎士団までしかなく、第三騎士団は正直素人に毛が生えたくらいの実力しかない。先程グエンが言った様に神殿騎士は金が貰えるし、五位の人間でもある程度の自由が保証される。だからなりたがる人間も多い反面、危険な仕事が主だから死ぬことも珍しくない。生きてさえいれば、サリンジャの民であればハルト様の治療を無料で受けられるが、間に合わず、死んでしまうことがほとんどだ。けれどもセオドア様の役に立てて死ねるなら、本望である。


「オレはセオドア様の役に立ちたくて神殿にいるんだ。あの方のために命を捧げたい」


「前々から思ってたけどさ、お前たちのセオドア様への信奉ってなんなんだよ?正直気味悪いんだけどさ。あの方って王宮の中でも、ちゃらちゃら女の人と遊んでるだけに見えるんだけどさ。バーバラ様とどう違うんだ?」


 グエンの言葉にイラッとしてオレは強く言い返した。


「何言ってんだよ!お前、さっき自分で言ってただろ。二位以上の人間しか寝られないって。あの方は社交していただけで、身体の関係とか全くあるわけないだろう。そもそも、セオドア様にはオーリャ姉ちゃんがいるんだぞ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ