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王太子は影を手に入れる

「さて、殿下。そろそろお暇をせねばなりませぬが、最後にひとつ提案をしてもよろしいですかな?」


 長の言葉を不思議に思いながらも僕は頷いた。長には救われたから、彼の言うことは聞こうと思った。多分その提案は僕にとって悪いものではないだろう。なぜなら長は僕が今まで習ってきたどの家庭教師よりも尊敬できたし、僕のことを理解してくれている様に思えたからだ。


「実は、私の孫息子にフォックスと云う者がおりましてな。我々とは違う意見を持っております。

 『蟻の一穴』と言いましてな、どんなに堅固な堤でも蟻の様な小さな生き物が開けた穴が原因で壊れてしまうかもしれないと云う意味でしてな。このフォックスは殿下のお役に立つかもしれませぬ。なんせ、殿下と目指すところが同じですからな」


「どういう意味だい?」


「ほっほ、簡単です。フォックスは()()()殿()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「イヴが僕に?それは確かに同じ方向を向いているかもしれないけど、それは何故かな?僕にとって都合のいいことを急に言い出す人間がいるなんて、にわかには信じられない」


「さて、それは本人から聞いてはいかがですかな?とりあえず私達の元でその意見を主張し続けたら、我々はフォックスを遠からず粛清しなければならなくなるでしょう……フォックス、ここへ」


 長の言葉に天井から男が一人降りてきた。ひょろりと背の高いその男は顔に、不思議な面をつけている。なんだか白い面に猫のような耳がついている。ちょっと吊り目気味の目の周りに柔らかいタッチの模様が描かれている。フォックスということはこの面は狐なのかもしれない。


「やあ、よろしく」


 僕がその男に声をかけると男は黙って頭を下げた。僕はその男を観察したが、黒髪でひょろりと背が高いその男性は、長の孫息子と言うだけあってなんとなく得体が知れないないような雰囲気がした。長は何も言わずに顎に手をやって何事かを考えている様だった。やはり笑っているのだろうと思ったが、先ほどまで浮かべていた醜悪な笑みではなく、子供を見守る親の笑顔ではないかと思った。


「フォックスはテンペス家の記録書の内容をざっと教えておりますし、なかなかの実力者です。情報収集も分析も他のものより頭ひとつ抜けております。

……だからこそフォックスを殿下にお預けするにあたって取り決めがあります。

 まず、ひとつ目。公爵家の内情を探らせてはなりませぬ。次に、姫様のことについても探らせてはなりませぬ。この二つを知りたいならフォックス以外の人間をお雇いください。もし、フォックスにそれを探らせたらフォックスは殺します」


「わかった。彼に他の人間を紹介してもらうことは問題ないかな?」


「いいえ、姫様を含めた公爵家の内情に関しては絶対に関わらせないでください。何が原因で主家の構造などが漏れてしまうかわかりませんので。そしてもうひとつ、我が一族の成り立ちも聞いてはなりません。

 けれど、テンペス家の記録書の内容を聞くことは許可いたしましょう、きっと興味深い話が聞けますよ」


「それは中々魅力的な話だね」


「えぇ、それともうひとつ。利害が一致しているものに関しては若君了解の下、情報共有しましょう」


「なぜ、僕に色々と教えてくれた上、手練れの影まで僕につけてくれるんだ?」


「ほっほ、そうですなぁ我々が負けた時、殿下はきっと我々一族を皆殺しになさるでしょう。

 けれど、殿下のそばにフォックスがいれば、万一の時にでも我が家の血は残るでしょう?

 それに先ほども申し上げましたが、このままだとフォックスの面をもらうほど卓越した影を我らの手で処分しなければならなくなったでしょう。それにさすがにこんな糞爺でも孫息子を殺したいとは思えませんからな」


「わかった。ではこの者は僕が預かろう。良いかな、フォックス」


 長の言葉に納得したので、フォックスという男に話しかけたら男は黙って頷いた。


「あぁ、そうそう。フォックスから我々に情報をどこまで漏らすかは殿下がきちんと取り決めなさってください。我々からはフォックスに対して情報を求めることはしませんので」


「なんだかどこまでも僕に対して破格の条件な気がするんだけど、本当に問題ないのかな?」


「えぇ、殿下に対しての配慮もありますが、フォックスに対しての気遣いもありますからな。其奴は確かに優れた影ではありますが、まだまだ未熟なところがございます。ちょっとした口ぶりや所作から情報を読み取られることがあるかもしれませんからな。

 あぁ、いやいやご心配召されるな。確かに若輩者ではありますが、我々一族から見たら読み取れると言う程度のものです。他の家の影に読まれることなどは、ほぼないでしょう」


「ほぼ、かい?」


「えぇ、覚えておおきください。世の中には絶対などはありません」


 厄介者を押し付けられたのかもしれないと思っていたせいで、ついぽろりと言葉が口から溢れた。長が僕の言葉を肯定してから初めてはっとした。


「そうそう、よくご自身で気づかれましたな。殿下は最近よく失言をされておられます。毒蛇の巣で生き抜きたいならその悪い癖をお治しください。その癖はお生命を落としかねない危険なものです」


 その言葉は僕の胸にひどく響いた。そうだ、最終的にイヴを失ったのは僕のあの一言のせいかもしれないのに、僕はまたもや同じことを繰り返していた。気をつけねばなるまい。下手なことを口にするくらいなら、なにも言葉にしない方が良いのかもしれない。そんな僕の態度を見て満足そうに頷くと長は口を開いた。


「では、殿下。私はこれにて失礼します。なかなか楽しい時間でした。もう直接お会いすることはないでしょう」


 そう言うと長の身体は輪郭を失う様にゆらりと揺れた。そしてそのまま影が薄くなり、僕の束の間の先生はいなくなった。

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