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王太子の前で影は歌う 4

「さて、殿下。姫様については手に入れる方法は先ほど申し上げた様にいくつかあります。もっと良い方法があるやもしれませぬ。文書などもご覧になって色々お考えになると良い。

 殿下の側近について、私の経験則ですが方法をお教えしましょう。先ほども申し上げた通り、殿下は姫様をお迎えになるおつもりでしたら、姫様の美しさに惑わされぬものを選ばなければなりません」


「どうやってそれを見極めろと…?」


「クラリスちゃんの教えにこの様なものがあったそうです。百匹の羊の群れを率いている時に、一匹の羊が迷子になったならば、その一匹を探しに出かけなさい、と。一番助けを求めているのはその迷ってしまった羊だそうです」


「残された九十九の羊はどうなったんだい?一のために九十九を危険に晒すのは問題だと思うが…」


「それは王の理論ですね。これは神の理論です。曽祖母から聞いた時私も幼かったので、曽祖母の伝えたかったことを正確に理解しているか私にはわかりませぬ。曽祖母の他にクラリスちゃんを信仰している者はおりませんでしたから。

 今お伝えしているのは私なりの解釈です。当初はとてもではないが、曽祖母の教えについていけないと私も思いました。けれどこの教えは私には適しておりました。

 確かに迷っている者と迷っていない者、接触した時に相手の対応はまるで違いました。困窮している者の方が、手を差しのべた時にこちらの手を握ることが多く、また裏切りもしませんでした。

 なるほど、こうして神とは信者を増やして行くものなのでしょうなぁ。……闇においては光をかざす者は神と等しいのでしょう」


「僕に打算で人助けをしろと言うのか?」


「ほっほ、これは異なことを仰る。王は算段なしに人助けをしてはいけないものでしょう。安易に人助けなどをしては公平性を欠くことになりますぞ。目の前の人物を助けた結果、何を得られて何を失うか考えた上で行動せねばなりませぬ」


 長の言葉へ返答ができない。そう、公平性を欠くな、これは幼い頃ルアードによって傷を負ったイヴを治療すると言った時に母から言われた言葉だった。それに対して僕は反発したが、ルーク家を始め、他の貴族達も同じ意見だった。そうして結局あの時もイヴの手を離さなければならなかったのだ。


「他から弾き出されて困窮している人間を助けることで恩を売り、忠誠を誓わせろということか」


 闇は僕の言葉に満足そうに頷く。優しさを切り売りしろなどと言うとんでもない言葉に僕は苛立つ。親切とはそんなものではないと思いたかった。けれども、彼の言うことは間違っていない。だって何も考えずに誰も彼もを助けることは不可能だ。クラン家を助けることでルーク家に損害が及ぶ、そんなことは沢山ある。どちらも助けるなどと、どっちつかずの考え方をしていてはどちらからも不信感を買うことになるだろう。

 頭の中ではわかっているのに、はっきりと言葉にされると、とんでもない不快感が付き纏う。眩暈すらしてくる。気持ちが悪い…。


 なんだか僕の知っている常識は先ほどから覆ってばかりだ。側近はそばに置くに足る家柄と能力を持った者を置く必要があるとずっと思っていた。だから、アスラン、グラムハルト、ルアードが選ばれたのだ。けれどグラムハルトとルアードはもう僕の側近足り得ない。

 闇の深さに動悸がして、目の前がだんだん暗くなる。側近を増やさねばならないと思いながらも、まだどこへ、どのように繋ぎをとればいいのか、考えあぐねていた僕にとってこの考え方は一筋の光明ですらあると言うのに…。

 イヴの様な優しい人になりたかった。彼女に相応しい人間になりたかった。穏やかな、人に安らぎを与えられる様な人間でいたかった。けれどそれは僕に最初から許される行為ではなかったのだと今更気づく。そしてその境遇をイヴにも押し付けることになるのだ。


「そうです、迷える子羊はたくさんいるでしょう。その中で殿下が、家柄、能力、人柄、境遇、全てを考慮した上で、他の九十九を犠牲にしてでも救いたいと思う人間をお側にお置きなさい。その者にとって神となるべく振る舞うのです。自分の欲よりも、主人の命を何より大切にする忠実な僕をお作りなさい」


「九十九を犠牲にしても助けたいひとつ…」


「ええ、そうです。今後、殿下が迷われても私はもうお助けできないでしょうから今のうちに伝えておきましょう。先ほど殿下が気にしてらした残りの九十九ですが、三十三は遁走し、三十三は盗まれ、残り三十三は狼に襲われたそうです。最終的に『迷える子羊一匹』しか救えなかったそうです」


「それは…それは破綻している!小を救うために大を損っては国として成り立たない!」


「そうですね、殿下が国王になった時はこの理論を用いてはならないでしょう。けれど、まだ王太子なのです。ならば側近を作るまでは王としてではなく、神として振る舞っていいのではないでしょうか?」


 なんと言って良いかわからなかった。「それは」と言ったと思うが、言葉になっておらず、あ、とか、う、とかしか言えていなかったかもしれない。それなのに闇の言葉は止まらない。


「九十九を犠牲にしてでも助けたい一人を側近としてそばに置いたら…」


 闇は一拍を置くと続けた。


「その後に、順番をつけなさい。自分、姫様、若君、両親、側近たち、クラフト伯爵令嬢…」

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