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王太子の前で影は歌う 2

「さて、それでは殿下。今から貴方がなすべきことはお分かりですかな?」


「信頼できる人間をそばに置いて、貴族間での立ち位置を確立すべきだと思う」


「ふむ、そうですな。しかし姫様を取り戻すおつもりならば、そばに置く人間は厳選なさる必要がありますぞ。姫様は人を狂わせる魅力がございますからな。そうでないとまた二の舞になってしまうでしょう」


「そんな簡単に言うが、どんな人間なら良いって言うんだ!アスランはもちろん、ルアードもグラムハルトだって僕は信用していたんだ!

…けれど皆、僕から離れていくんだ」


 長の言葉に僕はかっとしてついつい声を荒げてしまった。三人は僕の大切な幼じみだった。最初にアスランが留学で去っていき、イヴが離れていき、ルアードを追放した。その後にグラムハルトまで僕を裏切ったのだ。


「そもそもイヴだって本当に取り戻せるのか?確かにイヴは生きてるし、純潔だって守られてることは確認されたさ。けれど皆が皆それを信じてくれるわけじゃない。例え生命はあったとしても貴族社会ではイヴは死んだも同然だ。

 僕は万一イヴに何かあったとしても手放す気はなかったけど、貴族間ではそうはいかない。婚約関係を続けていたらそれでもなんとか結婚できたかもしれなかったが、婚約解消された今、もう一度イヴが僕の婚約者になれるとは思えない」


「ほぅ、先ほども申し上げましたが、本当に殿下はお行儀よく育てられましたなぁ…。まぁ、ルーク家の人間に教育されたのなら仕方がありませんが…。

 しかし、それにしてもクライオス王家の人間とは思えないほどの良い子ですな」


 話を聞こうと思って我慢していたが、さすがにこの言葉にはかっとなる。恐らく僕の顔は怒りで真っ赤になってると思うが、それでも長の態度は変わらなかった。彼はゆったりと僕に掌を向けて宥めようとしている。


「ふむ、まず殿下が一番気になっていることをお伝えしましょう。姫様のことですが、まずは殿下がお考えになっていたことが一番真っ当な方法ですな」


「僕の考えていたこと…?」


「えぇ、そうですな。リーリア・フォン・ダフナ・ディラード侯爵令嬢がひと月後に結婚します。その後に殿下の魔力の高さを理由に再度姫様を婚約者にする、というものですな」


「そこまで知っていたのか」


 ふぅと僕はため息をついた。確かにその策について考えていたこともあった。

 最近では、高位貴族でも魔力が高い者は少ない。僕やイヴは例外で、魔力が高い侯爵家以上で魔力が高い人間は数を減らしていっている。僕は『初代クライオス国王と同じくらい』と言われるほど高い魔力を有しており、イヴに至ってはサラ曰く『僕以上の化け物』と言われる程だが、それ以外は正直に言って僕と子が成せるほどの魔力を有している人間はいないと言っても良い。

 高い魔力を有しているイヴの兄であるアスランですらあまり魔力を有していないのだ。本来魔力は遺伝するものだとされている。けれどその説に反比例する様に最近の高位貴族は魔力が何故か弱い。父もはっきり言って魔力は高くない。僕とイヴが例外的に強すぎるのだ。


 神殿からは『ハルトの子はハルトになる確率が高い』と発表されている。けれど、最近のハルトは子爵家以下の貴族や庶民の方が多いと聞く。もしかしたら血が濃くなればなるほど、魔力とはなくなるものなのか?と思ったこともあるが、その立証はできていない。なぜならそんな中でも強い魔力を持つ人間が少数ながらも出てきているからだ。


 そんな中で僕とイヴ以外で魔力が高いと言われているのがリーリア・フォン・ダフナ・ディラード嬢だった。一応見に行ってくれたサラ曰く、彼女ならぎりぎりで僕との間に子供が生せるくらいの魔力を保有しているらしい。彼女はひと月後にグリシャ・フォン・ルークと結婚する予定なので、彼女がグリシャと結婚した後に『僕と釣り合う侯爵家以上の令嬢がない』と言えば僕とイヴの婚約は不動のものになると思っていた。けれど、イヴから拒絶された今、どうなると言うのだろうか…?


「ふふふふ、殿下。悩んでおいでの様ですな…それではひとつ問いましょう。貴方は姫様の心と身体、どちらが欲しいのですか?」


 ごくりと咽喉がなる。両方欲しい、それが僕の偽らざる本音だ。そう告げようとするとそれを遮る様に長が続ける。


「両方、と言うのは現段階では望めません。姫様の心を願うのならばこのまま手を離して差しあげなされ。けれど…」


「まず、身体が、欲しい」


 絞り出す様にして声を発する。手が汗でびっしょりしていて、喉がひどく乾いた。イヴの幸せを願うなら手を離してやれ、と長は言っていた。けれど何か方法があるのだとしたら、僕はイヴを手に入れたい。彼女の幸せよりも僕の幸せを優先したい。僕の幸せはイヴの元にしかない。

 まず身体を手に入れればその後に心もついてくる可能性がある。けれど心を優先させたら、永遠にイヴを失ってしまうだろう。それならば身体が欲しい。


 僕の言葉に、長――いや、それはもう闇そのものかもしれない――は実に愉快そうに嘲笑った。


「そうでしょう、そうでしょう。それでこそクライオス王家のお血筋。王族は番を手放すことができない一族ですからな。

 殿下はご存じですか、四大公爵家には其々役割がありましてな。調整のクラン家、教育のルーク家、記録のテンペス家、監視のダフナ家と言いましてね。今無事に機能しているのはテンペス家だけでしような。クラン家は調整をするだけの力を失い、王族が暴走しない様に教育するためのルーク家が王家乗っ取りを考え、神殿を監視するはずだったダフナ家は神殿に擦り寄る様になってしまいましたからな。

 話がそれましたが、できればテンペス公爵家に近しい人間を側近にお置きになって記録書をお読みなると良い。王族の面白い話がわかりますぞ」


 段々と目の前の闇が深くなっていく気がした。足元から闇が僕を侵食していく。闇はその手を更にこちらに向ける。


「そうそう、それでですな。殿下のその策には穴があります。リーリア嬢が結婚したら、確かに純潔性を一番に考える王家には嫁げないでしょう。

 けれどよく考えてご覧なさい、若君と姫様の父君はサイテル伯爵家の人間だったでしょう?サリナ様はどちらかと言うと魔力が高い方でした。ファウストは自分の能力が買われたと思っているが、買われたのは魔力だったのです。

 王族や高位貴族と言われる人間に相応しい伴侶がいない時に、その相手を排出する予備とも言うべき伯爵家がそれぞれの一族に一家あるのです。

 その中で、クラン一族のサイテル伯爵家には14歳の娘が、テンペス一族のラストール伯爵家に13歳の娘がおります。もし、殿下がクラフト伯爵令嬢と魔力差があるから婚約できないと言ったら、姫様を婚約者に戻すよりも、この二人の娘のどちらかを殿下の婚約者とするでしょう。実は伯爵家の中から王族に嫁いだ人間も少なくないのですよ…もちろん、王族に番と見染められて」


「それじゃあ、その策は取れないと言うことか…」


「そうですな。その二人は未成年ですが、婚約者はおります。けれど今の状況でしたらその婚約は遠からず解消されるでしょう。なので、結婚を待つことは出来ませんな。

 けれど手は有りますぞ。良いですかな、殿下、()()()()()()()()()()()


 ひゅっと僕は息を呑んで、叫ぶ様に答える。


「それではサトゥナーとイリアと同じじゃないか!」


「殿下、貴方は姫様の心よりもまず身体が欲しいのでしょう?姫様を力で手に入れようとしている貴方の行動と何が違うのです?手段を選べる状況ですかな?」


 青い顔で震える僕に闇は段々とその濃さを増していく。


「さすが、王家の教育を専門とするルーク家の血筋が濃い方ですな。それともこれほど強い魔力を持つ方だからこそ、体のいい正義感を叩き込まれたのですかな?私が今申し上げたことくらいクライオス王家にとっては珍しいことではありませんぞ」

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