第90話 『 侵入者一名 』
「……随分と懐かしい夢を見たな」
……ドラコ王国が見え、仮眠をしていた俺は、顔の上を歩くトカゲに起こされる。
「……月の位置からして三時間ぐらいか」
充分とは言えないが、これ以上時間を取る訳にもいかなかった。
俺は重い腰を上げ、改めてドラコ王国を見つめた。
夜中ということもあり、明かりは点々としていて、とても静かであった。
「さて――行こうか」
俺は静かに歩みを進める。
(……まずは侵入だ。巡回の警備に見つからないようにしないとな)
兵士に見つかるか見つからないかで、作戦の成功率は大きく変わる。
兵士にもベルゼブブの奴等にも見つからずに姫を奪還するのが理想であった。
(……そう上手くは行かないだろうがな)
姫は今回の戦争の目的とも言える人間だ、その警備は並々ならないであろう。
それでも敵は一人でも少ないに越したことはない。だから、侵入は特に慎重にならなければならなかった。
「……」
目を凝らすと守衛の姿を見ることが出来た……それは、向こうからもこちらの姿が見えるということである。
(いよいよだな)
俺は更に集中力を高め、石の壁と門とその前に立つ守衛を見つめる。
(考えなしに真正面から向かえば確実に見つかるし、石壁をよじ登っても壁の上の巡察に見つかるだろうな)
俺を身を低くして、前方を観察し続ける。
「だったら、使うっきゃねェよな」
――忍術。
「俺は忍者なんだから」
影 分 身 の 術
変 化 の 術
……さあ、作戦開始だ。
……砂漠の方から一人の老婆がこちら向かってきていた。
「おい、何か婆さんがこっちに来るぞ」
「何ですかね、上からは特に聞いてませんがね」
俺もアイクもノロノロとこちらに歩み寄る老婆に首を傾げる。
「俺が対応する、お前は引き続き立哨しておけ」
「りょーかいッス」
俺はアイクをその場に残し、老婆の前に立つ。
「何のようだ。この先は居住区だ、身元を証明できないなら通すことは出来ない」
マニュアルに従い、老婆の身元を確認する。
「すみませんねェ、少し耳が遠いものでもう一度言っていただいてもいいですかね」
「身元を証明しろ、さもなくばここは通せない」
「……?」
「だーかーらーっ!」
……面倒臭いババアであった。
「身元を証明しろ! 出来なければ帰れ!」
「あのぅ、わたしはただの旅の者で身分といったものはなくてですね」
「ならば帰れ! この国は他所の国と比べて国外から客を制限しているんだよ!」
「……そこを何とか」
「規則は規則だ!」
何だ、このババアは、アイクに任せておけば良かった。
「立ち去れ! これ以上立ち去らぬと言うならばこの場で切り伏せるぞ!」
「ひぃぃぃぃぃぃぃっ! すみません! すみません!」
老婆は怯えながら後退り、ノロノロと来た道を引き返す。
「……」
俺はそんな老婆が見えなくなるまで見送り、元の立ち位置へと戻った。
「……はあっ」
「災難でしたね、先輩」
でかい溜め息を吐く俺に、アイクが労いの言葉を掛ける。
「まったくだ、危うく切り伏せる所だったぞ」
「そりゃ、ぱねェっすね」
面倒な仕事を片づけた俺は立哨任務を再開した。
(……クソ、次の交代まで一時間はあるな)
……俺は丸い月を見上げ、心中で二度目の溜め息を吐いた。
――ドラコ王国、居住区 《アサドラ》。
「……」
……老婆は人気の無い路地裏を歩く。
「……はあ、簡単過ぎたな」
老婆は溜め息を吐き、顔に手を当て、ゆっくりと降ろした。
「まあ、何にしてもこれでやっと」
……それは伊墨甲平の顔をしていた。
「 潜入成功だ 」
……少年は嘲るように笑った。




