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 第89話  『 約束 』



 「……で、何で家出したの?」


 ……互いに自己紹介を済ませ、俺は愛紀姫に家出の理由を訊ねた。


 「……そっ、それはっ」


 愛紀姫は困った顔をして、声をどもらせる。


 「それは?」

 「……それはですねー」


 そして、今明かされる! 愛紀姫の家出の理由!



 ――きゅぅ~~~~~っ



 ……と思ったら、愛紀姫のお腹から可愛らしい音が鳴った。


 「……」

 「……」


 俺はマジマジと愛紀姫を見つめ、愛紀姫は恥ずかしそうに頬を紅潮させた。


 「……きゅっ、きゅぅ~~~~~っ」


 「態々、口で言い直さなくていいよ」


 「……」


 「何か言えよ」


 どうやら、少女はお腹を空かせているようであった。


 「飯、食う?」

 「良いのですか?」

 「ちょっと待てよ」


 俺は丁度目に入った大きなカエルを鷲掴みして――小太刀で腰から上を切り捨てた。


 「なっ、何をしているんですか!」


 「料理」


 「――」


 言葉を失う愛紀姫を無視して、俺は慣れた手付きで脚の皮を剥き、筋肉を露出させた脚に長い針を刺す。


 「あわわわわっ」


 口元に手を当て、肩を震えさせる愛紀姫を横目に俺は燃えやすそうな木々を一瞬で集め、火打石と火打金を叩いて、火を起こす。


 「燃えろー」

 「はわわわわっ」


 俺は串刺しカエルを焼き、愛紀姫ははわわわわっと狼狽える。


 「調味料は無いけどこれで食べられるだろう」

 「……食べられるのですか、それ?」

 「……」


 「何か言ってください!」


 怯える愛紀姫が面白くてついついふざけてしまう。


 「冗談冗談、調味料が無かったから味は淡白かもだけど十分に食べれるよ」

 「ほっ、本当ですか?」

 「……(ニッコリ」


 「無言で笑うの恐い!」


 中々、面白い反応をする子だなぁ。


 「でっ、では、いただきます」


 愛紀姫は手と声を震えさせながら、カエルの串焼きを口へと運ぶ。


 「――はむ…………あれ、意外に行けますね」

 「だろ」


 一般的には広まっていないが、カエルは鳥と味が似ていて旨いのだ。


 「おかわりもあるぞ」


 俺は別のカエルを捕まえて捌き始める。


 「……あの、出来れば調理は見せないで戴けると嬉しいのですが」


 ……愛紀姫は何かげんなりしていた。


 ……………………。

 …………。

 ……。


 「お稽古が嫌で家出したぁ?」


 ……お腹が膨れた愛紀姫は家出の理由を話してくれた。

 愛紀姫は恥ずかしそうに俯き、俺は大きな溜め息を吐いた。


 「子供かよ!」


 ↑今年で八歳。


 「人生辛いこと一杯あるかもしれないけど乗り越えなきゃ駄目なんだぞ!」


 ↑今年で八歳。


 「嫌なことから逃げていいのは子供の内だけなんだからな!」


 ↑今年で(ry


 「…………ぐすっ……ぅっ」


 「!?」


 ……愛紀姫は急に泣き出した。


 「……えっ、えっ、何でっ」


 突然泣き出した愛紀姫に俺は混乱する。


 「……ぐすっ……だって、毎日お稽古で本当に辛いんだもんっ……うわーんっ」

 「……えっと、ちなみに毎日どのくらいお稽古やってるの?」


 家出する程のお稽古の量が純粋に気になった。


 「……ぐすっ……茶道に華道に書道にっ……お琴に舞踊にっ……剣術に薙刀にっ……料理に礼儀作法っ」


 「……」


 ……多くない? この人だけ一日48時間ぐらいない?


 「……ぐすっ…もう疲れたのっ……毎日毎日、私ばっかりやりたくもないのにこんなにしなくちゃいけないのっ、うえーんっ」

 「ごめんっ、俺が悪かったから泣かないでくれ!」


 何かいたたまれなくなった俺は、愛紀姫を宥める。

 しかし、愛紀姫は中々泣き止まなかった。


 「……」


 ……段々面倒臭くなってきた。



 「 じゃあ、これからは一人で生きるんだな 」



 「――っ」


 俺は立ち上がり、愛紀姫を突き放す。


 「愛紀姫の習い事は確かに多すぎると思うよ、だけど家を出たんならそのぐらいの覚悟はあるんだろ?」

 「……」


 俺の言葉に愛紀姫は泣くのを止めた。


 「今日は俺が偶々助けてあげられたからいいけど、明日からは飯も寝床も自分で確保しなきゃ駄目なんだからな」

 「……でも……でも」


 愛紀姫は凄く困った顔をした。何だか少し罪悪感を感じた。


 「狼も虫もいるし、森を出ると恐いおじさんもいるんだ。それが嫌なら家に帰った方がいいんじゃないか?」

 「……でも、お稽古キツいし」


 「だったら!」


 ――俺は愛紀姫の小さな肩を掴んで、真っ直ぐに見つめる。


 「前向きなってみたらいいんじゃないか!」


 「……前向きに?」


 俺の言葉に愛紀姫が小首を傾げる。


 「そうだ、前向きに考えるんだ! キツいお稽古は将来の自分の為にやっていると思うんだ!」

 「……将来の私の為に?」

 「うん、俺も毎日毎日死にもの狂いで修行をしているんだ! 天下一の忍者になる為に!」

 「……天下一の忍者?」


 きっと、今の愛紀姫には目的や目標が無いんだ。だから、ただでさえキツいお稽古が更にキツく感じるんだ。

 だから、俺は愛紀姫に未来を語る。


 「俺、偉い人のことよくわかんないけど、たぶん愛紀姫は大きくなったら誰かのお嫁さんになるんだ」

 「……お嫁さん」

 「そのときに困らない為にお稽古を頑張ればいいんだ」


 武家のことはよくわからないが成人したら嫁入りするとは聞いていた。たぶん、愛紀姫もそうなるのだろう。


 「立派なお嫁さんになる為にやっていると思えば、きっと辛いお稽古も頑張れるさ」

 「……」


 愛紀姫はすっかり俺の話を聞き入っていた。


 「じゃあ、約束しないか」

 「……約束」


 俺は愛紀姫に小指を差し出す。


 「愛紀姫は綺麗で立派な姫になるんだ。そして、俺は天下一の忍者になるんだ」


 「……うん」


 「そしたら、俺がお前の忍者になって命懸けで守ってやる、約束だ!」


 「うん」


 愛紀姫も小指を差し出し、俺の小指と絡ませる。


 指切りげんまん、


 嘘吐いたら、


 針千本呑ます、


 指切った。


 「へへっ」

 「ふふっ」


 指を離した俺と愛紀姫は互いの顔を見て笑いあった。

 気づけば夕日が沈み掛けていた。


 「……じゃあ、完全に日が落ちる前に帰ろうぜ」

 「はいっ」


 ……それから俺は、愛紀姫を城の前まで送って、お互いに手を振って別れた。


 ……………………。

 …………。

 ……。


 「師匠ッッッ……!」


 俺は帰るなり師匠を大声で呼んだ。


 「何だ、帰るなりただいまも無しに」


 師匠は案の定、酒を片手に本を読んでいた。


 「稽古をつけてくれ!」

 「……稽古って、夕食はどうしたんだ?」

 「ちゃんと猪捕まえたよ、だから稽古をつけてくれ!」


 俺は泡を吹いて気絶した猪を玄関に投げ捨てた。


 「何だ、急にやる気を出して」

 「いいから稽古をつけてくれってば!」


 とにかく体を動かしたくて仕方がなかった。


 「……何かあったようだな」


 師匠は溜め息を吐き、本に栞を挟んだ。


 「外に出ていろ、すぐに行く」

 「……っ! よっしゃあ!」


 俺は鉄砲玉のように外へ飛び出た。


 (……待ってろよ、愛紀姫)


 ふと空を見上げる。

 空には天の川がキラキラと輝いていた。


 (約束、絶対に守るからな!)



 ……俺は想いを新たに、険しい忍道を駆け上がるのであった。


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