第88話 『 そして、二人は出逢った。 』
……師匠に弟子入りしてから一ヶ月が経っていた。
修行は熊や狼といった猛獣と戦ったり、普通に猪や兎を狩ったりがメインであり、合間に忍術修行や肉体鍛練をしていた。
意外だったのは、狩猟が忍者の能力向上にかなり貢献していたことである。
猛獣から身を潜めたり、兎に気づかれないように距離を縮める――隠密能力。
飛んである鳥を仕留める――手裏剣操術。
小動物を見つけ出す――索敵能力。
猛獣を制圧する――戦闘能力。
見晴らし悪い森の中を駆け抜けたり、夜や雨に対応する――夜目や踏破能力。
……一つに狩りと言っても得るものは沢山あった。
(……忍術はまだ使えないけど、一人前の忍者に近づいてる)
それを実感できるだけで嬉しくて仕方がなかった。
「……まあ、ロクでなしだけどな」
今も狩りは俺に任せて酒でも呑んでいるのであろう。
そもそも村から離れて一人で暮らしている理由も……。
「御近所付き合いとか面倒だからヤダ」
……そんな子供じみた理由であった。
(それでも一人で生きているのも事実なんだよな)
飯は動物を狩り、家は自分で建て、雇われ忍者で銭を稼ぎ、服は稼いだ銭で隣村から買っていた。
基本的に衣食住を分担する黒羽村で最も異端であり、唯一自立した人間であった。
(……酒好き、女好き、賭博好きの駄目人間だけど格好いいんだよなー)
……そんなことは直接言わないけど。
(……今日は猪肉にしようかな)
俺は今日も森で狩りをしていた。
木々を飛び回り、大地を駆ける。一ヶ月も駆け回っていたのだ、最早自分の庭のようものであった。
立ち止まることなく俺は猪を探す。
(見つからないな、だったら――……)
俺は木の枝の上で足を止め、瞼を伏して、耳を澄ませた。
「……」
――超聴力。
……師匠に言われるまで気づかなかったが、俺の聴力は常人のそれを遥かに上回るそうであった。
(……聴こえる)
風の音、草木のざわめき、野鳥や虫の鳴き声、そして――……。
「 女の声? 」
……そう、確かに聴こえたのだ。少女の声が、少女の――悲鳴が。
「西の方角か!」
この山の西側は狼の群れがいる、最悪、少女が襲われているのかもしれなかった。
「間に合ってくれよ!」
俺は悲鳴の聴こえた方へと飛び出した。
(幸い距離は遠くない!)
全速力で日暮れの森を駆け抜ける。
「…………いた!」
そうこうしない内に、数匹の狼に囲まれた女の子を見つけた。
女の子はとても綺麗な朱色の着物を着ていた。
(何でこんな子が?)
しかし、考えている時間は無い。女の子と狼の距離はもう触れ合う寸前であった。
(――特製、臭い付き煙玉)
俺はいざという為に準備していた臭い付き煙玉を狼の群れに投げつける。
『キャンッ、キャンッ!』
狼の群れは高い悲鳴をあげ、混乱に陥る。
その隙に俺は女の子の前に着地する。
「……貴方は?」
「自己紹介は後っ!」
「――きゃっ」
……俺は女の子を抱き抱え、速やかにその場を離脱した。
……………………。
…………。
……。
「……怪我は無い?」
取り敢えず安全な場所まで避難した俺は、女の子に怪我の確認をした。
「はっ、はい。お陰様で」
「そりゃ、良かった」
態々、狼の群れに飛び出した甲斐があったようである。
「……で、何でこんな森の中に?」
少女の出で立ちは、こんな隠れ里の森の中にいるのに似合わないものであった。
「……えっと、その」
どうやら言いづらい事情がありそうであった。
「言いたくなかったら言わなくてもいいよ」
「いえ、言います! 助けて戴いた恩義もありますので!」
「……あっ、そう」
そこまで畏まられるとこちらも反応に困った。
「……えっと、私は家出してきたのです」
「家出ェ!」
……何ともしょうもない理由であった。
「先程助けて戴いたことは本当に感謝いたします。その義に応えるべく、私も名乗らせて戴きます」
少女は白くて綺麗な手を胸に当て、名乗りを挙げる。
「 私は火賀家筆頭、火賀義武の娘――愛紀姫に御座います 」
……火賀義武?
……娘?
「……お姫様ってこと?」
「はい」
「……」
ヒグラシの鳴き声が静寂によく響く。
「うえェェェェェェェェェェェェェェェェェェェッッッ!」
……俺の驚きの声が夕暮れの森にこだました。




