第86話 『 落ちこぼれ忍者とロクでなし師匠 』
「……298っ……299っ……300っ」
……夕暮れ時、俺の声が森に響き渡る。
「腕立て伏せ300回終わったから次は手裏剣投げ300本っ」
俺は立ち上がり、今度は大量の手裏剣の入った籠を足下に置いた。
「1っ……2っ……3っ……」
木に掛けられた的に手裏剣が刺さったり、外れて隣の木に刺さったりする。
正拳突き300本。
回し蹴り300本。
上体起こし300回。
腕立て伏せ300回。
手裏剣投げ300本。
分身の術100回。
変化の術100回。
変わり身の術100回。
登山・下山1回。
毎日一日も欠かさず、午前は畑を手伝って、午後は忍術道場に通い、夕方から夜まで山で修行していた。
流石に毎日修行しているお陰で体力だけは伸びていたが、忍術は未だに上手く出来なかった。
(何が足りない! 何で出来ないんだよ!)
忍術道場の先生が言うには、〝氣〟を腹の辺りに練り、充分に練り上げたら全身に巡らせ、最後に力を込めれば出来るらしい……。
……俺は出来なかった。
(毎日努力しているのに何で出来ないんだよ!)
手裏剣が空を切る。しかし、雑念のせいか的には当たらなかった。
(何で皆は簡単に出来るんだよっ、修行の時も、休憩時間もヘラヘラ笑いながらやっていて、俺は真面目にやって、休憩時間もずっと忍術修行しているのに何で!)
手裏剣は狙った場所に刺さらない。
(道場が終わった後も皆で遊んで、家でダラダラしているのに何で忍術が上手いんだよ! 俺は、俺なんか毎日……!)
雨の日も、嵐の日も、雪の日も鍛練を欠かしたことがないのに……!
手裏剣の軌道は滅茶苦茶で、酷いものは地面に刺さるものもあった。
「……人の三倍頑張れって」
……道場の先生は俺に言った。
お前は人よりも不器用だから、人の三倍頑張れって言ったんだ。
(だから、三倍頑張ってるよ!)
毎日、汗水垂らして! 眠い目擦って! 修行に励んでいるよ!
(……だけど、チラつくんだよ!)
俺よりも頑張っていないのに出来る奴らが横目に映って仕方がなかった。
(悔しいよ! イライラするんだよ! どいつもコイツも! 何よりも)
……何をやっても出来ない自分自身に。
(忍術も、幻術も、手裏剣も! 何やっても皆よりも出来ない!)
うんざりだった。
飽き飽きしていた。
「……何で、だよ」
手持ちの手裏剣が尽きた俺はその場にしゃがみ込んだ。
「狡いんだよっ、テキトーなくせにっ、遊んでるくせにっ」
……他人を妬むことは悪いことで、格好の悪いことなのに、俺は溢れ出す感情を止められなかった。
「……ぐすっ……何で駄目なんだよっ……うっ……」
悔しくて、やるせなくて、涙がこぼれ落ちた。
「 集中力が足らんぞ、小僧 」
――ガサッ……。茂みが揺れる音とともに一人の男が俺の前に立ちはだかった。
「……誰だよ、あんた」
俺は涙を拭って、男の名を問い質す。
「 祟部竜峰 」
見た目三十くらいの男は静かに名乗った。
――たらー……。頭から血が流れる。
「手裏剣、刺さってるじゃん!」
「お前が出鱈目な投げ方するからだ!」
俺は拳骨をくらい、思っていたよりも痛くて頭を抱えた。
「……いてて、それで何しに来たんだよ」
俺は頭を押さえながら竜峰に所在の理由を言及した。
「いや、俺の家の近くで煩かったから様子を見に来たんだが」
「……家?」
……目を凝らすと、茂みの向こう側にみすぼらしい木の小屋が建てられていた。
「……二年間、気づかなかったなんて」
俺がここで修行を始めて二年間が経っていたのにも拘わらず、ここで人が住んでいることに気がつかなかったとは随分と間抜けな話であった。
「俺は二年間お前が修行をしているのを見ていたけどな」
「……」
……何というか少し恥ずかしかった。
(……泣いたところとか見られた?)
男のプライドが傷ついた。
「……家の近くで修行をしてごめんなさい」
俺は素直に頭を下げて、木や地面に刺さっている手裏剣を回収する。
「すぐ片付けて、どっか行きます」
手裏剣を拾っては籠の中に入れていく。
「何だ、もう帰っちまうのかよ」
「……あんたには関係無いじゃん」
呼び止める竜峰に俺は素っ気ない態度で返す。
「ふん、可愛げないな……泣き虫小僧め」
「~~~~~~っ!」
やっぱり見られていたのかと俺は恥ずかしさで顔を赤くした。
「……馬鹿にしやがって」
俺は小声で毒づき、手裏剣を片付ける手を早める。
「……お前、忍者になりたいのか?」
「…………あんたには関係無いだろ」
竜峰の質問にも俺は冷たくあしらう。今はいち早くこの場から立ち去りたかったからだ。
「見た所才能は無さそうだが、本当になりたいのか? 忍の世界は凡人がなれる程甘くは無いぞ」
「……うるさい」
竜峰の言葉は一々感に障った。
「命の危機なんて当たり前だし、殺す殺されたの世界だ。正直、泣き虫小僧にはお勧めしないが」
「うるさいっ!」
俺は堪らず怒鳴り声をあげた。
「俺だって知ってるよそんくらい! だから、毎日修行してるんだろ!」
溜め込んでいた感情が怒鳴り声とともに溢れ出す。
「人一倍頑張ってるのに人一倍出来ないなんて納得出来る訳ないだろ! 毎日がむしゃらに頑張っているんだよ!」
「……」
俺の本音の怒号に竜峰は黙って耳を傾ける。
「……でも、恐いんだ」
怒りを吐き出し切り、今度は不安が残っていた。
「……俺の努力は無駄なんじゃないかって、俺は一生忍者になれないんじゃないかって、不安で不安で仕方ないんだよ」
「……」
涙が感情に押し出されて溢れ出た。
「……でも、俺はなりたいんだよ……忍者に、強くて格好いい忍者にっ」
「……」
竜峰が俺の前まで歩み寄る。
「……お前」
そして、閉ざしていた口を開く。
「 俺の弟子になれ 」
……竜峰がそう言ったのだ。
「……何で?」
「勿体無いからだ」
竜峰が俺の隣に座り、地面に刺さった手裏剣を拾った。
「……お前には確かに忍の才能は無い。だがな――見所はある」
「――」
……初めて、
……初めて認められた気がした。
「腐らすには惜しいと思った。だから、俺が育ててやる」
竜峰の鋭い眼光が俺を射抜く。
「 天下一の忍者に 」
……天下一の忍者、考えたこともなかった。
「…………なれるのかな、俺なんかに」
「それはお前次第だ」
「……」
俺は自分の掌を見つめる。
……小さくてボロボロな手であった。
(……掴めるのかな)
この手は未来を掴む手になり得るのかな?
「……」
――ギュッ……! 俺は力強く拳を握り締めた。
「……お願い……します」
「声が小さい、はっきり言え」
「……」
俺は涙を拭って、真っ直ぐに竜峰を見つめた。
「 お願いします! 師匠! 」
「 ああ、任せろ 」
俺の言葉に師匠は即答した。
「充分に期待しろ、全身全霊を俺に預けろ」
師匠が立ち上がり、木に掛けてある的を見留める。
「 猿飛佐助の一番弟子、祟部竜峰の名に懸けてお前を天下一の忍者にしてやる 」
……師匠が手裏剣を投げ、それは的のど真ん中に突き刺さった。




