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 第85話  『 夜の砂漠、追憶の鴉 』



 「……全速力で丸一日掛かるとはな」


 ……俺は一睡もせずに〝旅駆〟を使いって一国を横断し、現在、ドラコ王国近傍のゴルゴ砂漠を駆け抜けていた。


 (……流石に疲れたが、休んでいる暇はねェな)


 俺には時間が無かった。姫がいつまでも生かされている保証が無いからである。


 (姫が影武者だとバレれば生かす必要が無くなってしまう、そうなればどうなるのかはわからねェ)


 その場で殺されるか、情報を吐かせて殺すかのどちらかであろう。


 (休憩はドラコ王国が見えたら少しだけ仮眠しよう、それまでは少し無理をするしかないな)


 砂の足場は体力を奪うのだ、それに〝旅駆〟は忍の歩行術の中で最も遅いが疲労も決して馬鹿に出来ないレベルであった。

 このまま休憩も無しに殴り込みに行けば、全力を出し切れぬまま敗北してしまう恐れがあった。


 「……頼む。まだ無事でいてくれよ」


 ……俺は夜空に祈り、ドラコ王国手前まで駆け抜けた。


 ……………………。

 …………。

 ……。


 ――八年前。


 「やーい、落ちこぼれー」


 ……ここは黒羽村。紀州の近傍にある隠れ里であり、昔から多くの優秀な忍者を輩出してきた忍の里であった。


 「お前なんかが忍者なんかになれる訳ねェんだよ!」


 伊墨甲平は農夫の息子として産まれ、そして八歳になる今までずっとこの村で暮らしていた。


 「見苦しいからさっさと諦めて、親の畑でも継いじまえよ、泥太郎」


 この村には大きく分けて二つの職があり、一つは忍、一つは農業や猟師・機織り・建築等の生産者があった。


 「泥太郎じゃなくて、こ・う・へ・い! ちゃんと、名前で呼べよ!」

 「うるせーっ、農家の子供のくせに生意気言うなっ!」

 「――痛っ、殴るなよ!」


 その村で俺はよく子供達に苛められていた。


 「お前が忍者になりたいなんて言わなくなったらちゃんと名前で呼んでやるよ、ド・ロ・タ・ロ・ウ!」

 「やだよ! 俺だって忍者になりたいよ――ッイ、だから殴るなよ!」


 毎日畑の手伝いをして、顔や服に泥を付けていた……だから、泥太郎と呼ばれていた。


 「忍術道場で忍術もまともに使えないのはお前だけなんだよ! 皆の足引っ張ってるんだよ!」

 「……っ!」


 この村には忍術道場なるものがあり、そこでは引退した忍者が、次代の若者に忍術のいろはを教えていた。

 その忍術道場で俺だけがまだ一つも忍術が使えなかったのは事実である。


 「……だって、畑の手伝いとかでまともに先生からも教えてもらってないし、仕方ないだろっ」

 「違いまーす、泥太郎に才能がだけでーす」

 「……あっ、あるよ、ちょっとぐらい」


 いじめっ子の柳丸の言葉を否定する声は、とても弱々しかった。


 ……俺には忍の才能が無かった。


 忍術も幻術も人並み以下で、里の皆から落ちこぼれだと言われていた。

 毎日畑仕事をして、空いた時間があれば忍術や手裏剣操術・体術の修行をしているのに中々進歩がなかった。


 「あっ、泥太郎が涙目だぞ! 皆ぁー!」

 「何々、泥太郎が泣いてるって?」

 「うわー、泥太郎ダッセーの」


 「泣・い・て・な・い!」


 俺は柳丸や皆に背を向けて走り出した。


 「あーっ、泥太郎か逃げたぞ!」

 「逃げてない! 逃げてないもん!」


 本当は泣いていたし、逃げてもいた。


 「……畜生っ、馬鹿にしやがって、馬鹿にしやがってーっ!」


 俺は走りながら毒づく。

 だけど、俺は薄々気づいていた。



 ――俺に忍の才能が無いことに。



 気づいていた、気づいていたけど認められなかった。

 当時の俺はまだ八歳で、辛い現実を受け入れることが出来なかったのだ。


 ……しかし、そんな俺に転機が訪れる。


 ある男が俺の前に現れたのだ。

 その男は呑んだくれで、衣食住を全部自分で賄い、村人からも避けられる程の変人であった。



 ――祟部たたりべ竜峰りゅうほう



 ……後の俺の師匠になる人間であった。


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