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 第80話  『 守れなかった 』



 「予約していたロイ=ハーレインだ。商品を受け取りに来た」


 ……………………。

 …………。

 ……。


 ……グンバ地区のヘンリー街にある玩具屋を出て、俺はペルシャに教えて貰った住所へと向かっていた。

 今回作戦に参加していた軍関係者はサクラダ地区の隣にあるガーター地区に野営し、翌朝に王都へ向け前進していた。

 俺は訳をセシルさんに説明し、本隊とは離れて行動し、今に至っていた。


 (……ガーター地区とグンバ地区が近かったのは好都合だったな)


 これなら用件が終われば直ぐに本隊と合流できるであろう。


 (留守じゃなければいいんだが)


 俺の右手には大きな熊のぬいぐるみの入った袋があり、懐にはロイ=ハーレインの名前が刻まれたドックタグが入っていた。


 「……頼まれちまったからな」


 正直、気分は重かったがそれでもロイの願いには答えなければいけない気がした。

 俺は長い長い石畳の道を歩く。

 道行く人々は閑散としていて、何処からか小麦の焼けた匂いがしてきた。


 「……と思っていたら着いたな」


 色々と考えながら歩いていたら、セシルさんに教えて貰った住所に到着していた。

 白と茶色を基調とした落ち着いた風体の家であった。


 「……行くか」


 俺は心の中で深呼吸をして、ドアをノックする。


 「……」


 それから少しして足音がドア越しに聴こえてくる。


 「どちら様でしょうか?」


 扉を少しだけ開き、顔を覗かせ、婦人が俺に訊ねる。


 「伊墨甲平という者です、旦那様に頼まれて来ました」

 「……夫が?」


 忍者装束の俺をいぶかしみながらも、ハーレイン婦人は玄関を開放してくれた。


 「……それで夫に何を頼まれたのですか?」

 「これを届けるよう頼まれました」


 俺は大きな熊のぬいぐるみを婦人に差し出した。



 「 あーっ! べあちゃんだーーーっ! 」



 ――子供の大きな声に俺は少し驚いた。


 「こらっ、カノンッ。いきなり大きな声を出したらお客様が驚くでしょっ」

 「ママーッ! べあちゃんだよ! パパからのプレゼントだよ!」


 叱る婦人の言葉も興奮気味の少女の耳には入らない。


 「……すみません、カノンったら興奮していて」

 「いえ、大丈夫です」


 俺は駆け寄る少女に熊のぬいぐるみを渡し、少女は満面の笑顔でぬいぐるみを抱き締めた。


 「カノンちゃん、お誕生日おめでとう」

 「ありがとう、黒いお兄ちゃん!」


 カノンは元気一杯にお辞儀をして、俺はカノンの頭を撫で立ち上がる。


 「態々ありがとうございました……それで夫はどちらへ?」

 「……」


 婦人の問い掛けに俺は笑みを消す。


 「戦争は終わったんですよね、話は人伝に聞いていたのですが」

 「……」


 中々質問に答えない俺に婦人の笑みも消える。

 察してしまったのだ真実に……。


 「――すみません」


 俺は深く頭を下げた。


 「俺は貴女の旦那様を救えませんでした」

 「……」


 それだけで婦人は全てを察した。


 ……ここにロイが居ない理由を、


 ……ロイが俺に誕生日プレゼントを託した理由を。


 「……頭を上げてください、伊墨さん」


 婦人の許しを得た俺は頭を上げる。


 「伊墨さんが頭を下げることはありませんから」

 「……」


 俺は懐からドックタグを取り出し、婦人に手渡した。


 「一先ずこれを、他の遺留品は後日送られると思います」

 「……ありがとう、ございます」


 婦人はドックタグを受け取り、胸に抱く。


 「……家族を守りたいから夫は軍人になったんです」

 「……」


 静かに呟く婦人に俺は何も言えなかった。


 「……本当に馬鹿ですよね……私はただ……家族三人でずっといられたら良かったのに」

 「……」


 婦人の足下に滴が落ちる。


 「…………本当に……馬鹿な人」


 婦人はドックタグを胸に抱えたまま崩れ落ちる。


 「……うっ……ぅ…………」


 嗚咽を漏らし、涙が溢れ落ちる。


 「ママー、何で泣いてるの?」


 カノンが泣き崩れる婦人を心配する。


 「お腹、痛いの?」

 「……あなたっ……どうして置いて行ってしまったのっ、あなたぁ…………」


 母親を心配する娘。

 涙を流し続ける婦人。


 「……」


 ……俺はそんな二人を見ていることしか出来なかった。


 ……………………。

 …………。

 ……。


 「……少し遅くなったな」


 ……用件を終えた俺は本隊と合流すべく、夜の王都を駆け抜けた。


 (もう、王宮に帰っているのかもな)


 それはそれで特に問題は無い。直接、王宮に戻ればいいだけなのだから。

 俺は屋根から屋根へと跳び移り距離を短縮する。


 (……王宮が見えたな)


 長い大理石の階段の先にペルセウス王宮があった。


 「やっぱり先に着いていたか」


 道中に合流しなかったとはそういうことであろう。

 俺は長い階段を登り、王宮の巨大な門の前まで到着する。


 「〝猟牙ファング〟、隊長の伊墨甲平だ。門を開けてくれ」


 俺は守衛に身分を示す銀のタグを見せて、名乗りをあげる。


 「……伊墨隊長でしたか、無事の帰還喜び申し上げます」


 守衛は丁寧に頭を下げ、すぐに上げては深刻そうな顔をした。


 「何かあったのか?」

 「いえ、私どもには細部を伝えられていませんが、第一王女様が伊墨隊長が来られたら呼び出すよう命ぜられていまして」

 「……ペルシャが?」


 心当たりは無いが何か急を要する用があるのであろう。


 「わかった、すぐに行く」


 俺は少し急いでペルシャの下へと向かった。







 ――ごめんなさい、とペルシャは俺に頭を下げた。


 ……困惑して立ち尽くす俺にペルシャが続く言葉を紡ぐ。



 「 愛紀ちゃんがドラコ王国に拐われたの 」



 深く深く頭を垂れるペルシャ。


 その場に貼り付いたように立ち尽くす俺。


 「……………………えっ」



 ……俺はその言葉の意味をすぐに理解することが出来なかった。


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