第76話 『 ぶっ殺してやる 』
「…………隊長」
……無線を傍受し、ベルゼブブ小隊との戦闘から離脱した俺の前には、一匹の巨大な蝿と女の亡骸があった。
「……」
グチャ グチャ
バキッ バキッ
ボリッ ボリッ
ジュルッ ズルッ
女の亡骸は巨大な蝿に捕食され、最早元の姿など見る影もない程に崩れていた。
「……返せよ」
俺は呆然と立ち尽くす。
「……それは……俺の隊長なんだよっ」
――激情が全身に駆け巡る。
「……っ!」
気づけば、俺は飛び出していた。
「……?」
「 〝踵落〟 」
――ゴッッッッッッッッッッッ……! 全力の踵落としが巨大な蝿の頭蓋に叩き込まれた。
「……?」
「――なっ!」
……しかし、敵は至って平然と首を傾げた。
(全力の踵落としがまったく効いていないってのか
「 〝閃滅〟 」
――閃ッッッッッッッッッ……! 目映い一筋の閃光が複眼から放たれる。
「――っ」
俺は身を翻し、光線を回避する。
その光線は幾つもの建物を貫き、巨大な穴を穿った。
(……当たっていたら致命傷どころじゃなかったな)
無敵の盾に万物を貫く光の矛、正直強敵であった。
(関係ねェよ! そんなこと!)
コイツは隊長を殺ったんだ!
隊長を畜生のように喰ったんだ!
「 ぶっ殺してやるっ……! 」
〝臨界突破〟――60パーセントッッッ!!!
俺の魔力が爆発的に高まった。
――〝臨界突破〟。
……自身の潜在能力を強制的に解放し、短期的に出力を跳ね上げる〝奇跡〟である。
肉体を疲弊し、魔力を加速度的に消費する代わりに常時の数倍の火力を発揮することができた。
「 〝瞬脚〟 」
俺は一瞬で奴の背後に回り込む。
「 〝渾身一脚〟 」
――ゴッッッッッッッッッッッッッッッッッ……! 俺の全力の蹴りが巨大な蝿の横面に叩き込まれた。
「ぶっ飛べェェェェェッッッ……!」
その威力は凄まじく、衝撃で周囲の瓦礫は吹き飛び、地面は大きく亀裂を走らせた。
が
「……何で……身動ぎすらしてねェんだよ」
巨大な蝿はその場から一歩も動かず、俺を無視して隊長を捕食していた。
「……ふぅー、食った食った」
隊長を食べ終えたのか巨大な蝿は躯を起こし、こちらに目を配った。
「悪ィな、食事の途中で相手をしてやれなかったんだ」
巨大な蝿はみるみる姿を変え、やがて男の形へと変身した。
「挨拶が遅れたな。俺はゼロ=ベルゼブブ――序列は第一位だ」
「――っ!」
……道理で隊長が負けた訳だ。
化け物揃いのベルゼブブ小隊の中でも上位に位置する〝超越者〟、その〝超越者〟の中でも頂点に君臨するのがこの男であった。
「……さてと挨拶も終わったことだし」
――ゼロの姿が消えた。
「 もう死んでいいぞ 」
……俺の背後いた。
(速いとかそういう次元じゃねェ!)
ゼロが拳を振るう。
俺は腕を立ててガードする。
――ギシッ……。奴の拳を受けた腕が軋んだ。
(これはまともに受けらんねェ!)
――俺は身を翻して、奴の拳を受け流した。
「よく気づいたァ! やるじゃねェか!」
ゼロが狂笑し、今度は前蹴りを繰り出す。
「――チッ」
嫌な予感がした俺は受けずに後方へ下がり距離を置く。
「ひはっ! 腹ごなしの運動程度にしか思っていなかったが、意外にやるじゃねェか!」
「……」
……コイツに触れるのはヤベェ。
それが一連の流れで気づいたことであった。
(……奴に触れた瞬間、俺の魔力が煙みてェに霧散しやがった)
離れれば元に戻ったことから触れなければ魔力を霧散されることはないらしい。
(……それに俺の背後に回った高速移動も怪しい)
あれだけ高速で動いているのであれば、地面や空気に何かしらの影響がある筈であった。
しかし、奴の高速移動はそれらの片鱗は全く無く、髪の乱れといったものも見当たらなかった。
(――つまり)
……高速移動ではなく瞬間移動ということになる。
(無敵化に、光線に、瞬間移動に、魔力破壊……かなりヤベェな)
こちらの攻撃は通じず、向こうは一瞬で距離を詰め、防御不可の攻撃……反則過ぎて笑えてきた。
「 作戦会議は終わったか? 」
――閃ッッッッッッッッッ……! 光線が俺に迫っていた。
「まだだよっ!」
俺は脇へ跳んで光線を回避する。
「 〝樹王〟 」
間髪容れずに地面から大量の蔓が伸びてくる。
(まだ能力を隠し持っていたのかっ!)
俺は高く跳躍し、迫り来る蔓をかわす。
「 空中じゃあ回避も儘ならねェよなァ! 」
閃 滅
――閃ッッッッッッッッッ……! 空中にいる俺に光線が放たれる。
「嘗めんなよォッ!」
空 蹴
――蹴ッッッッッッッッッ……! 俺はオーバーヘッドシュートで光線を蹴り飛ばす。
「ひはっ! やるじゃねェか!」
ゼロが嗤う。
――俺の背後で。
「 〝再演〟 」
――ギュルッッッ……! 俺は更にもう一回転した。
「――おっ?」
「 〝空蹴〟 」
――ゴッッッッッッッッ……! 二撃目の〝空蹴〟がゼロの顔面に叩き込まれた。
(――完全な不意打ち、どうだ?)
「ひはっ♪」
「――」
これでも、
これでも駄目なのか。
「無駄な努力お疲れ様ァァヒャヒャヒャハーーーッ!」
――ゴッッッッッッッッ……! 顔面に拳を打ち込まれ、俺は地面に叩きつけられた。
「――グッガッ……!」
……駄目だ。
……コイツは格が違う。
俺は地面に横たわり、ゼロを見上げる。
「――♪」
――余裕。
……王者の笑みがそこにはあった。
(……100パーセント使うか……いや、無駄か)
解ってしまったのだ。コイツは格が違う。例え〝臨界突破〟の100パーセントを使っても届かないことが。
「……ここ……までか」
ゼロが俺に手を伸ばす。
俺は抵抗しない。
「……悪ィ、隊長。仇取れなかったわ」
そして、ゼロの手が俺に触れた。
瞬 間
「 諦めるには早いよ、ラビ=グラスホッパー君 」
――俺の身体は何者かに抱えられていた。
「――なっ、貴方は!」
俺は戸惑う。まさかここまで速く来るとは思っていなかったからだ。
「 オルフェウス従事長! 」
……そう、ペルセウス王宮の長にして、王国最強の守護神である老爺――センドリック=オルフェウスがそこにいた。
「少々遅れたがオルフェウス従事長以下二名、合流するよ」
遠征にはオルフェウス従事長の他にも一番隊も追従していたので、一気に戦力が増強されたのだ。
「……あんたが王国最強の守護神――センドリック=オルフェウスか」
「……」
ゼロとオルフェウス従事長が静かに対峙する。
「随分と派手に暴れていたようですな」
「折角の戦争だ、楽しまなきゃ損だろうがよォ」
オルフェウス従事長は悠然と佇み、ゼロは歪んだ笑みを浮かべる。
「ならば貴方は派手に粛清してあげましょう」
「いいね! いいね! あんた最高だよ!」
オルフェウス従事長が剣を抜く。
ゼロが右手に閃光を閃かせる。
「……」
一触即発。そんな空気の中、俺は二人の戦闘を見守る。
――そのときだ。
「 そこまでです 」
……ふわり、と二人の間にタキシードを身に纏った一人の男が舞い降りたのだ。




