第75話 『 クロエ=マリオネット小将 』
――ペルセウス軍、作戦本部。
「大将閣下、少しは休まれてはいかがですか」
……マーク中将が頭に手を当てるわたしに具申する。
「……まだ、始まってから二時間も経っていないのですよ。このぐらいで疲れたなんて言っていられません」
「ですが」
マーク中将の言わんとせんことはわかる。
わたしには人とは違う体質があった。
――超集中覚醒体質。
……集中した場合に限り、常人を遥かに超越した知能を手にする体質である。
しかし、過大な力にはそれ相応のリスクも存在する。
(――およそ三時間と四十分)
……それ以上の時間、集中すれば倒れたり、酷い目眩や頭痛に襲われたりするのであった。
(だけど、わたしは退かないよ)
皆が戦場にいるから。
皆が命を懸けているから。
(わたしだけが弱音を吐く訳にはいかないんだ……!)
それに――……。
(――後もう少し待てば戦況は好転する!)
増援が来るのだ。それも強大な。
「……だから、それまで持ちこたえてっ」
わたしは地図に目を移し、〝対特〟以外の部隊にも指示を出す。
「〝観測a〟、〝観測a〟! こちら〝00〟! 前線の状況、送れ!」
『〝00〟、こちら〝観測a〟! 座標11283588、敵戦車数3、歩兵20以上確認! 送れ!』
「〝観測a〟、〝00〟! 速やかに残存している迫撃班と連携して、敵を殲滅せよ!」
「〝観測d〟、〝観測d〟! こちら〝00〟! 前線の状況、送れ!」
飛び交う無線。
殴り書きの文字で埋まる地図。
(……わたしに戦う力は無い――だけど!)
出来ることはある!
(皆の戦いを邪魔させないこと! それが今のわたしに出来ること!)
尽力せよ。遂行せよ。
(誰も死なせてなるものか……!)
――ザッ……ズザザッ…………。
……無線機からノイズが漏れる。
「……」
――ザザッ……お嬢……ザザッ……様……ズザザッ…………。
「……クロエ、さん」
……クロエさんの声であった。
――ザザッ……申し訳……ズザザッ……御座いません…………。
「……たっ、〝対特d〟! 〝対特d〟! 状況を送れ!」
――ザッ……ズザザッ……長い……ズザザッ……暇を……ザッ……戴きます……ズザザッ…………。
「〝対特d〟! 応答せよ! 応答せよ、〝対特d〟ッ!」
わたしは無線機越しにクロエさんの応答を要求する。
グ ャ
ッ
チ
……何かが壊れる音が聴こえた。
「……おっ……応答せよ、〝対特d〟……〝対特d〟」
グチャ グチャ
バキッ バキッ
ボリッ ボリッ
ジュルッ ズルッ
「…………応答してください、〝対特d〟……応答して、〝対特d〟」
……返事は無い。
……捕食の音だけが虚しく返ってくる。
「……応答……〝対特d〟……クロエさんっ……応答してっ」
……その後、わたしは二度と彼女の声を聞くことは無かった。




