第72話 『 後方注意 』
――ペルセウス王宮。
「……皆さん、御無事でしょうか」
私は窓からサクラダ地区の方角を眺め、不安の溜め息を吐く。
ちなみに、サクラダ地区は王宮から離れている為、戦場の音も光もこちらまでは届かなかった。
これが夜なら、光ぐらいは届いたのだろうか。
「大丈夫です! お姉様が指揮を執られているのですから、我が国の勝利は間違いないでしょう!」
そう力強く力説する少女はペルシャさんの妹君であった。
「……皆、戦闘のプロ。だから、きっと大丈夫なの」
私達の警護をしているキャンディさんも頷いた。
「…………すみません、私が心配し過ぎていたのかもしれませんね」
私はカーテンを閉め、外の景色を見ないようにする……そうでもしなければ不安で落ち着くこともできなかったからだ。
(……私が心配したって皆さんの生存率は上がらない、そんなことはわかっています)
それでも心配せずにはいられなかった。
甲平とは長い付き合いであり、この王宮の人達も皆良い人ばかりであった。
それに――……。
――愛紀ちゃん!
……ペルシャさんは初めてできた友達であった。
(……失いたくありません)
……何一つとして。
私はただただ願った。
「すみません、少々お花を摘みに行って参りますね」
……心配で食事が入らなくても整理現象は訪れる。
「……一緒に付いていくの?」
「大丈夫です、すぐそこですので」
御手洗いに付いてこられるのが恥ずかしいというのもあるが、今は少しだけ一人になりたかった。
「すぐ戻りますね」
私は部屋を出て、少し離れた洗面所まで歩く。
すぐに用を足した私は手を洗い、ついでに顔も洗った。
「……」
私は鏡に映る自分の顔を見る。
「……情けない顔」
弱気そのものな顔がそこには映っていた。
――パンッッッ……。私は自分の頬を叩いて、渇を入れた。
「……皆さんの方がずっと大変なんです、もっとしっかりしなきゃですよね」
私は気合いを入れ直して無理矢理笑った。
「 やっと一人になられましたね 」
――私の背後に黒いドレスを身に纏った淑女が立っていた。
「――っ!」
淑女の白い手は問答無用で私の口を押さえ、私から声を奪った。
「御同行お願いします、ペルシャ=ペルセウス嬢」
嫌だ! 離して!
しかし、抵抗しようにも身体に黒い鞭が絡み付き身動きすらとれなかった。
「 〝黒扉〟 」
足下に黒い虚構が開かれる。
(誰かっ、誰かっ、助けてっ)
声が出せない。
身動きが出来ない。
(――甲へ
――どぷんっ……。私と淑女は黒い虚構に身を沈めた。
……………………。
…………。
……。
――ぴちょんっ……。
静寂した洗面所。
――ぴちょんっ……。
床に落ちたレースのハンカチ。
――ぴちょんっ……。
……蛇口から水が落ちる音だけが聴こえた。




