第60話 『 戦場に立つ覚悟 』
「こちら〝00〟、各中隊の被害状況を報告せよ」
――前線から約十キロ離れた作戦指揮所。
『こちら第一大隊第一中隊、死傷者2、負傷者5』
『こちら第一大隊第二中隊、死傷者4、負傷者4』
『こちら第一大隊第三中隊、死傷者1、負傷者2』
『こちら第一大隊支援中隊、被害無し』
『こちら第二大隊第一中隊、被害無し』
『こちら第二大隊第二中隊、被害無し』
『こちら第二大隊第三中隊、被害無し』
『こちら第二大隊支援中隊、被害無し』
「……」
……死傷者7に負傷者11、か。
主に前衛である第一大隊から被害が出ているようであった。
「ここまで上々ですね、大将殿」
私の補佐であるマーク中将が安堵の息を溢す。
「……はい、想定よりも被害は少ないです」
自分で言った言葉にわたしは胸を傷めた。
(……死んだんだ、七人も)
――七人。それは戦場では数えるに値しない数である。
(何千何万と平気で死ぬ世界なのは解っている)
それでもわたしは死んだ七人の存在が脳裏から離れなかった。
昨日まで生きていて、笑ったり、友人や家族と過ごしたりしていた人間が死んだのだ。
――わたしの指揮で……。
……こちらの被害を最小限にしつつ、敵の戦力を最大限に削ぐのがわたしの仕事だ。
そして、こちらの死傷者は七名でドラコ王国の死傷者四〇〇名を超えていた。
普通に考えれば大金星である。
「……」
……それでも、わたしの指揮で七名を殺した事実は変わらなかった。
(……向いてないな、わたし)
わたしは自分自身を戒める。
――わたしが軍事に興味を持ったのは十二歳の頃であった。
別に戦争に興味があった訳ではない。
別に戦争が好きだった訳ではない。
――クリスちゃんが徴兵されたからだ。
……当時はまだ騎士団長ではなかったクリスちゃんが、戦力不足に伴い徴兵されたのだ。
わたしは待っているだけでは不安になって、お父様に無理を言って作戦指揮所に連れていってもらったのだ。
初めて訪れた作戦指揮所、そこは――……。
――地獄だった。
絶え間なく報告される死亡者。
無線機から聴こえてくる断末魔。
……今までわたしが生きてきた平穏な世界は、沢山の屍の上にあることを知った。
そこでわたしは思ってしまったのだ。
……ペルシャ=ペルセウスに何か出来ることはないのか?
わたしは脆弱で戦う力は無かった。
だけど、頭は人よりもずっと賢かった。
――救いたい。
……それがわたしの願いであった。
クリスちゃんを、一人でも多くの国民を死なせたくない。そう願ったのだ。
わたしはこの頭脳を皆の為に使いたいと思った。
……その日からわたしは軍事の勉強をしたのだ。
作戦。
指揮。
地学。
兵站。
武器。
分隊動作。
……あらゆる分野を勉強した。
戦争が起きれば、お父様に無理を言って作戦指揮所まで連れていってもらった。
理解が深まった頃には提案や助言をするようになった。
最初の頃は作戦指揮所で邪魔者扱いされていたけど、わたしが結果を出す度に周りの目も変わっていった。
……そして、今ではお父様やお兄様の不在間、マーク中将の助言を貰いながら、全隊の指揮を任されるまでになっていた。
(……わたしは常に決断しなければならないんだ)
それが指揮官としての最大の責務であった。
『〝00〟こちら〝11b〟、第二小銃小隊第一小銃分隊、砲弾被爆に付き壊滅、送れ』
……また、死んだ。
「〝11b〟、〝00〟。第二小銃分隊は南北に展開し、第一小銃分隊射撃区域を援護せよ、終わり」
どんなに辛くても毅然としなければいけなかった。
わたしが弱っていれば士気の低下に繋がるからだ。
何より前線から十キロも離れ、対砲弾プレートを何重にも重ねたこの作戦指揮所で指揮を執っているわたしなんかより、戦場で戦っている彼等の方がずっと辛いのだ。
わたしに泣き事を言う権利は無い。そんなものは戦争の勝率を上げる助けにならないのだから。
(……クロエさん、死なないで)
わたしは今最も危険な戦場で戦うクロエさんの安否を祈った。
――ザザッ……。と、無線機から雑音が入った。
(……そろそろかな)
わたしは時計を確認して、身構えた。
『 〝対特〟、〝対特〟! 速やかに出撃準備をせよ! 繰り返す! 〝対特〟、〝対特〟! 速やかに出撃準備をせよ! 』
……クロエさんの声であった。
『……っ』
クロエさんの通信に作戦指揮所内がざわめいた。
――〝対特級戦力分隊〟、通称〝対特〟。
……ベルゼブブ小隊を殲滅する為に結成された分隊である。
その隊員の主はペルセウス王宮の使用人で構成されていた。
「〝対特〟こちら〝00〟! 速やかにベルゼブブ小隊を発見、殲滅せよ!」
『こちら〝対特〟、了解』
「こちら〝00〟、〝00〟! 〝対特〟を除く全隊に告ぐ! 速やかに後方へ離脱し、態勢を立て直せ!」
わたしは無線機を机に置く。
「……」
頬に冷や汗が伝う。
身体の芯が凍っていく錯覚に陥る。
心臓の鼓動がやけに不快に感じた。
(……お願い)
――生きて帰ってきて
……ただそれだけで充分であった。




