第59話 『 戦場の蜘蛛 』
……血と火薬の臭いが鼻腔を抜けた。
「……懐かしいですね、この臭い」
――遠くから銃声や砲弾の落下音が聴こえてくる。
「第一、第二迫撃砲小隊は座標11342155に、第三迫撃砲小隊は座標11362155に火力要請! 時1218から三分間! 伝達頼みます!」
私はすぐ近くにいた通信手に伝達を頼んだ。
「マリオネット大佐、マリオネット大佐ですよねっ」
すぐ近くにいた通信手が私に声を掛けてきた。
「……あなたは?」
「お初に御目にかかります。私は第一迫撃砲小隊第一観測班通信手のダリア上等兵です。大佐の武功はお噂かねがね聞いております」
「……そっ、そうですか」
……何だか少し気恥ずかしかった。
「〝軍神〟の戦いを間近で見れるなんて光栄です!」
「……それは構いませんがあまり前に出過ぎないようお願いします」
正直、巻き込まない自信は無かった。
「これから三分後に砲弾が落下します。そして、最終弾弾着と同時に私が前衛を制圧します」
「……」
「なのでお見逃しになさらぬように」
私はダリア上等兵に微笑んだ。
「―― 一瞬で片付けますから」
「――」
――12:21
……戦場に土煙が舞い上がる。
……一瞬の静寂。
朧 糸
――〝朧糸〟が砲弾によって瓦解した煉瓦の建物に伸びる。
「 〝収縮〟 」
――〝朧糸〟が収縮し、私の身体は一瞬で前衛の中央へと移動する。
鋼 糸
――兵士らが私に銃口を向ける。が、遅い。既に無数の〝鋼糸〟が小銃や身体に巻き付いていた。
「 〝強縛〟 」
――糸が張る。
「 〝切断〟 」
――斬ッッッッッッッッッ……! 兵士も小銃も何もかも輪切りで切断された。
……血飛沫が舞う。
「――〝戦場の蜘蛛〟っ」
誰かそう呟く。
飛び散った鮮血が地面に落ちるよりも速く――私は少し離れた路地裏に糸を張る。
「――〝収縮〟」
糸が収縮し、私は路地裏に滑り込む。
――同時。つい先程まで居た場所に無数の銃弾が撃ち込まれた。
「反応は悪くありませんね」
私は遮光ゴーグルを装着し、照明弾と手榴弾を敵陣に投げる。
「しかし、少し遅いです」
――閃ッッッッッッッッッ……! 照明弾が炸裂し、間髪容れずに手榴弾も炸裂した。
「――ぐあっ!」
「――っ! 前が見えねェっ!」
目映い閃光と手榴弾の爆発で敵陣は混乱する。
その隙に私は敵陣を駆け抜ける。
やがて、照明弾の光は収まり、視界が蘇る。
「――強縛」
……既に二個小隊もの兵士の身体には無数の〝鋼糸〟が絡み付いていた。
「 〝切断〟 」
――ドパッッッッッッ……! 大量の鮮血が戦場に飛び散った。
「――っ」
……微かにキャタピラ音が聴こえた。
――盛大な発砲音と共に120㎜砲弾が私に迫り来る。
「 〝切断〟 」
私は砲弾の射線に〝鋼糸〟を張り、120㎜砲弾を切断した。
切断された砲弾は左右に軌道を拡げ、建物を破壊する。
「そちらですか」
〝鋼糸〟が戦車のキャタピラに絡み付いた。
「 〝切断〟 」
キャタピラが破壊され、戦車が静止する。
朧 糸
――戦車に糸が張る。
「 〝収縮〟 」
糸が収縮し、私は宙を舞い、砲身体の先端に着地する。
そして、砲身の中に手榴弾を入れ、直ぐ様離脱した。
(……3……2……1)
――戦車から爆発音が響き渡る。
「撃てェッ……!」
無数の銃弾が私へ放たれるも、私は再び路地裏へと滑り込む。
「〝11c〟、〝11c〟! 座標11362157に砲弾一発撃ちこめ!」
私は無線機で火力要請をする。
『――〝11c〟了解』
私が隠れている路地裏に銃弾が撃ち込まれる。
(……3……2……1)
私は耳を塞ぐ。
次 の 瞬 間 。
――轟ッッッッッッッッッ……! 敵陣に砲弾が落下した。
(――今ッッッ……!)
私は混乱に乗じて、敵陣に切り込む。
「〝強縛〟」
……それから私はひたすらに戦場を駆け抜けた。
「〝切断〟」
……殺しては乱して、時折迫撃砲の力も借りながらひたすらに敵を殺し続けた。
「〝収縮〟」
そして、最初の砲弾落下から十五分弱。
……私は一個機械化大隊の八割を壊滅していた。
「……腕が鈍っていなくて良かったです」
明らかに敵軍に勢いが無くなっており、遮蔽物の陰で一息吐く余裕もあった。
(……雑兵は大方片付けましたかね?)
しかし、戦いはまだ終わっていなかった。
(ドラコ王国にはまだ彼等がいます)
――ベルゼブブ小隊
……計十七人で構成された最小にして最強の戦力。
(彼等を討たなければ我等の勝利は有り得ません)
そこで私は気がついた。
「……隊が退いた?」
……そう、先程までこちらに銃撃を撃ち込んでいた小隊が下がっていたのだ。
「……」
――私はこの感覚を知っていた。
嵐の前の静けさ。
不吉の前兆。
(――ということは?)
私は苦笑いを浮かべ、上空を見上げた。
――蝿
……そこには数匹、人間大の蝿がいた。
「来たか」
私は直ぐ様、無線機を手に取り、通信した。
「 〝対特〟、〝対特〟! 速やかに出撃準備をせよ! 繰り返す! 〝対特〟、〝対特〟! 速やかに出撃準備をせよ! 」
気合いを入れろ。
準備体操は終わりだ。
「……正念場ですね」
……ここからが本番だ。




