第5話 『 忍の七つ道具 』
「俺は勝つ――この、〝忍の七つ道具〟で……!」
……俺は巻物を取り出した。
(……並の人間であれば奥の手を一つ持てばいい)
……それは俺の師匠の言葉であった。
(……軍師であれば、奥の手を五つ持てばいい)
……だが、忍は時に欺き、時に狡猾でなければいけない。
故に、手の内を全て晒すことは忍として死と同義であった。
「忍は奥の手を七つ持つべし」
それが〝忍の七つ道具〟、俺の七つある奥の手だ。
俺は巻物を広げ、その名を呼んだ。
「 出番だ――〝鬼紅一文字〟 」
同時。巻物から一本の鞘に収められた日本刀が飛び出した。
俺はその一振りの剣を掴んだ。
「待たせたな、クリス」
「セシル殿に何を吹き込まれたかは知らぬが、貴様は私には勝てぬぞ」
クリスは刃を構えた。
「次の技で仕留める」
「ああ、俺もだよ」
俺は〝鬼紅一文字〟を腰に差し、居合いの構えをした。
クリスは抜き身の刃、俺は収められた刃、各々の構えで対峙した。
――集中
俺は極限まで集中力を高めた。
目を瞑り、視覚以外の全てをクリスへ向けた。
「……」
「……」
硬直する二人。
吹き抜ける風。
先に動いたのは?
――ドッッッッッッッ……! クリスが圧倒的な加速で飛び出した。
「極技――」
クリスの刃が空を切る。
俺は眉一つ動かさない。
後 殺 刃
――クリスが俺の手前に刃を振り抜き、地面に〝風刃〟を叩き込んだ。
〝風刃〟は地面を吹き飛ばし、礫は飛び散り、土埃が舞い上がる。
そ の 一 瞬 。
――クリスが俺の背後に回り込み、俺のうなじを狙う。
――そこで俺は初めて動いた。
「神速抜刀――……」
俺は母指球を支点に身体を翻した。
――〝鬼紅一文字〟
……俺が修行時代に一ヶ月間、一日も休まずに打ち続けて造り上げた最強の一振りだ。
その切れ味はまさに鬼神の如し。岩も、柳も、鉄もありとあらゆるものを切り裂いた。
何でも斬れるこの刀にはたった一つの技しか存在しなかった。
何せ何でも斬れるのだ。小細工は要らなかった。
ただ速く、
何よりも速く、
斬る。
ただ、それだけを追求した。
その技の名は――……。
刹 那
――斬ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ……!!!
……クリスの刃が切断された。
折れた刃は宙を舞い、地面に突き刺さる。
……クリスの鎧も砕け散る。
鉄の欠片が地面を転がった。
「なっ……!」
「剣と鎧を破壊した――お前の敗けだ」
俺は〝鬼紅一文字〟を鞘に収め、クリスは膝を地面についた。
「約束通り、俺と姫の屋敷への滞在を許可してもらう」
「……くっ」
クリスの刀や鎧は破壊されたが、身体は傷一つ付いていなかった。
俺は居合いの瞬間、僅かに後ろへ下がり、クリスを傷つけないよう調節したのだ。
この勝負は真剣勝負で、彼女も俺を殺そうとした。
しかし、俺がクリスを殺したところで、ペルシャは悲しむし、賭けの為にクリスが死んだとなれば姫も辛いだろう。俺自身も好き好んで人殺しをしたくなかった。
だから、これでいい。クリスは屈辱だと思っているだろうがこれでいいのだ。
「……私の完敗だ。好きにするがいい」
「ああ、そうさせてもらう」
敗者に必要以上に話す言葉はなかった。プライド高い彼女のことだ、余計な慰めは逆効果であろう。
「あー、団長負けちゃったよ」
……騎士団員の中の誰かが呟いた。
「まあ、団長、俺より魔力が少ないしぶっちゃけあんま強くないんじゃね」
……別の誰かが反応する。
「そうそう、やってることも基礎の基礎だし、王女の幼馴染みってだけで団長に選ばれたんだろうな」
「……」
クリスが静かに俯いた。
コイツらクリスのことが気に入らなかったのだ。
セシルさんの話によれば、最初は才能もなく、名もない騎士だったそうだ。
そんなクリスがぐんぐん力をつけ、気づけば騎士団長にまで出世したのだ。他の騎士が妬むのも無理はない。
しかも、クリスはペルシャの幼馴染みで、女の子で、歳も若い。突っつくネタには困らなかった。
そんな目の上のたんこぶであるクリスが、無様にも今日来たばかりの男に敗れたのだ。奴等にとってはかっこうのネタになるに違いなかった。
……奴等の気持ちはわからない訳ではない。
確かにクリスは高圧的な態度だし、女の子らしい可愛げもなかった。
「所詮は女、俺達ペルセウス王国近衛騎士団の団長には相応しくな
「 黙れ 」
……だが、気に食わなかった。
「戦ったからわかる。クリスの技はどれも一朝一夕でできるような簡単なものじゃない」
……クリスには才能がなかった。
「毎日、朝も昼も夜も修行して、悔しくても、手に豆ができても剣を握り続けていたんだ」
……だからこそ、昔の自分と重ねてしまったのかもしれない。
「クリスを、クリスの努力を簡単に笑ってんじゃねェよ……!」
俺は騎士団を睨み付け、騎士団は沈黙した。
「クリス」
俺は騎士団からクリスの方を向く。
「お前の剣、凄かったよ。また手合わせしような」
「……っ」
俯いていたクリスは俺の方を見た。
「あっ、ありがとうっ」
「おう!」
クリスが柄にもなく感謝の言葉を述べ、俺はそれに応えた。
……かくして、クリスとの勝負は俺の勝利で終わりを告げた。