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 第56話  『 〝軍神〟、クロエ=マリオネット 』



 ――ペルセウス王国、国王執務室。



 「お待ちしておりました、クロエ=マリオネット」


 ……お父様の執務室に入室したクロエさんに、わたしは静かに招き入れた。


 普段はお父様の執務室であるが、現在お父様やお兄様が席を外されているのでわたしが使用していた。


 「ご機嫌麗しゅう御座います、代理国王様」


 クロエさんが仰々しく頭を垂れる。


 「わざわざ執務室まで呼びつけたことから察します――出撃で御座いましょうか?」

 「察しが良くて助かります、流石は嘗ては〝軍神〟とまで呼ばれていただけはありますね」

 「私には過ぎた称号で御座います」


 話がわかるのであれば余談は不要であった。早急に本題に移るべきであろう。


 「昨日、ドラコ王国より伝令が来ました。そして、その内容は――……」


 「……」


 「我が国に対する侵略宣言。本日より六日後の正午、ペルセウス王国東部サクラダ地区にて進軍する。とのことでした」


 「……」


 大方の予想は付いていたのか、クロエさんに驚きの色は見当たらなかった。


 「開戦を避けたくば国土の西部及び第一王女を譲渡せよ、それ以外の条件は寛容しない。とのことでもありました」


 「……」


 「これより代理国王として一番隊隊長――クロエ=マリオネットに命じます。ペルセウス暦511年5月11日より終戦までの間、貴官には第一前衛小隊長の任を与えます」


 「御意、主の仰せのままに」


 わたしの命にクロエさんは間髪容れずに応えてくれた。


 「このマリオネット小隊長、必ずしもペルセウス王国に栄光と平和をもたらすことを誓いましょう」


 「期待しております、マリオネット小隊長」


 わたしは毅然とした態度で彼女の意志を聞き入れた。


 「……話は以上です。一番隊副隊長を呼んできてください」

 「御意、すぐにこちらへ向かわせます」


 クロエさんは無駄なこと何一つ言わずに一礼し、わたしに背中を向け、扉のドアノブに手を伸ばす。


 「……御武運を」


 「……」


 わたしは小さく呟き、クロエさんは何も言わずに執務室を後にした。


 「……」


 クロエさんが居なくなってからしばらくの間、わたしは執務室の中にいた。


 「……何で……戦争なんてしてくるのかな」


 わたしの声は微かに震えていた。


 「……何で……お父様もお兄様もいないのかな」


 机上に落ちた滴が水の玉となる。


 「……何で……大切な人を戦場に送り出さないといけないのかな」


 肩の震えは収まらない。恐くて恐くて仕方がなかった。


 「……死なないで、クロエさん」


 わたしには戦う力は無い。


 「……お願い、生きて帰ってきて」


 第一王女として決断することしかなかった。


 国土を守る為、

 国民を守る為、


 ――決断しなければいけなかった。



 ……それが例え、大切な人を危険に晒すことになろうとも。








 「――クロエさんならさっき執務室に呼ばれてたぞ」


 ……クロエさんの所在を訊いてきたラビに俺は質問に答える。


 「……執務室? 国王様も居ないのにか?」

 「そんなこと俺に言われても知らねェよ」


 俺の返答にラビが首を傾げた。


 「……隊長……執務室……これはもしかするともしかするな」

 「何だよ、気になるんだが」

 「……」


 俺の反応にラビが周りに目を配らせ、誰にもいないことを確認した。


 「……ここだけの話だが、俺と隊長は元軍人だったんだよ」


 ……初耳だった。しかし、驚きはなかった、何となくそんな感じはしていたからだ。


 「俺は最近だが、隊長は大分前に辞めて、今はこの屋敷で働いていたんだ」

 「……何で辞めたんだ」


 「――要るか、理由?」


 ……ラビの声は酷く冷たかった。


 「好き好んでいる場所じゃねェんだよ、戦場って奴は」

 「お前は好きそうだけどな」

 「……お前、デリカシー無いってよく言われるだろ」


 ……最近、よく言われる。


 「俺にも事情があんだよ……たぶん、隊長にもな」

 「……」


 ……そう吐き捨てるラビの表情は少しだけ儚さを帯びていた。


 「俺も何度か戦場で隊長を見たけどよ、凄かったぜ。巷じゃあ、〝軍神〟なんて呼ばれていたぐらいだったよ」

 「……〝軍神〟」


 まさか、クロエさんにそんな過去があったとは……まだこの世界に来てから一ヶ月も経っていなかったとはいえ、知らないことが沢山あった。


 ……いや、ちょっと待てよ。


 「……待て、ラビ。クロエさんが呼ばれたってことは、まさか」



 「 ああ、戦争が始まるかもしれねェ 」



 ……マジかよ。


 「これで次に俺が呼ばれるようであれば――〝確定〟だな」


 「……」


 俺も忍だ。何人も殺してきたし、戦場を何度も駆け抜けてきた。

 だが、慣れているからといって好きになる訳でもなかった。


 血と火薬の臭い。

 飛び交う怒号と悲鳴。


 ……正直、うんざりだった。


 「……呼ばれないことを祈るよ」

 「あんまり期待しない方がいいと思うぜ」


 俺とラビは二人して溜め息を吐いた。



 「 副隊長、丁度いい所にいましたね 」



 ――クロエさんが俺とラビの元へ駆け寄ってくる。


 「ペルシャ様が呼ばれている」


 ……嫌な予感がした。



 「 執務室へ早急に向かってください 」



 ラビは執務室へ向かう。


 クロエさんは自分の仕事に戻る。



 「……確定、か」



 ……残された俺は一人呟いた。



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