第50話 『 〝暴食〟 』 《G》
……これから私が語る内容は全て真実である。
私は第八魔術特科中隊T.care所属しているルミナ=ハルシオン。階級は一等兵で主に負傷者の救護が任務である。
戦闘の適性はないが、魔術を使わない衛生兵であれば従軍できた為、給与の充実している軍を志願して今に至っていた。
「……銃声、煩いなぁ」
ここは南テルー王国のザルバ街、普段は賑かな街並みは今も別の意味で賑やかであった。
「ホントに勘弁して欲しいです、何でウチに侵略してくるんですかね」
……私が生まれ育った南テルー王国は現在、近隣にあるドラコ王国から攻撃を受けている。
「我が国には広大な鉱山や油田があるしな、それに内陸部に位置するドラコ王国からすれば、海岸部に位置する我が国を侵略することで、更なる国土拡大の足掛かりにしようという算段なのだろう」
私の疑問に上司である軍医班長のフロック技官が答えてくれる。
フロック技官は基本的に険しい顔と口調をして、看護師や衛生兵からも恐れられている鬼技官だ。
「そんな余計なことを考えている暇があるのならば、双眼鏡で前衛でも見てきたらどうだ」
「いっ、行ってきまーす」
私はフロック技官から逃げるように収容所から外へ出た。
「……こんなんだから、婚期を逃すんですよ」
私は小声で愚痴を溢して、高台に上り、前衛の方を双眼鏡で覗き込む。
「……………………何、あれ?」
そして、戦慄した。
……天から天使が降りてきた。
(……いや、天使じゃない)
――蝿
……それは巨大な蝿。腕と脚が異様に発達した人間サイズの蝿であった。
(……聞いたことがある)
――ドラコ王国には〝暴食〟の血族が加担している。
( ベルゼブブ家……! )
……この世界で敵に回してはいけない一族の一つ。
その一族がこの戦場に舞い降りたのだ。
しかし、そんな一族に対峙する男達がいた。
( 〝特戦暗部〟……! )
我が国が誇る最強の魔術兵士だ。その戦力は一人で一騎当千、文字通り我が国の最高戦力であった。
――その数は七人。
〝百銃〟のバレット
〝腐蝕〟のメサイア
〝波懐〟のグロウ
〝千影〟のシャドウ
〝閃殺〟のレザー
〝樹海〟のガロン
〝混沌〟のクリムゾン
(……どちらが勝つのか全く想像できない)
対峙する両雄。
静まり返る戦場。
……そして、死闘が始まった。
「……………………嘘」
……私は双眼鏡越しの光景に戦慄した。
「……全……滅」
そう、全滅していた。
ベルゼブブ家と〝特戦暗部〟との接触から三分。
……〝特戦暗部〟の七人が絶命していた。
「……何なの、あの化け物」
圧倒的であった。〝特戦暗部〟の攻撃は一切通じず、ベルゼブブ家の攻撃は一撃一撃が必殺であった。
そして、何より留目の刺し方が印象的であった。
――喰
……そう、喰われたのだ。頭から爪先まで全部。
(……化け物だ。あんな生物に勝てっこないっ)
そう思った瞬間――……。
――ドンッッッッッッッ……! 私がさっきまで居た収容所に〝何か〟が 落ちた。
「――っ!」
何が! 何が落ちた!?
……しかし、その疑問は直ぐに晴れる。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ……!」
――収容所から同僚の声が響き渡る。
最悪な想像が脳裏を過る。
恐怖で汗が退く。
――パンッ、パンッ……。銃声が収容所の中から響き渡る。
(……戦闘!)
しかし、直ぐに静寂が訪れる。
――ゴロッ……。収容所の入り口から〝何か〟が転がり出る。
「――」
……フロック技官の生首であった。
「兵站の破壊は戦争の基本ですね」
「オラは前線で暴れる方が好きだけどなー」
続いて男が二人、収容所から出てくる。
(……人間、じゃない)
そう思うのには理由があった。
――羽根
……男達には蝿に似た羽根と悪魔のような長い尾が生えていた。
(……奴等もベルゼブブ家?)
どうやら蝿の姿以外に人の姿にもなれるようであった。
「……………………逃げないと」
何にしてもこの場所は危険である。
「……あれ?」
そこで私は気づく。
――二人の男の姿が消えていた。
「 何をお捜しですか、お嬢さん♪ 」
……否、私の背後に立っていた。
「――ひっ」
私は堪らず尻餅をつく。情けないことに腰が抜けて動けなかった。
「おやおや、そこまで怯えられるとは少々傷つきますねぇ」
糸目の男が眼鏡の位置を直して妖しげに嗤う。
「オラは別に恐がってくれた方が好きだけどなー」
大柄な男が呑気に笑う。
「まったく、貴方という人は本当に悪趣味ですね、ヘドが出ますよ」
「でへへ」
「……褒めていませんよ」
男達は私を無視して会話をし始める。一方、私は恐すぎて気が気でなかった。
「おっと、すみませんね。私は別に貴女に手を出すつもりはありませんよ」
糸目の男は紳士的に一礼する。
「女性に手を出すのは私の趣味ではありませんからね」
それだけ言って糸目の男は私に背を向け、歩き出す。
「それでは良い戦場を」
「……」
……助かったの?
何だかよくわからないが、あの糸目の男は私を見逃してくれたようであった。
「……助かった」
まだ腰が抜けて動けないが、治ったらすぐにでも安全な場所まで逃げよう。
「……」
……あれ?
……何で、大柄な男はまだ居るのだろう?
「……」
……何で蝿の姿になっているの?
「……」
……何でこっちに歩いてきているの?
「悪いなぁ、姉ちゃん」
目の前まできた巨大な蝿の複眼が私の姿を捉える。
「オラ、女の悲鳴を聞きながら女を喰うのが大好きなんだぁー」
「――っ」
巨大な蝿は同じく巨大な顎を開き、私の脚を摘まみ挙げる。
「お願いっ、やめてっ……!」
その口は私の右脚を容易く覆う。
「何でもしますからっ、だから、お願いしますっ、食べないで、食べないでくださいっ……!」
私は必死に懇願する。
しかし、蝿は何も言わない。
「死んじゃうからっ、本当に死んじゃうからっ……!」
私は動く腕で蝿の腕を殴るも、蝿は一切動じない。
「死にたくないですっ! 離してくださいっ! お願いしますっ! お願いし
「 いただきまぁす♪ 」
……そして、私の身体は蹂躙された。
「あっ」 ガリッガリッ
ゴリッ 「――ッア」 バリッ
バリッ
「やめっ」 じ るっじ るっ
ゅ ゅ
ゴ 「……ぁっ」
リッ
ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリッ
「ァァァァァァァァッ」 バキッ
ゴクッゴクッ 「……早く……殺して」
ゴリッ ゴリッ ゴリッ 「……お母……さん」
ずるるるるるるるるるるっ……!
「……ぁっ……ぁっあっ」 ゴリッ
バリッ じゅるっ
バリッ 「……あっ」
グ チ グ ッ バキッ
ゃ ちゃ バキッ
ゴリッ ゴリッ ゴリッ
じゅるっ ずるるるるるるるるるるっ……!
――時一七三六、終戦。
総死者数、八万三千二百十一人。
参戦したベルゼブブ小隊の人数、十七名。
ベルゼブブ小隊、戦場到着時間、時一七〇九。
ベルゼブブ小隊の戦場滞在時間――……。
――二十七分三十一秒




