第4話 『 忍者VS騎士 』
「セシルさん、服ありがとうございます」
「いえいえー♡」
俺はセシルさんから乾いた忍者装束を返してもらい、それを身に着けた……どうやって乾かしたのかは謎である。
(……戦うならこの格好じゃないとな)
長年付き添ってきた戦闘衣はとても身体に馴染んでいた。
「準備は終わったのか?」
律儀に俺の仕度を待っていてくれたクリスは既に刃を抜き臨戦態勢であった。
早く殺りたくて仕方ないという感じであった。
「ああ、いつでも準備オーケーだぜ」
「すぐに減らず口も言えなくなるぞ」
俺は小太刀を抜き、クリスは大剣を構えた。
(……構えから見て、実力は充分だな)
シンプルな両手の構えだ。しかし、隙は無く、四方八方如何なる不意打ちであろうと対処できるであろう構えであった。
隙は無い。間違いなく強敵であった。
「来ないのか?」
「西洋にはレディーファーストとかいう風習があるんだろ、合わせてやるよ」
「馬鹿が」
――トンッ……。クリスは既に俺の背後に回り込んでいた。
(――速いっ)
まさに目にも止まらぬ速さというべきか、およそ十メートルはあった間合いを一瞬で詰めたのだ。
――クリスが刃を振り下ろす。
――俺は小太刀で受け――流した。
(――これはっ)
「意外に聡いな」
――斬ッッッッッッッッッッッッ……! 白銀の刃が空を裂き、地面さえも切り裂いた。
「なんつぅ切れ味だよ!」
「甲平っ!」
――姫が俺の名を呼ぶ。
「 〝九連〟 」
――ゾクッッッッッッッ……! 背筋が凍るような錯覚を覚えた。
「 〝葬刀〟 」
――それは一瞬の出来事。
瞬きする間に九つ斬撃が空を切った。
「 あ 」
ぶねェ~~~~~~~っ!
俺は高速九連斬を紙一重でかわし切った。
「やるな、〝九連葬刀〟をかわし切るとは強ち口だけではないようだ」
「お前こそやるな。今の技、初見でかわせる奴はそうはいねェぜ」
「嫌みか?」
「好きに受け取れよ」
……余裕ぶっているとはいえ、クリスの剣の腕は確かのようであった。
とはいえ、クリスが近接戦闘主体の戦士であることはわかった。
俺は一旦後ろへ下がり、同時に煙玉で煙幕を張った。
「視覚殺しからのー」
――俺は計八つの手裏剣をクリス目掛けて投げつけた。
(八方向から放たれる手裏剣を見えない状態でどう凌ぐ……!)
「 〝九連葬刀〟 」
――手裏剣が打ち落とされる音が煙幕の中から聴こえた。
(――全部、打ち落としやがっ
「 馬鹿が 」
――煙幕の中から何かが放たれた。
「――っ!」
「斬撃は一振り残っているぞ」
――俺は身を屈ませるも、見えない何かに肩を裂かれた。
「――っ」
……これは〝九連葬刀〟、最後の一振りか!
「〝風刃〟――刃に纏った魔力を斬撃と共に飛ばす技……お前の国では知られていないようだな」
「……ああ、知らねェよ」
「ならば、教えてやる」
――トンッ……。又も、クリスは俺の背後に回り込んだ。
「これが〝飛脚〟――魔力の爆発による加速によって為す高速走行術だ」
――振り下ろされる斬撃。
「――火遁」
――俺は身を翻して斬撃をかわし、空中でクリスの方を向く。
火 龍 熱 焼
――轟ッッッッッッッッッッッッ……! 業火がクリスを呑み込んだ。
「破ッッッッッッ……!」
――クリスがそのまま業火を突破した……その鎧や皮膚には焼け跡すら見当たらなかった。
「〝魔装脈〟――全身に魔力の膜を張り、防御力を高める技だ」
「――っ!」
俺はクリスから距離を置こうとするが――遅い。
――ドッッッッッッッッッッ……! 刃が俺の胸を貫いた。
「仕留めた」 「こっちがな」
―― ボンッッッ……! クリスが貫いた〝俺〟が弾け飛んだ。
「身代わりの術だ! 覚えとけ!」
「――っ」
――ジャリッ……! 俺はクリスの懐に潜り込んだ。
「 ブッ飛べ 」
――ゴッッッッッッッッッッッッッッ……! 俺の渾身の裏拳がクリスの腹に炸裂した。
「――ッッッッッッッッッ……!」
クリスは勢いよく吹っ飛ばされる。
が、地面に落下すると同時に肩を地面に当て、その反動で跳ね上がり、更に空中で一回転し、綺麗に着地した。
「……余裕かよ」
「中々いい一撃だった。〝魔装脈〟を打撃点に集中させなければ危うかったぞ」
……俺の渾身の一撃はほとんど効いていないようであった。
「……予想以上だな、クリス=ロイス」
思わぬ強敵に、俺は溜め息を吐く。
「 強いですか、クリス様は 」
――俺の後ろにセシルさんが立っていた。
「……はい、強いですね」
俺はセシルさんの問い掛けに素直に頷く。
「彼女はこの国の騎士で一番強い騎士です。ですが、彼女は最初から最強ではなかったのですよ」
俺はセシルさんの話を大人しく聞くことにした。
「魔力量も人並みよりも少なく、剣術も当時は並の兵士より劣っておりました」
……確かに、今の戦いも魔力を大量に使っている様子は見られなかった。
「それでも、彼女は幼馴染みであるお嬢様を護る騎士になるべく死にもの狂いで努力して、少ない魔力で戦える技術を学び、剣術も騎士団最強と呼ばれる域まで鍛え上げました」
「……」
――クリスは強さは努力故の強さである。ということだ。
「天才とは違い、努力で積み上げた者には小細工は通用しません。彼女こそが努力の最高到達点。そんなクリス様に甲平様は勝てますか?」
「……」
クリスは強い。剣術も魔力の技術も一流の域を越えていた。
俺の忍術も通用していないことはないが、彼女を倒す決定打にはならなかった。
「セシルさん、話を聞かせてくれてありがとうございます」
俺はセシルさんに背を向け、クリスの方を見つめた。
「あいつが死にもの狂いで頑張ってきたことはわかりました」
セシルさんの話が本当ならクリスはとても辛い修行を乗り越えたのだろう。
「だからこそ、俺はあいつの、クリス=ロイスの本気に応えたくなりました」
――落ちこぼれ
……俺も最初はそう呼ばれた。
諦めろ
見苦しい
身の程知らず
……何度も言われた。
(……辛かったよな、苦しかったよな)
だから、クリスの辛さはよくわかった。
「俺は勝つ」
だからこそ、クリスには勝ちたくなった。
「この――〝忍の七つ道具〟で……!」
……俺は巻物を取り出した。