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 第38話  『 幼女の昔話は言うほど昔じゃない 』



 「紅茶とコーヒー、どちらがよろしいでしょうか?」

 「えっと、コーヒーでお願いします」


 ……俺はクロエさんの部屋に招き入れられ、コーヒーをご馳走になっていた。


 「砂糖とミルクはどうされますか?」

 「苦いの苦手なんで砂糖多めお願いします」

 「承りました」


 クロエさんは頷き、そう言って出されたのは――……。



 ……山盛りの白砂糖しか見えないティーカップであった。



 盛 り す ぎ だ よ !



 「……あの、クロエさん」

 「すっ、すみません。砂糖少なかったですか?」

 「いや」



 盛 り す ぎ だ よ !



 「……?」


 意外に天然なのか、クロエさんは可愛らしく首を傾げる。


 「……いえ、戴きます」


 可愛かったので俺はツッコミを封印して、コーヒーという名の盛り砂糖を口へ運んだ。


 ……塩だった。


 ……盛り塩だった。



 盛 り 塩 だ っ た よ !



 「……?」


 またも、可愛らしく首を傾げるクロエさん。


 「……えっと、キャンディの話でしたっけ?」


 ……俺はツッコミを抑えて、本題に入ることにした。


 「はい、その件で伊墨さんをこちらまでお呼びいたしました」

 「わかりました。こちらこそ聞かせてもらってもよろしいでしょうか」


 俺は静かにティーカップを机に置いた……二度と口に付けることはなかった。


 「それではお話いたします、キャンディ様と私の昔話を――……」



 ……クロエさんはペルセウス王宮で働くまで、同じくペルセウス王国内で暮らす貴族の屋敷で働いていたそうだ。


 「私はこちらへ来る前、西のリーバー地区を治めるロッド=ドルトナート伯爵という男の屋敷で働いておりました」


 ドルトナート伯爵は珍しいものが大好きで、ずっと欲しがっていたものがあったそうだ。


 「――〝シントリチュアル〟。生まれつき二つの〝奇跡スキル〟を天から与えられた子供をドルトナート伯爵はずっと捜しておりました」

 「……」


 クロエさんの話を俺は静聴する。


 「そこで見つけたのが貧民街で見つけたキャンディ様でした」


 キャンディは同じくペルセウス王国で暮らし、両親と三人で暮らしていたそうだ。


 「ドルトナート伯爵は大金を両親に払い、キャンディ様の両親は二つ返事でキャンディ様を手離しました」


 ……それは本当に簡単に、何の迷いも無かったそうだ。


 「しかし、キャンディ様はそれを知らないのです。キャンディ様は誰よりも無垢で、自分は両親に愛されていて、いつか自分を迎えに来ると思い込んでいるのです」

 「……ちょっと、いいですか?」


 俺は気になることがあったので、クロエさんの話を中断した。


 「キャンディには人の心を読む力がある。それなのに、どうしてそんな勘違いが生まれたんですか?」


 ――〝心眼ハートアイ〟。クロエのこの〝奇跡スキル〟には、かなり苦戦させられたものである。


 「世の中、純粋なクズは沢山います。そして、純粋なクズは得てして、自身の行為に対して後ろめたさを感じることはありません」


 ……つまり?


 「これは推測ですが、彼等がキャンディ様に対して「(高い値で売られてくれて)ありがとう」と思っても、キャンディ様には「ありがとう」としか読み取ることができないのです」


 ……?


 「純粋なクズであれば、娘を売りに出すことに対して弁解や後ろめたさを感じることはなく、ただ純粋に感謝の気持ちだけが残るのです」


 ……???


 「つまり、キャンディ様の〝心眼〟も完全ではないのです」

 「なるほど」


 ……最初からそう言ってくれたら良かったのに。


 「キャンディ様は今も人でなしの両親が迎えに来るのを待っています……もう、二度とキャンディ様の前に現れないことも知らずに」


 ……クズとか人でなしとか、クロエさんはよっぽどキャンディの両親が嫌いなようである。


 「クロエさんやドルトなんちゃら伯爵は、キャンディに本当のことを教えてあげなかったのですか?」

 「言えませんよ、そんなこと」


 クロエさんが悔しそうに奥歯を噛み締める。


 「キャンディ様は心の底からあのクズ親を愛しています。そんなキャンディ様に、このような真実は残酷過ぎます……!」

 「……っ! そういえば、どうしてキャンディとクロエさんは王宮で働いているんですか?」

 「……」


 ……それ、このタイミング訊く? という眼差しを向けられた。仕方ない、気になってしまったのだから。


 「偶々、街の視察に来ていたお嬢様がキャンディ様を見初められ、「かっ、かっわい過ぎるぅ!」と奇声をあげ、王宮へ連れていき、私もその後を追い、今に至ります」


 「誘拐じゃねェか!」


 「……?」


 「……? じゃないよ! 誘拐だよ!」


 「誘拐……つまり、勧誘ヘッドハンティングということですか?」


 「誘拐だよ!」


 ……駄目だ。この人、話が通じない。


 「……えー、こほんっ。クロエさんの話は大体わかりました」


 つまり、キャンディは大金欲しさに貴族に売られ、キャンディ自身はそのことに気づいておらず、今も両親の幻影に囚われている、ということのようである。


 「……それって、普通に全部話した方が早くないですか?」

 「……えっ?」

 「いや、えっ? じゃなくて」


 第三者から見て思ったことは「何か、拗らせているなぁ」であった。


 「キャンディは大金で貴族に売られて、両親からも大して愛されていなかった……確かにそれは不幸なことなのかもしれません。だけど」


 俺はまだキャンディと顔を合わせて二日しか経っていない。それでもわかったこともある。


 「今のキャンディはクロエさんやペルシャにも愛されていて、二番隊隊長として皆からも信頼を得ている……それは、別に不幸なことじゃない気がするんです」

 「……」


 ……キャンディには辛いことがあった。だけど、それは現在進行形で彼女を苦しめている訳ではない。

 俺から見れば、今のキャンディは前に進めていないだけであった。


 「俺はまだキャンディと出会って二日しか経っていないし、クロエさんよりずっと年下で、何言ってんだって感じかもしれませんけど」


 ……キャンディは子供だ。だけど、いつまでも子供のままじゃいられない。


 「皆さん、キャンディを甘やかし過ぎだと思います。キャンディは今は小さくてもいつかは大人になるんですよ。そんなキャンディに俺達がしてやれることは守ることじゃないでしょ」

 「……」


 俺の言葉をクロエさんは一言も発することなく静聴する。


 「子供は小さなミスとかちょっとした嫌なことを繰り返して大人になるんです。だから、傷つけることを恐れないでください、沢山傷ついて、沢山泣いていいんです」

 「……」

 「傷つかないようにするんじゃなくて、そんな子供を支えてあげるのが俺達おとなの仕事じゃないんですか……!」

 「……」


 ……力説する俺の言葉をクロエさんは最後まで静聴してくれた。


 「……話は終わりですか?」

 「……はい」


 クロエさんの問いに俺は素直に頷く。


 「……ならば、私からも一言」

 「――」



 「 そんぐらいわかってるよ、バァーーーカ! 」



 「……」


 ……えぇー、怒られちゃったよ。


 と、少し驚いていたら、クロエさんはすぐににこやかな笑顔に戻った。


 「……こほんっ、すみません。年下の男の子にクドクド説教されてちょっとイラッときちゃいまして」

 「……」


 ……あー、びっくりした。ガチギレされたかと思った。


 「でも、ありがとうこざいます。伊墨さんの仰ることは正しいと思います。本当は何が正しいのかなんて皆、わかっていたんです」

 「……」


 ……そうか、クロエさんや他の人はキャンディと仲良くなり過ぎてしまったんだ。だからこそ、キャンディを想っているからこそ本当のことを言えなかったのだ。


 「キャンディ様には本当のことを伝えるべきだと私も思います」


 「……ですね」


 「伊墨さんが」


 「ふざけるなよ」


 ……唐突な無茶ぶりについつい素が出てしまう。


 「……すみません、何で俺が?」

 「いや、私が言うの気まずいですし」

 「俺も気まずいよ!」

 「伊墨さん、基本的に空気読めないので大丈夫ですよ」

 「俺のことそんな風に思っていたの!」


 何というか、今日一緒にお茶をして思ったけど、クロエさん、この人結構ヤバい人だった。


 「でも、行ってくだされれば、後で何でも言うこと聞きますよ」


 「 行ってきまーす! 」



 ……俺は風の速さでキャンディの部屋へと駆け出した。


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