第37話 『 女の涙はダイヤモンドで砕けない 』
「よっしゃァァァァァァァッ……!」
……伊墨甲平の雄叫びがトレーニングルームにこだまする。
(……102点)
わたしは堪らず膝をついた。
(……わたしの……負け?)
力無く膝をつくわたし。
歓喜の雄叫びをあげる伊墨甲平。
優劣は明確。
真実は一つ。
――キャンディ=シロップは伊墨甲平に負けた。
……それが現実であった。
(……神の子なのに、天才なのに、凡人に負けた)
打ちのめされた。
自信を打ち砕かれた。
「悔しいか、キャンディ」
俯き、拳を強く握るわたしに伊墨甲平が歩み寄る。
(……悔しいに決まっているのっ)
最後に三分、わたしは間違いなく全力で戦った。そこに油断は無かった。
それでも負けた。真っ向勝負での完膚なき敗北であった。
「……そうか、悔しいよな」
「文句あるの! 優しくしないでほしいの!」
「……ふっ、優しくするな、か」
今はただ一人になりたかった。
だから、今は慰められたりするのは寧ろ不快だった。
「 じゃあ、全力で煽らせいただきまぁーーーすッ! ざまぁぁぁぁぁッ!! 俺様の大勝利だぁぁぁぁぁいッ!!! 」
「 !? 」
……伊墨甲平はわたしの目の前でガッツポーズをして、飛び上がった。
「ねえねえ、どんな気持ちだった? 悔しかった? 悔し過ぎて、歯ぁ食い縛り過ぎて歯軋りしちゃったぁ? ぽぴーっ!」
……なっ!
……何てムカつく顔してるの!?
「結局、神の子だかカズノコだか知らねェけどさー、所詮は下の毛も生えてないガキが俺様に勝てる訳ねェんだよーん! ぽぴーっ!」
……さっきから、ぽぴーっ! って何っ!?
「やーい! パイパーン! カズノコー! パイカズー! パイカズー! はい! ワン・トゥー・スリー・フォー! パ・イ・カ・ズゥ! カモンベイビー!」
「……ふぐぅ……うっ……うっ」
ムカつき過ぎて、悔し過ぎて、わたしは泣いてしまう。
(……この男、煽るの強すぎなの)
とはいえ、勝負に負けたわたしが返す言葉なんて何一つ無かった。
敗者に口無し。それがわたしの、敗北者としての最後の矜持であった。
「泣いてねーで、何か言ったらどうだ?」
「……泣いて……ないの」
「いや、泣いてるじゃん」
……ぐうの音も出ないツッコミに、わたしは伊墨甲平に背を向けて抵抗した。
「何を意地になってるのか知らねェけどよ、別に泣いてもいいんぜ」
「……泣かないの」
「いや、泣いてるじゃん」
「……」
……この男、一々正論で殴ってくるな。
「……わたしは特別だから泣かないの」
――泣いてはいけません
「……泣いたら良い子じゃないもん……良い子じゃなかったらお父さんとお母さんが迎えに来てくれないもん」
――ですから、もう亡き両親の影を追うのはお止めくださいませ
……嘘だ。
だって、お父さんもお母さんもわたしに言ったんだ。
――生まれてきてくれてありがとう
……わたしを貴族の養子として送り出すときに、そう言って抱き締めてくれたんだ。
(……クロエはわたしを励ます為に死んだなんて言っていたけど、それは嘘だ)
わたしには心裏を見透す左目が、〝心眼〟があるから何だってわかるのだ。
「……泣いてなんかないのっ」
……わたしは声を伊墨甲平に背を向けて、トレーニングルームの扉の前に立つ。
「今日の試験は終わりなの、明日も朝にキャンディの部屋に来いなの」
「……いいけど、お前、大丈夫か?」
「大丈夫なのっ!」
わたしはそれだけ言ってトレーニングルームから飛び出した。
「……」
……抱き締めて欲しかった。
……慰めて欲しかった。
だけど、それは弱い子がすることである。
(……わたしは、キャンディは、強い子だから)
だから、弱音なんて吐かない。
「……絶対に……弱音なんて」
……わたしは道中で、誰とも顔を合わせないこと祈りながら部屋まで小走りで向かった。
「……言い過ぎたかな」
……俺はレーニングルームで一人呟いた。
「後で謝んねェとな」
そこで足下にボールが転がっていることに気がつく。
どうやら、キャンディはボールを持って帰るのを忘れていたようだ。
「……謝りに行くついでに持っていってやるか」
俺は床に転がるボールを拾い上げ、トレーニングルームから廊下へ出る。
「 お話があります、伊墨さん 」
……部屋を出てすぐ、クロエさんに呼び止められた。
「……キャンディについてですか?」
「ご想像の通りです」
……正直、他人の過去には興味はない。
(……だが、今回は泣かせちまったからなー)
このまま素通りするには、少しばかり後味が悪かった。
「私の部屋までお越し戴いてもよろしいでしょうか」
「わかりました」
……色々な思惑もあり、俺は運動後のティータイムを迎えるのであった。




