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 第35話  『 凡人の意地、天才の本気 』



 ――貴女は神に選ばれた存在なのです



 ……遠い昔の記憶。



 ――他の子供とは違うから遊んではいけませんよ



 ……わたしは特別こどくだった。



 ――遊んではいけません、お菓子を食べてはいけません、我が儘を言ってはいけません、泣いてはいけません、母に甘えてはいけません、父にすがってはいけません。貴女は私達の誇りです。誇りを汚してはなりません。



 ……父も、母も、祖父も、祖母もわたしの傍にいてくれなかった。



 ――御用があれば、私、クロエ=マリオネットに何なりとお申し付けください



 ……悲しくはなかった。


 ……寂しくはなかった。


 ……わたしは特別だから、わたしは立派な子供だから。



 ――ですから、もう亡き両親の影を追うのはお止めくださいませ



 ……その言葉が嘘であることも知っていた。


 ……………………。

 …………。

 ……。


 ――迫りくる伊墨甲平の右手。


 「……っ」


 わたしはボールを持たない空いた手で弾く。


 「まだだ!」


 しかし、伊墨甲平は簡単には諦めない。

 間髪容れずに左手、更に間髪容れずに右手をと、絶え間なくボールを狙い続ける。



     ハート     アイ



 (右手、左手、左手、中段蹴りのフェイクからの右手)


 わたしは伊墨甲平の心を読み、全ての攻撃を捌く。



 ――トンッ……。わたしは軽く跳躍した。



 「――」


 ――蹴ッッッッッッッ……! わたしは身を捩り、その勢いで蹴りを伊墨甲平に叩き込む。


 ――ガッッッッッッッ……! 伊墨甲平は反応して、わたしの空中蹴りをガードする。


 「「――っ」」


 わたしと伊墨甲平は反対方向へ弾かれるように距離を取る。


 「まだまだァ!」


 連続――……。



     縮     地



 ――伊墨甲平の足下が弾け跳ぶ。



     心     眼



 (見えないけど――……)


 わたしは横跳びで移動する。


 伊墨甲平の姿が消える。


 わたしの真横に風が吹き抜ける。


 (――二連目!)


 ――わたしの後ろの壁が弾け跳ぶ。


 わたしは再び横跳びで移動する。



 ――チッ……。何かがボールを掠めた。



 (――指を掠めた!)


 堪らずボールは宙を舞う。


 わたしはボールを取り戻そうと、ボール目掛けて飛び掛かる。



     縮     地



 (――来る! 三連目!)


 ――蹴ッッッッッッ……! わたしはボールを蹴り上げた。


 ――疾ッッッッッッ……! その下を高速の風が吹き抜ける。


 何とか窮地は脱した。しかし、ボールはまだ宙にある。



     縮     地



 ( 四ッ! 連目! )


 わたしは咄嗟にボールとは関係のない、壁に身を寄せる。



  エク      チェン   



 わたしが二つ目の〝奇跡スキル〟を発動した、その瞬間。



 ――伊墨甲平は壁に叩きつけられた。



 「――がっ!」


 勢いよく壁に突っ込んだ伊墨甲平は苦痛の声を漏らした。


 (〝座標交換エクスチェンジ〟は対象の物の位置と自身の座標を入れ換える〝奇跡スキル〟! この〝奇跡スキル〟によりわたしと伊墨甲平の座標を切り替えた!)


 結果、わたしはボールの位置へ、伊墨甲平は壁際へ移動し、急な座標変化に対応できなかった彼は壁と衝突したのであった。

 後はボールを確保す



 ――ボンッ……。ボールが地面を転がっていた。



 「……なっ!」


 〝座標交換〟を発動するのが遅すぎたのだ。

 伊墨甲平は座標移動させられる直前に、ボールに指を掠らせ、弾いていたのだ。


 (……発動するのが後コンマ数秒遅かったボール取られていたの)


 ……わたしは伊墨甲平の潜在能力の高さにゾッとした。


 「――指一本、掛かったな」


 伊墨甲平は立ち上がり、不敵に笑う。


 「……残り時間三分。100点には届かなかったが、最後に10点、取らせてもらうぜ」


 ――残り三分。


 ……伊墨甲平は五十分以上休まずにボールを狙い続けていた。

 その間、休息や妥協は無く、常に全力でボールを奪いにきていた。


 (……この人、全然諦めないの)


 ――執念


 伊墨甲平の目には諦めや疲労の色は一切見えなかった。

 残り時間――三分。

 得点は僅か二点。

 しかし、伊墨甲平に疲労は無い。


 (――次は取られる!)


 直感。

 不安。

 最悪なイメージが脳裏を過る。


 (……わたしは世界で十人と居ない天才、神に選ばれた〝シントリチュアル〟だ)








 ――何て言ってられない!



 (……伊墨甲平は強いの)


 認めざるを得なかった。凡人の意地は天才の喉元まで迫っていることに……。


 ――集中。


 わたしは瞼を閉じ、深呼吸をし、再びその瞳で伊墨甲平を見つめた。


 「目付き、変わったな」

 「……キャンディは貴方に負けたくないの」

 「これじゃあ、どっちが挑戦者かわかんねェな」


 伊墨甲平はヘラヘラと笑う。


 「だけど、前の目付きよりも好きだぜ、俺は」

 「そんなことはどうでもいいの」

 「おっと、そりゃ悪かったな」


 ――スッ、と伊墨甲平は拳を構えた。


 「ラスト三分、死ぬ気でボールを奪ってやる……!」


 「望むところなの」



 ……そして、わたしはボールを握り直した。


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