エピローグ 『 R2 』
――聖暦2119年4月7日。
「陛下。ただ今、東ゴートン共和国が陥落したとの報告がありました」
……神聖・ルシファー帝国、王宮、執務室にて側近であるハイネ=クラウンから報告を受ける。
「報告ありがとう、戦った兵士にも休息と褒賞を手配してくれ」
「御意」
ハイネは忙しなく執務室を後にする。
「……」
独りになった私は執務室の天井を見上げる。
「……兵士諸君、ありがとう」
私は殉職した全ての兵士を思い涙を流す。
「君達の犠牲は平和な世界の礎になるであろう」
――私は戦争が嫌いだ。
他人を傷つけることが嫌いだ。
殺人など吐き気がする。
(――それでも私は全うするよ)
優しい世界を実現する為、大切な家族や国民を守る為、私は手段を選ばない。
「〝神の子〟も残すは私を含めて六人。世界も半分はルシファーに屈服している」
もう少し、
もう少しで野望が果たされる。
「 楽園は我が手の中にある 」
さあ、始めようではないか。
破壊。そして――……。
創造を……。
――ペルセウス暦512年4月7日。
「 国民の皆様、おはようございます! 本日は私の為に、わざわざ時間を割いてくださり、深く感謝いたします 」
……ミーア=ペルセウスは王宮の謁見の間にて、〝共鳴石〟に向かって語り掛ける。
彼女を囲うように数名の記者は無言でメモを取る。
彼女を守る護衛は十人、いずれも屈強な大男であった。
「これより私、第27代ペルセウス王国国王、ミーア=ペルセウスの政見放送を始めます」
彼女の声を受信した〝共鳴石〟は国中に設置された〝共鳴石〟が共鳴し、拡散させた。
「過ぎた半年前、我が国は神聖・ルシファー帝国に侵略を受け、王国の中枢部は壊滅寸前にまで陥りました」
――ペルセウス王宮襲撃事件。
……半年前、ペルセウス王宮はアルベルト=リ=ルシファーの差し出した刺客による襲撃を受け、王国の多くの要人が殺害された事件である。
その中には、国王や后妃、王子も含まれ生き残った王族はミーア=ペルセウスだけであったとされている。
その為、ミーアは自動的に繰り上がる形でペルセウス王国の国王へと任命された。
「――私は本当に弱い人間です」
それは彼女の本音であった。
「私の家族は皆凄い人なんです。父は厳格で周りをよく見ている人でした。母は優しくて強い人でした。兄は妹想いで聡明な人でした。姉は誰よりも国民を愛していました……そんな人達と比べたら、私なんて本当に未熟なのです!」
国王らしかぬ弱気な発言……しかし、弱さは時に人の心を動かす。
「ペルセウス王国の皆さん! どうか私に力を貸してください! 意見があるのであれば直接言ってください! 私は全ての言葉を聞きます! 一緒に歩みましょう!」
ミーアは涙を流し、拳を握り熱弁する。彼女のその姿は国民の瞳に直接映らなくとも、記者のメモ帳には記録されている。ミーアの涙も握った拳も無駄にはならない。
「 たとえ、いばらの道であろうともっ……! 」
……それからミーアは粛々と近況報告を済ませ、政見放送は終わりを告げた。
……………………。
…………。
……。
「……これで良かったのですか、お姉様」
……記者も側近も席を空け、執務室はミーア独りになる。
――否、わたし達はカーテンの影に隠れていたのだ。
「うん、百点満点だね」
「はい、流石で御座います、女王陛下」
カーテンの影からわたし達は姿を見せる。
一人はわたし、ペルシャ=ペルセウス。表向きは亡くなったものとされているミーア=ペルセウスの実姉である。
一人はペルセウス王宮メイド長、セシル=アスモデウス。ペルセウス王宮内の侍女を束ねる才女である。
「ごめんね、ミーア。政治を全部押し付けちゃって」
「いいんです、お姉様! 私に出来ることはこんなことしかありません! それに、お姉様には表に出られない理由がありますのはわかっていますから!」
そう、ミーアが言うようにわたしには表に出られない理由があった。
「そう言ってくれると助かるよ……あっ、それと三日程王宮を空けるけど留守とかお願いね」
「……どこに行かれるのですか?」
ミーアが寂しそうに訊ねる。
「情報収集、向こうの反抗軍と打ち合わせするんだよ」
「……また、〝R2〟という人と会うんですか?」
「うん、顔も本名もわからないけど意外にいい人なんだよ」
――〝R2〟
神聖・ルシファー帝国に反旗を翻す反抗軍のリーダーであり、仮面で顔を隠した正体不明の青年である。
しかし、その情報収集能力は凄まじく、軍の上層部でしか知り得ない情報でさえ押さえており、二ヶ月前から連絡を取っているが多くの有益な情報を提供してもらっていた。
「……そんな人、信用できるのですか?」
「疑惑はある、警戒もしている、だけど今のわたしに手段を選んでいる余裕は無いんだよ」
わたしには成さねばならない野望があった。
「わたしは〝聖戦〟を勝ち残り、全ての〝神の子〟を殺す。そして――……」
家族を、幼馴染みを、親友も、初恋の人も失った。そんなわたしにはたった一つの道しか残されていない。
「 わたしは神になる……! 」
失った人を取り戻す為、
大切な時間に逆戻る為、
それがわたしのたった一つの冴えたやり方であった。
「……だから、壊すよ」
世界の半分を手に入れた帝国。
最も神の国に近い場所。
「 神聖・ルシファー帝国 」
その頂点立つ男の名は――……。
「 そして、アルベルト=リ=ルシファーを殺す 」
……それがわたしの復讐であった。
――同刻。神聖・ルシファー帝国、テレシア地区、聖テレシア学園。
「じゃあな、レイブン」
「ああ、また明日な」
夕暮れ。
橙色に染まる交差点。
級友に別れを告げた俺は、真っ直ぐに自宅へ向かう。
(……卵をもう切らしていたな、ついでに買っておくか)
冷蔵庫の中の卵が無くなり掛けていたいたことを思い出し、帰路の道中にある雑貨屋で卵とトマトを購入する。
(ここでの生活もすっかり慣れたな)
最初の頃は人の多さに驚かされたが、今では目を閉じても登下校できるまでになっていた。
俺は橙色に染まる街を眺めながら帰路に付く。
仕事帰りの大人に、俺と同じように帰宅する学生、無邪気にボールを追い掛ける子供達。様々な年齢層の人間と擦れ違う。
そう歩かない内に自宅へと辿り着く。人気の無い路地裏に建つ一軒家、入口付近には鼠がたむろしていた。
「ただいま」
……返事は無い。この家には俺以外誰も住んでいないから当然であった。
靴を脱ぎ捨て、上着とネクタイをソファーに投げ、ベッドの上に倒れ込む。
「……」
俺は灯りも点けずにそのまま目を閉じる。
(……部屋には誰も居ないな)
部屋に誰も居ないことを確認し、机の上に置かれた無線機に手を伸ばす。
「――〝10α〟、〝10α〟。こちら〝R2〟、〝R2〟。送れ」
『…………〝R2〟、こちら〝10α〟。送れ』
無線機からノイズ混じりの声が返ってくる。
「ペルシャ嬢との待ち合わせの調整はどうだ?」
『今のところは四月十日18時00分、場所はペルセウス王国西部サクラダ地区機織り工場跡地となっております。変更等はございますか?』
……四月十日、機織り工場跡地か。
(……確か、昨年のドラコ王国との戦争で廃墟になっていたな)
人気が無いのであれば都合はいい。
「いや、変更の必要はない。〝10α〟は調整ご苦労であった」
『はっ、勿体無きお言葉、この身に余ります』
俺は無線機を机に置き、ベッドから起き上がる。
窓を開き、西日を部屋に招き入れ、リビングは橙色に染まる。
「……もうすぐだ」
沈む夕陽を見つめ、俺は一人呟く。
「もうすぐ、あいつを殺す作戦の準備が整う」
――俺の名はレイブン=クロウ。
……聖テレシア学園に通う男子学生である。
三ヶ月前より転入した、平凡で目立たない極普通な青年。
……しかし、それは表の顔であった。
神聖・ルシファー帝国の中には帝国政府に反旗を翻す反抗軍が存在している。
――〝黒弔団〟
近頃、諸外国とも協調し勢力を拡大している反政府組織である。
そして、その成長の最大の要因こそが新リーダーの存在にある。
――〝R2〟
〝黒弔団〟の新リーダーにして、世界最大国家の転覆を目論む男。
……それが俺、レイブン=クロウの裏の顔であった。
(……俺は奴を絶対に許さない)
奴は世界の半分を手に入れた。
奴は俺の大切な人を、大切な時間を奪った。
「――アルベルト=リ=ルシファー……!」
だから、壊すと決めた。
その為に、名前も安息も捨てた。
「必ず俺がお前を地獄の底に落としてやる……!」
――〝R2〟。
……それは己への誓い。果たすべき野望。
Revenge
Reven
……二つの〝R〟が示す意味は?
――復讐の黒鳥
「……さあ」
……復讐を始めようか。