第250話 『 ペルシャ=ペルセウス 』
……甲平くんの背中が見えなくなってもわたしはその場に立ち尽くしていた。
「……」
雨に濡れた薄汚れたドレスが気持ち悪かった。それでもわたしは動かない。
ただ虚空を眺めては雨に打たれ続けた。
……今日は素敵な誕生日だった。
今までで一番楽しい誕生日だったんだ。
「……楽しいっ……誕生日だったのにっ」
悲しくて、悔しくて、感情が昂るあまりに涙が溢れてしまう。
お父様とお母様が死んだ。
お兄様達が死んだ。
クリスちゃんが死んだ。
愛紀ちゃんが死んだ。
王宮で働いていた皆が死んだ。
王宮も滅茶苦茶になってしまった。
甲平くんが王宮を出ていった。
「……あんまりだよっ」
あまりに多くの悲劇が重なり過ぎて頭がおかしくなりなりそうであった。
「昨日まであんなに幸せだったのにっ、たったの一晩で何でこんなになっちゃっうなんてあんまりだよっ……!」
とんだ悲劇だ。
救いがない。容赦もない。
世界は想像していたよりも残酷で悪意に満ちていた。
「……そんなになりたいものなの……神様に」
――アルベルト=リ=ルシファー。
……彼は世界に十三人いる〝神の子〟の一人であった。
わたしを殺そうとしたということは、彼は神になろうとしていることであろう。
〝神託〟ならわたしも受けていたが、神の座なんて興味がなかったので〝聖戦〟に関与するつもりはなかった。
今が幸せで仕方なかったわたしはそれ以上なんて求めていなくて、何でそんなものが欲しいのか理解できなかった。
――しかし、今日を以て当事者になってしまった。
わたしを殺す為にアルベルトが襲撃し、わたしを護る為に沢山の人が死んだ。
「……やっぱり……わたしは疫病神だね」
わたしの〝奇跡〟が周りの人を不幸にするだけでなく、わたしの存在自体が皆を傷つけていた。
――俺はお前が大好きだっ……!
……甲平くんはわたしに生きていてもいいと言ってくれた。
しかし、揺らいでしまう。
本当にわたしは生きていてもいいのか?
死んだ方がいいのでは?
「……」
……否定なんて出来る筈がない。それをするにはあまりに多くの命を失い過ぎていた。
さあ、冷静に考えてみよう。
ペルシャ=ペルセウスは生きていてもいいのか?
「……………………死ねないよ」
死ぬのが恐い……それは事実だ。しかし、それ以上に――……。
――私の子供達に手を出すなっ……!
……お父様、お母様。
――下がっていろ、ペルシャ
……ジャガーお兄様、レオンお兄様。
――貴女は一国の王女でしょうがッッッ……!
……愛紀ちゃん。
――ペルシャちゃん……!
……クリスちゃん。
「……」
……わたしを護る為に散った命を無下には出来なかった。
わたしは生きてはいけない人間だ、それは認めよう。
しかし、
それでも、
――わたしは生き続ける。
……それがわたしの答えであった。
わたしはわたしに生きていてほしいと言ってくれた人達の為に生きるのだ。
他人の意見任せで自分が無い? それが何だ? 事実なのだから仕方がない。
「……それにやりたいことが出来たんだ」
沢山の大切な人を失って芽生えたささやかな願い。
もしかしたら……やり直せるんじゃないかと思った。
もしかしたら……皆とまた会えるんじゃないかと思った。
有り得ない? 残念、それはわたしにとっては夢物語ではない。
「 わたし、神様になるよ 」
……それがわたしのささやかな願いであった。
「神様になって、こんなくだらない戦いを終わらせて、皆を蘇らせるから」
それが〝神の子〟に与えられた挑戦権なのであるなら、使わなければ損であろう。
「……そしたら、また皆で遊べるよね?」
そうと決まればやるべきことは山積みであった。
まずは戦力を回復しよう……アスモデウス家と合流すれば戦力を大幅に増強できるであろう。
戦力が揃ったら〝神の子〟との戦いの始まりだ。
そして、最後は――……。
「……壊すよ」
世界の半分を手に入れた帝国。
最も神の国に近い場所。
「 神聖・ルシファー帝国 」
その頂点立つ男の名は――……。
「 そして、アルベルト=リ=ルシファーを殺す 」
……それがわたしの復讐であった。
――AM:0615
冷たい雨は依然として止む気配を見せない。
しかし、傘は要らない。
……猛る血を冷やすには丁度よかったから。